音楽を聴けば自然と身体が動き、踊るときには音楽を流すーー。
音楽とダンスは背中合わせの存在ですが、ひとつ大きな違いがあります。それは「収益モデル」です。
音楽には「印税」というシステムがあり、継続的な収益モデルが確立されています。一方、ダンスにはそのようなシステムがなく、ステージへの出演代やレッスン代といった単発的な収益モデルしかありません。
そんななか、モーションキャプチャーの技術によって、ダンスの「動きそのもの」に価値を見出し、収益モデルの革命を起こそうとしているのがマイクロエンタテインメント株式会社です。
今回は同社代表の小平託氏に、ダンサーの新しい収益モデルについて話を伺いました。
動画さえあればパフォーマーの動きを抽出できる技術ーーまずは簡単に御社の事業内容を教えてください。
小平:弊社は「動画から被写体の動きをデータとして抽出する」という技術をコアに事業を展開しています。
モーションキャプチャー自体は現在も広く使われていますが、よくあるのがアクターさんに全身タイツみたいなものを着てもらって専用のカメラで撮影するやり方です。
これでも十分な技術なのですが、私たちは動画から動きを抽出することを目指しました。
ーー特別な設備を準備しなくてもいいんですね。抽出した動きはどのように活用されるのでしょうか?
小平:BlenderやMayaなどの3D制作ソフトで活用可能です。現状では、3Dアーティストさんや動画制作会社様に利用していただいています。
ダンスなど専門的な動きの場合、そもそも身体がどう動いているかわからなかったりするんですよね。なので、「キャラクターのアバターを作ったはいいけど、どう動かせばいいのだろう?」という問題が生じます。
弊社では、こうした場面でプロのパフォーマーの「動きそのもの」を販売・提供するという解決策を提案しています。
ーー「動きそのもの」に価値を見出す技術というわけですね?
小平:そうです。骨格の動きそのものや、将来的には筋肉の動きを抽出する技術です。身体から切り離すことのできる形而上の「モーション」「身体の動かし方」を抽出して3Dで再構築します。
ーーなるほど。そもそもどうしてこうした事業の構想を思いついたのでしょうか?
小平:実は私の妻がもともとダンサーをしていたんですが、話を聞いていて本当に大変な職業だなと気づかされたんです。「ダンサー」という職能のポテンシャルはもっと評価されても良いのではないかと。
身体動作の美しさを追い求めるという意味ではアスリートにも近い素晴らしさがあると思うんですよね。「将来が不安定」という点もアスリートと同じです。
若い頃は前線に立ち、プロになれるのはほんのひと握り。そしてさらにその中の限られた人だけが、振付師というアッパーのキャリアに進むことを許されます。そうでない人は30代40代で身体の衰えとともに前線を退き、あとはレッスンの仕事しか選択肢が残っていないことが多いんです。
現役のときはステージに立ち、引退後はレッスン講師。どちらも労働集約的で「買い切り」の収益モデルなんですよね。
こうした状況をITで解決できないかと考えて、事業をスタートさせました。今年の5月には、モーションキャプチャー技術によって抽出した「動き」を取引できるプラットフォームとして「GESREC」というサービスをリリースしています。
「振付の著作権」とは別の、独自の「モーション権」ーーGESRECでは「動き」の取引ができるんですよね。これはつまり、ダンスの「振付」を取引していることと同義なのでしょうか?
小平:いえ、実はそうではないんです。
振付に著作権を付与するという動きも、それはそれであるんです。例えば、ビヨンセの振付師などでも知られるジャケルナイトという方が自分のダンスで著作権を取得しています。
ただ私たちには、先程お話しした通りダンサーの収益モデルをなんとかしたいという思いがあったので、別の路線でいこうと考えたんです。
そこで発案したのが「モーション権」という新しい概念です。
ーーモーション権?
小平:モーション権というのは、現段階ではGESRECのサービス内でのみ有効な権利なんですが、振付師の「振付」だけでなく、ダンサーの「動き」にも財産権が付与されるんです。
例えば、振付師Aさんの振付を、ダンサーのBさんが踊ったとします。この動きがGESREC上で販売されたら、AさんだけでなくBさんにも収益が発生する仕組みになっているんです。
ーーなるほど。「振付の著作権」では振付師にしか還元されないところを、「モーション権」はダンサーにまで権利を拡張しているんですね。ちなみに、別のダンサーCさんがBさんのダンスをカバーして販売した場合はどうなるんですか?
小平:その場合は、振付師のAさんとダンサーのCさんに収益が発生します。
ここは重要な点でして。BさんとCさんのダンスはそれぞれ違うものとして扱いたいと思っているんです。
同じ振付でも別の人が踊ればそれは違うものになります。弊社のモーションキャプチャー技術はまさにその微妙な違いを読み取ることができるんです。
ーー「振付」に実際の「動き」が加わって初めて「ダンス」になるということですね。
モーションキャプチャーを活用する未来ーーこれから御社は身体動作に関わる芸術表現をどのようにしていきたいですか?
小平:「過去」にも目を向けたいです。例えば、歴史上の有名なライブアクトの復元に力を注ぎたいなと思います。
「あの瞬間のあのライブが見たい」というステージってあるじゃないですか。すでに現場を引退されているダンサーやご高齢のアーティスト(亡くなられている場合は倫理的な課題がありますが)の復活ライブは僕自身も見てみたいと思います。
そこで、動画データから当時のモーションを抽出し、復元することで「あの伝説的なパフォーマンスをもう一度」というのが実現できるのではないかと考えています。
また、モーションキャプチャーはスポーツ教育にも活用できます。抽出したモーションを3D空間に落とし込むので、間近で見たり、カメラアングルを変えて再撮影したりもできるんです。これを応用すれば、プロゴルファーのスウィングフォームを様々な角度で、しかも目の前で確認しながら習得することも可能です。
こうした技術を通して、ダンサーをはじめとした、身体動作で表現をするすべてのパフォーマーの可能性を拡張していきたいです。
そのためにも、やはり新たな収益モデルの創出が必要不可欠です。既存の枠組みではダンサーも振付師もパフォーマンスへの対価は「買い切り」です。一つひとつの「動きそのもの」をコンテンツとして販売・提供し、継続的に収益を得る仕組みが存在していません。
「動きそのもの」に価値を見出し、受け取った価値と同等のお金を支払う、という仕組みが必要だと信じています。
ーーこのムーブメントはさらに加速しそうですね。
小平:5年後、いや3年後までにはパフォーマーがしっかりとベネフィットを享受できる環境を確実に整えたいです。
現在は国内規模ですが、海外展開も視野にいれています。現在、会社自体は完全に日本法人ですが、弊社は海外在住歴のあるスタッフも多いです。私自身も人生の半分くらいは海外で過ごしてきました。
「マイクロエンタテインメント」という社名には、どんな些細なことでもエンターテインメントになる、という思いを込めています。「エンタメ」というと身構えてしまいますが、もっと気軽で日常的なものにしたいなと。
まずはモーションキャプチャーというテクノロジーを使って、パフォーマーの可能性を広げたいです。
(文・川合裕之)