【プレス〓特別版 ラリー・ストーンズ記者】米国野球殿堂は21日(日本時間22日)、今年の殿堂入りメンバーを発表し、今月16日に日本でも殿堂入りを果たしたイチロー氏(51=マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が日本選手初、アジア人選手初の殿堂入りを果たした。シアトル・タイムズ紙で長年マリナーズを担当し、本紙コラム「プレス〓」も執筆するラリー・ストーン記者がイチロー氏について特別寄稿した。
現役時代、「MLBにはイチローのような選手は存在しない」とよく言われた。バットがボールに当たる前、あるいは当たる瞬間に既に一塁へ動き出しているような打ち方は、人々の目を引いた。打席で投手に向かって構えるまでの独特の所作、狙ったところに正確に運ぶかのような打球コントロール、稲妻のような俊足、爆発的な肩の強さに目を奪われた。加えて試合への緻密な準備と野球道具への並外れた配慮などにも驚かされた。
しかし、現在では「イチローのような選手がいない」という言葉には別の意味が含まれる。19年の引退後、野球が劇的に変化したからだ。MLB球団はもはや、イチローを唯一無二の存在たらしめたスキルに、高い価値を置いていない。満票に近い数字で殿堂に入るような選手を「必要としない」とさえ言える状況に陥っている。求められるのはパワー、あるいは少なくとも高い打球速度を持つ打者だ。以前は三振は恥とされたが、否定的な見方はほとんどなくなった。野球は「三振か、四球か、本塁打」という「3つの主要な結果」に支配されるスポーツに変わり、俊足の巧打者は価値を大幅に下げられた。
これは悲劇だと思う。そして20年代の野球は、かつてほど魅力的ではなくなっている。セイバーメトリクスやアナリティクスの台頭により、各球団のGMは本塁打・長打こそが生産性を最大化し、多くの得点を挙げる最良の方法だと信じ、1番から9番まで長距離砲を並べるのが主流となった。出塁して攻撃を活性化する役割を担う選手は、急速に減少している。
元エンゼルス遊撃手のデービッド・エクスタインは「イチローは守備選手がいなくなった場所に打つ能力がある」と称えた。対戦相手は、遊撃手や二塁手への「普通のゴロ」でも、急いで処理しなければ内野安打を許してしまうことをすぐに学んだ。その認識がプレーを急がせ、ミスを引き起こし、塁に出る機会を増やした。内野安打を防ぐために守備を前進させると、その隙間を突いて打球を放った。相手の守備配置がどうであろうと、「穴」を見つけだした。
大谷翔平とはまた異なる「野球界のユニコーン」で、現代ではほぼ絶滅したスキルを見せつけた。殿堂入りが彼の価値の再考につながり、MLB全体がそのスタイルを再現するべく、新たな取り組みをしてくれることを心から願っている。(シアトル・タイムズ紙遊軍記者=構成・奥田 秀樹)