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【木田画伯の球界絵日記】レジェンドたちに感謝!山本昌さんとは米武者修行からの縁

スポニチアネックス 2026年2月14日 6時3分

 日本ハムの木田優夫GM代行(57)による「木田画伯の球界絵日記」は11、12日に臨時コーチとして沖縄・名護キャンプに参加してくれた山本昌広氏(60)について。現役時代に何度も対戦したレジェンド左腕と初めて会ったのは、38年も前のこと。懐かしい記憶もよみがえります。

 ファイターズの春季キャンプは第3クールまで終了しましたが、このクールでは初日からの3日間、現役時代に何度も対戦し何度も打たれた元ホームラン王の山崎武司氏がバッティングの臨時コーチとして来てくれて、ファイターズの選手を指導してくれました。

 また、2日目からの2日間はピッチングの臨時コーチとして、ドラゴンズでプレーしていた山本昌広氏が来てくれました。山本昌さんと初めてお会いしたのは1988年、日本から遠く離れた米フロリダ州でした。

 僕はジャイアンツから1Aフロリダステートリーグのマイアミマーリンズに派遣されていたのですが、同じ時期に昌さんもドラゴンズから同じリーグのベロビーチドジャースに派遣されていたのです。僕は結局、7勝17敗でリーグの最多敗争いをしていたのですが、昌さんは逆に最多勝争いをしていてリーグのオールスターゲームにも選ばれ、シーズン途中で帰国し、そのままローテーションに入り日本シリーズにも先発するという大活躍をされ、大投手への一歩目を踏み出されました。

 実は翌年のシーズン、僕自身のプロ入り初先発と2回目の先発がドラゴンズ戦で、相手の先発は2試合とも昌さんでした。しかも、その2試合とも僕が勝利投手になったのですが、残念ながらそれ以降勝った記憶がありません。

 今回、そんな投打のレジェンド2人に来ていただきましたが、教わった選手たちが日本一という結果で恩返ししてくれると信じています。(日本ハムGM代行)

 ○…木田画伯は「2試合勝ち投手になった後、勝った記憶がない」と話しているが、記録を調べると巨人時代に中日・山本昌とは先発で5度投げ合っており、実は4勝1敗と大きく勝ち越している。89年4月29日の初対戦で完投でプロ初勝利を挙げると、そこから92年8月25日の対戦まで4連勝。最後の対戦となった96年6月8日に初黒星を喫した。人の記憶はあてにならないものである。

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