近鉄などでNPB通算2267試合に出場し、404本塁打を誇る中村紀洋氏(51)が24日、自身のYouTubeチャンネル「ノリ流チャンネル」を更新。2005年にポスティングシステムを利用して移籍したドジャース時代の思い出を振り返った。
2004年限りで近鉄が消滅し、オリックスと合併。これがメジャー挑戦のきっかけとなった。「アメリカに行ってようやく野球の楽しさを思い出させてくれた」と振り返った。
しかし、もともとメジャーへのあこがれはなかったという。「メジャーに憧れていなかったので、メジャーに上がって活躍するとか全く考えていなかった。日本の球界から2年くらいは遠ざかろうと。野球の楽しさを追求できないかなと思って。勝負しに行く人が多数じゃないですか。僕は違ったんです。勝負じゃなく、環境を変えてメジャーのシステムが1年間どういうふうにやっているか見たかったんですね」と説明した。
ドジャースと結んだのはマイナー契約だった。「初めは通訳が付かなくて、英語も全然分からない。食事に行っても(メニューを)指差すだけです。これって」と笑いを交えて説明。それでも英語の環境に慣れてくると「話を聞いてると何を言っているのかだいたい分かってきます。でも、こっちが(英語で)返せないから腹が立ってくる」と振り返った。
マイナーの若手選手の姿勢に驚かされたことも明かした。「若い子が多かった。ほぼほぼマイナーだったんですけど、がっつくような人間がいなかった。もっと頑張ったらどう?と話をしたときがあったけど“契約だから。決まってるから。いくら頑張っても上がれないから”っていう子が多かった。メジャーの選手がケガをしたらチャンスがあるけど、普通にやったらいくら打っても上がれない。年数が解決するんですよ」と振り返った。
過酷なことで知られるマイナーの移動についても言及。「(米国内で)時差があるので、夜中の3時に空港にいたことはありましたね。移動して、着いて試合です。ほとんどそうです」と説明した。
ドジャースでは開幕前にメジャー昇格。「たまたまですね。唯一アメリカに行って自慢できるのが、ドジャースの(ホーム)開幕戦でスタメンだったこと」と振り返った。メジャー昇格のきっかけはマイナーでの大活躍だったという。「前々日にマイナーの開幕戦でホームラン2本打ったんですよ。それもいかさまみたいなホームランです」と笑い交じりに話した。
そのマイナーの試合が行われたのが、標高約1600メートルの高地で気圧が低く、空気抵抗が少ないために打球が飛びやすいことで有名なコロラド州だった。「フライ上げたらホームランになっちゃうんですよ。わざとフライ打って(本塁打を)2本打ったんですよ。ミスショットって思ったら入った。そしたら急に呼ばれたんです。夜中に」と明かした。