お笑いコンビ「ずん」の飯尾和樹(56)が、20日深夜放送のTOKYO FM「TOKYO SPEAKEASY」(月~木曜深夜1・00)に出演。若手時代を振り返った。
この日はお笑いタレント・ハリウッドザコシショウと2人でトーク。ザコシショウから「飯尾さんって、いつバーンって来たんですか?」とブレークした時期を尋ねられた。
飯尾は「俺はね、“La.おかき”時代もさ4年ぐらい飯食えてたり、解散して飯食えなくなったり…。本当に心電図みたいな」と、浮き沈みがありながらも、やすと「ずん」を結成する前の「La.おかき」時代も生活できるぐらいには売れた時期もあったとし、「でも、あれだろうね。40ちょい手前ぐらいかな」と語った。
何の番組で売れたかについては「それがね、俺はここまでチャンスを握りつぶしてきた男っていないぐらいね。チャンスはね、一応ねレギュラー決まったり…」とチャンスをもらいながらも自らつぶしてきたと自虐的に笑った。
そして「25歳の時に1回、ウンナン(ウッチャンナンチャン)さんの番組で準レギュラーもらってね、そこで仕事ばーって増えたんだけど、自力がなかったんだろう。解散してダメなって」と回想。さらに「今度は32歳でさ、関根勤さんの舞台をいいとものスタッフが見に来てて、関根さんと絡むシーンがその時多くて、ウケるわけよ。関根さんが上手だから、俺の面白いところ引き出してくれるの」と30代前半で関根勤の舞台に出演した際、見に来ていた「笑っていいとも!」のスタッフが目を付けてくれたそうで「あの時のフジテレビのノリでさ“飯尾くん、いいともレギュラーしちゃいましょうよ”って」とあれよあれよという間に「笑っていいとも」の隔週レギュラーが決まったと振り返った。
ただ、「出て行ったらさ、(観客が)“ギャー”ってなるのが俺の顔を見たら“誰だろう?”って感じになってさ…。いいとも青年隊より説明が必要な人間だった」と知名度抜群なタレントらの横でまだブレーク前の芸人だったことから、観客もポカンとしていたと苦笑いした。
その後、「内村プロデュース」などに出演も「そこからまた6年ぐらいで、あれ?って生活できないくらいになって」と不遇の時代を過ごしたとし、明石家さんまやとんねるずの特番出演を機に徐々にブレーク。「とんねるずさんの番組でちょっとハネると仕事増えるんだよね。よくハマったな、みたいな」と感謝していた。