Jリーグを経由せずに海外で活躍する強心臓の若きホープがいる。28年ロサンゼルス五輪世代の左サイドバックで、スウェーデン1部ユールゴーデンで活躍するU―20日本代表DF小杉啓太(18)だ。W杯4大会出場を誇る長友佑都(38=FC東京)の後継者とも目される逸材。24年シーズンを終え帰国中にスポニチ本紙のインタビューに応じ、今後の抱負などを語った。
18歳とは思えないはっきりした口調と野心に満ちた表情。約10カ月前に海を渡り、プロ1年目のシーズンを終えた小杉は「高校時代、湘南ユースで自分が主力で試合に出ていた時の良さを、このチームでも少しずつ出せるようになってきた」と充実した表情で振り返った。
6歳上の兄の影響で始めたサッカー。転機はFWから左サイドバックへのコンバートだった。
「小6までFWだったんですが、湘南U―15で試合に出られなくなったんです。そんな時に同じ左利きの左MF、左サイドバックが続けてケガをして、そこから左サイドバックをやるようになった。最初は“試合に出られるからいいや”とやっていたら、楽しくなってきて」
そんな姿が当時のU―15日本代表の森山監督(現J2仙台監督)、果てにはユールゴーデンの首脳陣の目にも留まった。
「(湘南からは)大学進学も勧められましたし、トップの誘いもいただきましたが、自分の中で海外挑戦の意思は固まっていた。ユールゴーデンがTC(育成費)を湘南に支払ってくれることになったので迷いなく決断しました。父親の(助言の)影響で英語も勉強していたのでコミュニケーションの問題もなかったです」
貴重な左利きに加え、スピード、対人の強さが魅力。高3時に海外から複数の誘いがあった中、ユールゴーデンの入団テストに合格。監督とも独学で勉強した英語で積極的に対話するなど、周囲を驚かせたという。
もちろん苦労はあった。
「同じ位置に絶対的な存在のスウェーデン代表DFサムエル・ダールがいて、試合に全く出られなかった。試合のアップさえさせてもらえなかったですからね。最初の1、2カ月ずっとそんな感じで、本当につらかったです」
それでも地道に練習を重ねた。すると7月にダールがセリエAの名門ローマに移籍。チームは穴埋めに移籍金1億円超で新戦力を補強したが、負けなかった。
「新しい選手が加入した最初の試合の2日前に、監督のところに行って“準備できています!”と出場を直訴したんです。それで先発で使ってもらって、後半途中に足がつったけど、90分間、死ぬ気で走り抜いてチームも勝つことができたんです」
誰にも臆することない強心臓で、見事にレギュラーを奪取。U―20W杯が開催される25年はさらなる躍進が期待される。「将来の目標はプレミアとかビッグクラブに移籍して、欧州CLで優勝したい。もちろんA代表でも活躍したいです。直近ではリーグ内で一番目立つ左サイドバックになること」。今後の成長が楽しみな18歳。チームは欧州カンファレンスリーグで16強入りしており、欧州の舞台でも活躍が期待される。
◇小杉 啓太(こすぎ・けいた)2006年(平18)3月18日生まれ、神奈川県鎌倉市出身の18歳。地元クラブの西鎌倉SCで本格的にサッカーを始め湘南U―15、U―18でプレー。トップ昇格せず24年3月にスウェーデン1部ユールゴーデンに加入し同5月にプロデビュー。24年シーズンは14試合1得点1アシスト。日本代表はU―15世代から各年代で選出。23年U―17W杯出場。1メートル72、69キロ。利き足は左。
▽スウェーデン1部 正式名は全スウェーデンという意味の「アルスベンスカン」。1924年創設。シーズンは4~10月に行われ16チームが各チームとホーム&アウェーで対戦。下位2チームが自動降格。最多優勝はマルメで26回。