【佐藤雅昭の芸能楽書き帳】予期せぬ展開だが、こんな落語会なら大歓迎だ。今回のお話の主人公は不惑の桂三木助。東京・千代田区の内幸町ホールで1月23日に「五代目の挑戦SP」と題した独演会を開催した。
同ホールは老朽化に伴い4月から改装工事に入るため、昨年10月30日に催した「五代目の挑戦vol.12」が三木助にとっては同劇場での最後の会となる予定だった。二つ目だった2009年(平21年)5月7日にここで始めた独演会も、15年の歴史にいったんピリオドを打った…はずだった。
ところが、ここから事態が動く。「佃祭」を披露した昨年10月の独演会の内容に、いたく感激したお客さんがいた。その方が「うちの会社の人間にも、この感動をお裾分けしたい」と掛け合ったという次第。“最後”とうたって昨年10月に開催した手前、三木助の心も揺れたが、お客さんの熱意を反故にすればかえって失礼になる。そして実現したのが「SP(スペシャル)」と銘打った特別公演だった。
製造業サプライチェーン(供給網)の変革に取り組んでいる会社。社員を中心とした観客でホールは開演前から期待感いっぱいの空気に包まれていた。そんな中で始まった会は歴史CG作家の中村宣夫氏による精細なCG映像で幕開け。まずは三木助が登場し、特別な会を開催するに至った経緯を説明。続いた金原亭駒平(35)は「ざる屋」を披露した。相変わらず声がよく通り、端正な語り口で魅了。その後、三木助が1席目「壺算」で沸かせた。壺を値切って買おうとする男の噺だ。
中入り後、人気上昇中の金原亭杏寿(35)が姿を見せると「待ってました」の声が飛ぶ。パッと高座を明るくした杏寿は「千早ふる」でつなぎ、トリの三木助にバトンタッチ。「たっぷり!」のかけ声の中、三木助がかけた演目は「芝浜」だった。ご存じ、1961年1月16日に58歳の若さで逝った祖父の三代目三木助が得意としたネタだ。
魚屋の勝が芝の浜で42両という大金が入った革財布を拾う。気が大きくなって酒を飲み、寝込んだのをいいことに“夢の中の話”にしてしまった女房との夫婦愛を描いた大ネタで、師走に演じられることが多い噺だ。「芝浜と言えば三木助」と呼ばれる演目だが、立川談志、古今亭志ん朝らの名演も忘れられない。
三木助は「この内幸町ホールで『芝浜』を演じるのは二つ目の時以来2度目です。当時は“すべてにおいて浅い”と言われまして…」と笑わせながら、夫婦の機微を感動的に表現。観客は、呼吸をするのも忘れたかのように物音1つ立てずに噺の世界に引きずり込まれていた。見事な「芝浜」だった。
福本伸行氏の大ヒット漫画「カイジ」をもとに創作した「落語カイジ」をYouTubeチャンネルで公開するなど多角的に活動する本格派。3月3日に予定する「五代目の挑戦vol.13」は池袋のHALL MIXAに場所を移して開催するが、これも大ネタ「死神」を演じる。蝶花楼桃花がゲスト出演するのも話題を呼んでいる。