いまや音楽は「ストリーミング」が当たり前。
便利になった反面、浮かび上がる新たな課題と向き合って音楽との接し方を再提案する企業があります。音楽SNS「Chooning」を運営するチューニング株式会社です。
「Chooning」は音楽の感想、思い出やメッセージなど300文字のテキストを投稿し、30秒の視聴音源と同時に共有できるアプリ。Spotifyアカウントと連携することで、自分の視聴履歴に応じたコンテンツが表示されたり、聴いた曲の感想をすぐに投稿できたりと、自分の「好き」に向き合ってそのときの気持ちを書き残すことのできるサービスです。
今回は同サービスを開発・運営するチューニング株式会社代表取締役のイワモトユウ氏にお話を伺います。いま私たちは音楽とどう接すればいいのか、Chooningが目指すリスナーの在り方などについて聞きました。
音楽の「機能的価値」と「意味的価値」ーー「Chooning」では実際にどのような投稿がされているのでしょうか?
イワモト:いまChooningに集まっている投稿は大きく分けて3種類あります。
音楽を批評する「レビュー」、音楽にまつわるユーザーの個人的な思い出を記す「エピソード」、そして日記にBGMを付けるような感覚で投稿される「ダイアリー」です。
一日の投稿数は平均120〜160件、週末など多い日には200件を超えたりします。
ーーどうしてこのようなサービスを作ろうと思ったのですか?
イワモト:音楽に対して、再生数のような指標で価値を判断したり「ドライブに合う曲」というような機能性ばかりを求めたりするのではなく、「自分にとってこんな意味がある」という楽しみ方、価値の共有をして欲しいと思ったからです。
モノには「機能的な価値」だけでなく、「意味的な価値」があります。たとえば「小さなコップよりも大きなコップのほうが便利。保温機能があればさらに嬉しい」というのが「機能的な価値」です。一方で「意味的な価値」とは、「あのアーティストが使ったコップだから欲しい」というような例です。
音楽も、ヒットチャートとは関係なく、自分にとって特別な意味を持つ曲、というのがありますよね。そういう、再生数からは見えない音楽の価値を可視化して共有する場としてChooningを考案しました。ストリーミングの普及によって音楽がインスタントに大量消費される傾向があり、そうではない音楽との付き合い方をしたいと考えたのです。
ーーストリーミングの普及によって起きている問題について、詳しくお聞かせください。
イワモト:SpotifyやApple Musicといったストリーミングサービスの普及により、音楽に愛着や思い入れを抱く機会が減っていると考えています。
CDやLPなどの質量を伴うパッケージでコンテンツを取り扱っていた頃は、手触りがあって所有している感覚が得られるので、愛着も沸きやすかった。部屋に飾っているジャケットが目に入ったり、歌詞カードやライナーノーツを通じてアーティストの思いに触れたり、それらの意匠の意図を汲み取ろうとしたりもしました。アルバムは一枚3000円以上したので、曲あたりの購入コストが高い分、一つひとつの音楽を大事に聴いていたということもあると思います。
しかしストリーミングが当たり前になったいま、画面を2、3回タップすれば好みに合った良い雰囲気の音楽が延々と流れてくるし、いずれはこの「2、3回のタップ」も自動化されて省略されるはずです。月額料金は変わらず提供曲数は増え続け、曲あたりに支払うコストは下がり続けることになります。
つまり、ストリーミングの登場で、音楽の機能的な価値を享受することはとても手軽になったのです。その一方で、音楽に向き合って個人的な意味を見いだす場面は減っている。ここにストリーミングの課題があると考えています。
僕は、決して音楽の意味的な価値に需要が無くなったわけではないと思っています。ストリーミングへ移行する際に取りこぼされてしまっているだけなんじゃないかと。
Chooningは「そんな需要がまだあるはず」と信じて開発したものです。好きな音楽について「自分にとっての意味」を言葉にすることで、その音楽と向き合う時間を作って欲しいと考えています。
近年LPやカセットテープの需要が高まっています。こうしたアイテムはストリーミングが取りこぼした需要の受け皿になっている。しかし、情報化社会の発展や音楽産業全体の未来を考えれば、ストリーミングの波に抗うことはできません。ならば、その変化の波に乗りつつ、その変化を上書きしていくアプローチをとるべきです。Chooningは、ストリーミングによって失われつつあるものを、ストリーミングを利用する体験に実装し直そうとする試みなのです。
定量化しない価値を大切に。「たくさん聴かれた音楽」だけではなく「心を動かした音楽」もーー「意味的価値」をサービスとして提供できている事例や、参考にしているものはありますか?
イワモト:YouTubeのスーパーチャットに代表される「ギフティング」、日本だと「投げ銭」と呼ばれる形式は、意味的価値のマネタイズ例ですね。国内だとSHOWROOMが早くて、その後に続いた動画配信サービスもこの手法で収益化を図りました。いずれもコンテンツの作り手と受け手のコミュニケーションに着目して、受け手にとっての意味的価値を最大化するような機能を作り手に提供しています。
Chooningでは、音楽に言及する投稿がコミュニケーションの場になっています。投稿という場で、その曲やアーティスト、書かれている内容についてコメントのやりとりがされています。
ここは、音楽が「いかに多く再生されたか」ではなくて「いかに心を動かされたか」という価値を認めていく場でありたい。客観的な事実、評価ではなく、「その人がどう感じたか」という主観的な情報を尊重し、好きな音楽に対する偏愛を認め合う文化でやっていきたいんです。その雰囲気を作るために、投稿の閲覧数や「お気に入り」の数、その音楽の再生数などはユーザーには主張しない見た目にしています。
ーーリスナーにもっと音楽に向き合って欲しい、という思いがあるのでしょうか?
イワモト:僕が「向き合って欲しい」と偉そうにわからせようとしているわけではなく……能動的な鑑賞態度をとりたい人たちが集まれる場所を作ってみた、という表現がいいかもしれません。
僕もそこに集まっている一人で、「音楽と向き合う時間を作りたい」と思っています。中心にそういうユーザーがいて、その周りに何となくもっと音楽を近い距離で楽しみたいという人たちがいて、みんなが自分の好きな音楽について語っている。
いま、インターネットではファクトや「正しさ」みたいなものが強く求められる空気があって、それはもちろんインターネットが政治、経済、社会と不可分になってしまったから仕方がないのですが、少なくとも音楽についてはそうではない、愛情を中心としたコミュニティをインターネット上に作りたい。Chooningは、そういうプロジェクトであり、ムーブメントだと思っています。「自分たちは音楽が好きなんだ」と愛を表明するような運動です。
ーーなるほど、参加するユーザーひとりひとりが大切なのですね。
イワモト:とはいえ、ユーザーには気楽に、趣味の合う人を見つけて楽しんでいって欲しいです。ユーザーのコミュニケーションとしては、普段の社会生活におけるソーシャル・グラフと別に、音楽の好みによるソーシャル・グラフを形成して楽しんでもらうことを意識しています。これを築くことができれば、Chooningにとってもユーザーにとっても大きな資産になる。
もともと音楽はソーシャルなコンテンツです。アーティスト同士、アルバム同士、曲同士の関係が網目状に広がっていて、コンテンツ同士に社会関係がある。そうした関係にユーザーがぶらさがることで、住んでいる場所や学校や職場と関係のない、新しい人間関係を作ることができます。
ーーコミュニティが生まれることを意識していらっしゃるのですか?
イワモト:必ずしもリアルのソーシャル・グラフをそのままネットに持ち込む必要はないはずです。時代に逆行するようですが、「リアルとネットを分断する」アプローチが人を幸せにすることもあるのでは、と考えています。
ネットはリアルからの逃げ場であっていいし、普段はまったく接点のない人と、好きな音楽をきっかけに出会うことのできる装置になりたい。いつもとまったく別のソーシャル空間、つまり別の社会で、趣味のことを存分に語ってもらいたいですね。
ーーChooningの開発も、コミュニティの力によって支えられていると伺いました。
イワモト:僕自身が7年程、IT業界でデザイナー、エンジニアとして働いていることもあって、社会性の高いプロダクトに協力しようという友人が多かったんです。ITベンチャーで働いていると、面白いプロダクトのアイデアがあったら連休に集まって開発する、というような文化もあります。
Chooningの開発は友人や先輩と始めて、デバッグは10年前に僕が立ち上げたシェアハウスにいま住んでいる大学生たちが手伝ってくれました。今はそれに加えて一般公募でテスターに参加してくれる人を募って、100名近くのテストユーザーがいます。ビジョンに共感してくれたユーザーの方々から連絡をいただき、マーケティングや分析を手伝っていただいたり、ブログで紹介していただくこともあります。
こうしたプロジェクトのあり方はとても「インターネット的」で、こういう連帯のなかからベンチャーが社会で何事かを成すときの突破力が生まれるのだと思います。今後、体制を整えていく上でも「組織ではなくムーブメントで戦う」という意識を持っています。
意味的価値の発信は作り手にも貢献するーーそれでは、音楽を作る側は Chooning というサービスをどう捉えればよいのでしょうか?
イワモト:ストリーミングが整備されて、これまでに比べるとアーティスト同士がかなり同列に扱われるようになりました。耳の可処分時間の奪い合いという意味では、Podcastなどの音声コンテンツの配信者も含めて、全員が同じ商品棚に陳列されている状態です。プロアマの境目も無くなっている。いま、クリエイターたちには平等にチャンスがあると言えるでしょう。ただ、その機会は、グローバルレベルで画一化された評価指標と共にあります。
ーー再生回数やいいね数などで、"公平"な定量的評価を受けているんですね。
イワモト:はい。作り手の方々には、そうした数字に置き換え可能な反応ばかりを見るのではなく、Chooningの投稿を覗いてみていただきたいです。Chooningには「これをアーティスト本人が読んだら、たまらなく嬉しいだろうな」と思える投稿が溢れています。リスナーたちの心のこもった言葉は、きっと創造のモチベーションや精神的な支えになるはずです。
また今後、Chooningを通してアーティストに収益が発生する仕組みも考えています。それは「たくさん再生された曲が収益を生む」といったアテンション・エコノミーに乗っかるものではなく、「心を動かした音楽」がマネタイズされるものを構想しています。
ーーアーティストにとっても励みになるサービスなのですね。
イワモト:Chooningは基本的には音楽リスナーに向けたサービスですが、音楽をやる人にとっても刺激を与え、彼らにも歓迎される存在でありたいと思っています。また、リスナーやアーティストという区分にとらわれず、音楽の意味的な価値を再確認し、その価値を楽しむ人たちの集まる場として、役割を果たしていきます。
(写真・小林璃代子、文・川合裕之)