大阪市福島区にある関西将棋会館での最終対局が28日行われ、1981年の完成時にすでにプロとなり七段だった谷川浩司十七世名人(62)が取材に応じた。第18回朝日杯2次予選で服部慎一郎六段(25)に81手で敗退。その対局後、同会館での43年の棋士生活を振り返り、思い出の一局に1995年1月20日、阪神大震災の発生3日後、故米長邦雄永世棋聖に勝利したA級順位戦を挙げた。
交通手段がなかったため対局前日、神戸市の自宅から半日がかりで大阪へ出て、備えた対局。会館5階の御上段の間から見た景色が、前日までを過ごした自宅のある神戸とあまりに違ったことに言葉を失ったという。
「将棋を指せる喜びを感じた時間でした」。来年1月には大震災発生から丸30年を迎える。「将棋を指せる喜びや感謝の気持ちを忘れずに、臨んでいきたい」。12月3日から対局が始まる、大阪府高槻市に完成した新会館での棋士生活へ思いをはせた。
30年以上前、名人戦の挑戦者決定戦で羽生善治九段に敗れ、JR福島駅周辺で朝5時まで飲んだことも思い出だという。
自身は10月23日に通算1398勝目を挙げて以来、連敗が3へ伸びた。今年度7勝10敗と苦戦が続き、同会館での1400勝達成という目標は適えられなかった。
「勝負は甘くないと言うことですね」。それでも東西新会館の建設委員会委員長を務め、東京での最終対局は今月13日、B級2組順位戦で伊藤匠叡王(22)、そしてこの日は今年度9割近い、全棋士首位の勝率を誇る服部と対戦した。
「藤井聡太竜王・名人を追う優秀な若手と指せたことは、いい巡り合わせ」。福島区の前は阿倍野区にあった同会館。3つの会館をまたぐことになる、棋士人生の活力としていく。