「美しい胴上げは、お前たちにかかっているぞ」。球団関係者からそう言われたのはDeNAの余聖傑(ユ・スンチェ)、関根涼一の1軍選手対応マネジャー兼打撃投手だった。球場の「お祭り騒ぎ」的雰囲気を満喫できずに、試合中盤から緊張を続けていた。
昨年11月3日。3勝2敗で迎えたソフトバンクとの日本シリーズ第6戦(横浜)は、5回を終了し11―2。すでに本拠地は26年ぶりの日本一に向けゆれ始め、ベンチ内にも多少の余裕が広がっていた。
そして、その「ゴール」の先にあるのが三浦監督の胴上げ。だが優勝時最大のイベントには、「縛り」がかかっていた。それは「胴上げに参加するスタッフ、ナインは、全員三浦監督に体を向け、視線を送ろう」という徹底だった。つまり胴上げの瞬間にセンターカメラを意識し、中堅方向に体を向け飛び上がって「テレビ的に目立つ」行為を禁止しよう、という決めごとだ。
2人は、もし中堅方向に体を向ける選手がいたら、それを静止する役目を担った。試合に出ないことが決まっている選手には、試合途中にその指示を徹底することはできた。
ただ難関は、最後まで試合に出続けた選手。勝負がつくまで「胴上げ」の話題を彼らに告げることはできない。その行為は相手に対しても失礼にあたる。そのため、興奮状態でマウンドにかけつける選手には、その場で「指示」を徹底した。
この事実を知り胴上げ映像を見ると、確かに2人が、中堅方向を向こうとする選手を制している場面を確認できる。本来ならこの2人も胴上げに参加したいはず。でもその思いを押し殺し、2人は責務を果たした。その成果として、番長が5度胴上げされる間、全員が輪になって両手を天に突き上げる「美しい胴上げ」がつくり出された。2人は「無事に、きれいに胴上げができて本当によかった」と口をそろえる。長く記録される「史上最大の成り上がり胴上げ」は、こんな陰の努力があり、完成した。
記者はこの事実を紹介したかった。理由は、2人の役目は、日本一に向けて球団全員が努力した「太い絆」の証の一つだったから。特命を受けた2人の苦労が報われたことに、心の底から敬意を表したい。(記者コラム・大木穂高)