◇ALSOK杯第74期王将戦7番勝負 第1局第2日(2025年1月13日 静岡県掛川市 掛川城二の丸茶室)
挑戦者・永瀬拓矢九段(32)は温めていた「相掛かり」の戦型で藤井王将を終始苦しめた。開幕白星のゴールが見えかけた中盤の出口付近で、本人も気づかないわずかな緩手をとがめられ、終盤は防戦一方。再逆転には及ばず、先手番で無念の黒星スタートとなってしまった。
103手目の▲5六同飛を指し終えると、永瀬は脇息(きょうそく)に体を預け、天井を見上げたまま固まっていた。同香とした藤井の応手は目視すらしない。どこで間違えたのか。何が悪かったのか。脳内をループする自責の念。「誤算ですか?誤算は特には分からないです。ああ、分からない…はい」。投了直後は納得できかねる表情で首をかしげるばかりだった。
第1日(12日)からこの日の夕刻までは、明らかに気持ちのいい攻めを展開していた。意表を突く1筋の端攻めに始まり、左右の桂を中央に跳躍させて藤井王のコビンに照準を合わせる。飛車を奪取して馬をつくり、心地よく前のめりとなる指し回しだ。
受けに手いっぱいの相手に決定打を浴びせるべく、桂の補給を図った71手目▲7四馬(第2図)を指したその瞬間。控室の正立会・森内俊之九段(54)が「ちょっと危ないですね」と変調を示唆した。順調に継続していた攻めが、この時点で緩くなる。先手に傾きかけていた形勢の針は中央付近に逆戻り。その後は息を吹き返した藤井の逆襲を浴び、攻守は無情なまでに入れ替わった。
「相掛かりは基本的に力戦になってしまう。(攻めを)切らされる心配もある。全体的に軽い将棋になった。攻めをつなげられるかどうかなと思っていました」と振り返る永瀬。順調と思われる進行にも「指しやすいと思った場面はない」と危機意識は欠かさなかった。慢心のひとかけらもなく全力を尽くしたものの、無意識のうちに逆転を許したのは痛恨の極みだろう。
これでタイトル戦での先手番は藤井に7連敗の屈辱だ。しかも逆転負けが目立つ。「今日は競り合いにする展開にならなかった。次局以降はそれができるように」。悔しさを胸中に押し隠し、挑戦者は2局目以降の立ち直りを期した。 (我満 晴朗)