◇ALSOK杯第74期王将戦7番勝負第1局第1日(2025年1月12日 静岡県掛川市 掛川城二の丸茶室)
4連覇を目指す藤井聡太王将は悪形の一つ「壁金」を強いられる第1日となった。永瀬拓矢九段の追撃に守備駒の要はさらに1筋へ。耐え忍んで反撃機を待つ第2日となりそうだ。
将棋には格言がある。「一歩千金」や「遠見の角に好手あり」のように推奨されるものがあれば、避けるべきとされるものもある。その一つに「壁金」がある。
守り駒として絶大な効果を発揮する金が王の退路をふさぐことで王、そして金の働きを相殺してしまうことを指す。それを、藤井は避けなかった。
36手目△2二金(第2図)。永瀬の31手目▲1四歩、さらに33手目▲1三歩の垂れ歩2連発で1筋を破られそうになると決断した。
△8八角成からの角交換を経て金を端へ送った。角交換によって生まれたスペースへ寄り▲1二歩成を阻止した。
「辛抱したという印象です」。元王将で永世名人の資格保持者でもある立会人の森内俊之九段(54)が解説する。▲1三歩に△同角、△同桂も自然な応手だったはずだが成算が持てずに悪形を甘受した。ただ、苦しい将棋もさらに差を広げられない状態で耐えしのぎ、中終盤へ持ち込む技術に秀でたからこそ、一昨年達成した史上初の全8冠独占。「勝負形に持っていけるように考えていると思います」。第2日の踏ん張りに期待した。
「普通の棋士は攻めか受けの得意があるが、藤井さんには攻めや受けの概念がない。正しいか正しくないかです」
森内が藤井将棋を表現する。いわゆる攻防一体を指すのだろう。左金が1筋へ追いやられても、王自らで支えるこの日もそうかもしれない。「フルマラソンを1時間半で走ろうとすると失速する。普通は、正しい手を指し続けようとすると破綻します」。例えばAIが薦める最善手は、指し続けてこそ勝利までたどり着けるのであり、人間はAIの最善手を指し続けることは不可能に近い。その高い壁を越えようとするのが藤井といえる。
希望のともしびは1三金をより中央で活用することだろうか。封じ手直前の46手目△2四歩に託した狙いがそうだろう。この日最長1時間3分の長考だった。「判断の難しい将棋かなと思います」。王将は反撃機を探っている。 (筒崎 嘉一)