中堅から右翼への飛球がグングン伸びていく。寒空のフリー打撃でも、逆方向への鮮やかな放物線が何度も何度も描かれた。今季が入社7年目となるNTT東日本・向山基生外野手(28)がバットを振り込む姿は、まるで求道者のようにも映る。21年にはベストナイン、最多本塁打賞(6本)、最多打点賞(20打点)の3冠を獲得。社会人野球の世界において屈指の右打者として知られるが、飽くなき向上心が尽きることはない。
「今年は逆方向へのホームランを増やすことがテーマです。今は真ん中外寄りの球を、右中間へホームランを打つイメージで振っています。そんな打球が何本も打てるようになれば、より成長できると考えています」
昨年の日本選手権でも、高い打撃力は健在だった。2試合で7打数6安打の打率・857、3打点。うち二塁打は3本を数えた。周囲の誰もが納得する数字を残したが、向山は「社会人でNo・1のバッターを目指しているので、まだまだ高みを目指さなければいけません」と首を横に振る。
そんな向山にとって、何よりの道しるべとなるのが父・隆康さんだ。熊谷組で左のスラッガーとして活躍。1992年の都市対抗では久慈賞を受賞するなど、当時の社会人野球を代表する強打者だった。
「いろいろな方から“お父さんはすごいバッターだったよ”というお話を聞かせていただきました。今度は僕が結果を出すことで父の名前が出ればうれしいですし、親子2代で社会人でしっかり活躍できればという思いはあります」
小学2年生で野球を始めると、父から野球のイロハを教わった。法政二(神奈川)を卒業するまでは、父が見守る前での自主練習が日課。小さい頃から繰り返された「基生、積極的に打ちにいかなきゃダメだよ」の言葉は、今でも打者として最も大切にしている部分の一つだ。向山が小学生当時はイチロー、松井秀喜に代表されるように左打者の全盛期。だが、左打ちだった父は20年後の野球界を見据え、「これからは右打者が貴重になるから」と向山を右の強打者に育てる道を選んだ。
父と同じステージに立つからこそ、社会人野球、ひいてはチームを応援してくれるファンに対する感謝の思いは誰よりも強いものがある。東京ドームをオレンジ色で染める大応援団の迫力は、日本一と評しても過言ではないだろう。向山は言葉の端々に熱い思いをにじませる。
「人生でなかなか味わえることがない、素晴らしい環境で野球をやらせていただいています。その環境をつくってくださる2万人の社員の方々と一緒に喜びたいですし、その方々の期待に応えられるように日々頑張るのが僕らの使命だと思います」
北道貢監督の就任とともに、今季からは主将を任されることになった。昨年は2大大会で上位進出を果たすことはできなかったが、シーズンを通しての勝率は歴代でも上位だった。「一発勝負の難しさを改めて感じました」。新チームの戦力も、全国のトップクラスに引けを取ることはない。紙一重の戦いを勝ちきれなかったからこそ、所信表明ではこんなメッセージをナインに伝えた。
「下の選手が伸び伸びできる環境をつくることも大切だと思います。若手が成長することを、チーム全員が喜べるような組織にしましょう!」
向山自身、今まで以上に後輩の選手とも密なコミュニケーションを取るように意識を変えた。昨秋の日本選手権2回戦で敗北を喫したトヨタ自動車は、若手の台頭に加え、中堅、ベテランが融合して優勝。ここ数年、しのぎを削るライバルとして後塵(こうじん)を拝すわけにはいかない。「トヨタさんに負けたくない気持ちはあります。僕自身、経験のない都市対抗優勝が目標です」。2017年以来8年ぶり3度目となる頂点に向け、向山が率いるチームはまい進していく。