横浜清陵(神奈川)が春夏通じて初の甲子園切符をつかんだ決め手は何だったのか。24日に大阪市内で開かれた第97回選抜高校野球大会(3月18日から13日間、甲子園)の出場32校を決める選考委員会で、01年の第73回大会から導入された21世紀枠では神奈川県勢として初選出。ハンデ克服や地域貢献などが重要視される中、横浜ランドマークタワーを望む都会の「普通の県立校」が選出されるまでの軌跡に迫った。(取材・構成 柳内 遼平)
「野球王国」神奈川が吉報に沸いた。01年の導入以降、24年まで66校が選抜に出場してきた21世紀枠。東京・関東の候補校にも選ばれたこともなかった神奈川から、横浜清陵が扉を開いた。野原慎太郎監督は「取り組みを認めてくださった方には感謝の気持ちでいっぱい」と語った。
従来の21世紀枠と一線を画す選出だった。冬に野外練習ができない豪雪地帯ではなく、アクセスの悪い離島、国公立大に多くの生徒を輩出する進学校、地域で先進的な取り組みを実施してきた学校でもない。それでも九州北西の玄界灘に浮かぶ人口約2万4000人の離島にある壱岐(長崎)とともに選出された。判断材料となる推薦理由説明会で横浜清陵の「プレゼン」を担当した神奈川県高野連・榊原秀樹専務理事(59)が陰の立役者だった。
異例の演説が実を結んだ。24日の午前8時30分から大阪市内で開かれた推薦理由説明会。候補の9校が所属する高校野球連盟の理事長、専務理事らが規定の3分30秒でアピールした。榊原専務理事は「偏差値中上位の普通科高校です。離島でもありません、凍えるような寒さでもない、都会の高校です」と宣言。ハンデ克服として強みになり得る人数不足ではなく「横浜清陵で野球を続けたいと入部希望の中学生が増えている」と訴え、「公立高校が勝ち抜くことが何より厳しい環境です」と新たな観点で選出の意義を語った。
神奈川県勢は23年の夏の甲子園で慶応が優勝し、昨夏の甲子園では東海大相模が8強入り、昨秋は横浜が明治神宮大会で優勝。桐光学園、武相、向上、横浜隼人など私立校を中心とした戦国状態だ。選手主体の「自治」を掲げる横浜清陵は運営リーダーを決め、練習メニューなどを選手たちが決定。公立校であることを言い訳にしない「私学コンプレックスの克服」の意識を浸透させ、専用グラウンドがない環境で、昨秋は公立校で唯一の県8強入りなど4年間で3度も県8強に進んだ。
榊原専務理事は「普通の学校が選ばれてもいい」と思いを込め、新しい21世紀枠の形を提起した。横浜清陵と似たような特徴を持つ公立校は全国に数多くあり、特別な環境にない学校でも希望を持つことができる。昨秋以降、横浜清陵の野原監督、佐藤幸太部長に活動内容を何度も取材して原稿に落とし込んだ。修正を重ねた最終版は推薦理由説明会の前日に完成。規定時間を厳守するためストップウオッチ片手にプレゼンを練習して3分30秒を体で覚え、「初めて全校生徒の前で朝礼台に立ってあいさつした時くらい緊張した」という本番で全てを入魂した。
榊原氏は国士舘大を卒業後、長く横浜隼人で指導者を務め、21年から専務理事。野原監督は「チームとして(選出のために)特別なことはしていなかった。心から榊原先生に感謝したい。これだけ熱意を持っていただける方はいらっしゃらないと思います」と語った。神奈川のみならず全国の「普通の学校」にも、21世紀枠の扉は開かれている。
≪聖地1勝が目標≫横浜清陵は、平日の練習は午後4時から約2時間30分で、週末はサッカー部と交代でグラウンドを使用するなど限られた環境でチーム力を磨いた。神奈川の公立校の選抜出場は1997年の横浜商以来、県立校では54年の湘南以来71年ぶり。甲子園での勝利を目標に掲げ、山本康太主将(2年)は「私立公立は意識せず、目の前の一勝のためにやってきた。しっかり準備をしたい」と見据えた。
▽21世紀枠 甲子園出場の機会を広げるため01年の第73回大会から導入。練習環境などのハンデ克服や、地域貢献など戦力以外の要素も加味する。秋季都道府県大会16強(加盟129校以上の場合は32強)以上を条件に、全国9地区から1校ずつ候補校を推薦。従来は東(北信越、東海以東)、西(近畿以西)から1校ずつ、残り7校から3校目を選出する方式で、24年から東西関係なく2校選出。最高成績は01年・宜野座(沖縄)と09年・利府(宮城)の4強。今回の神奈川と長崎からの選出はいずれも初めて。