「不整地」――多くの人にとって、あまりなじみのない言葉かもしれません。
不整地とは、文字どおり「舗装されていない未整備の土地」のこと。具体的には、農地や建築現場、砂浜といった場所が該当します。
それらの不整地では、路面に凹凸があるために一般的な車両を使った作業が困難になることが多いのだそうです。たとえば農家であれば、収穫した作物の運搬を人力で行わなければならないなど作業負担が大きくなってしまいます。
そんな不整地が抱える課題を解決するプロダクトを提供しているのが、株式会社CuboRexです。同社が開発した手押し一輪車の電動化キット「E-Cat Kit」について、開発担当の牛腸 彰氏にインタビューしました。
不整地の作業負担を軽減するプロダクトを開発――まずはE-Cat Kit以外のプロダクトも含めた、CuboRexの事業についてお聞かせください。
牛腸:私たちは、「不整地のパイオニア」というミッションのもと、不整地を走行できるキャタピラーやタイヤのユニットや、それらを使ったプロダクトを開発・製造・販売しています。
クローラー(キャタピラー)のユニットである「CuGo」や、それをベースにした農薬散布ロボット「ネコソギマクンダーZ」をプロダクトとして提供しているほか、お客さまの要望に合わせたカスタム品の開発なども行っています。
「E-Cat Kit」は、通称「ねこ車」と呼ばれる手押し一輪車のタイヤ部分を交換し、付属のレバーを取り付けることで電動化できるキットです。CuGoの形状がキャタピラーであるのに対して、E-Cat Kitはタイヤ型である点が両者の違いとなります。
――E-Cat Kitは手押し一輪車を電動化できるとのことですが、具体的にどのような状況で利用されるのでしょうか?
牛腸:不整地では必ずといっていいほど、「物を運搬する」という作業が発生します。しかし、一般的な運搬用車両は舗装路を走ることを前提としているため、段差や坂、ぬかるみなどに弱く、不整地では利用が難しい実情があります。
もちろん、不整地向けの車両が一切ないわけではなく、大規模な農場などで使われるエンジン式の運搬機などは存在します。しかし、車両が大きいので山間部の農地など狭い場所に入れることができず、価格も高額なので小規模な農家さんで導入するのは現実的ではありません。
そのような状況のなか、普段使っている一輪車をそのまま電動化することで、作業負担を軽減できるプロダクトがE-Cat Kitです。
――小規模な農家でE-Cat Kitが使われている背景として、日本の農業にはどのような課題があるのでしょうか?
牛腸:これは日本という土地の宿命でもあるのですが、国土が狭く山が多いために、狭い場所や平地ではないところで作物を作らざるを得ないんですよね。本当は広大な平地で大きな機械を使って行うほうが農業は効率的なのですが、日本の土地ではそれが難しいことが多いです。
たとえば、山の中にある棚田やみかん畑のような土地で作物を作る場合、使える機械が非常に限られてしまい人力に頼らざるを得なくなります。しかし、それは効率的ではありませんし、高齢化などで作業自体が困難になる状況も生じます。
そこで、狭い土地や平地ではない場所でも使うことのできる小回りの利く運搬ツールが必要となるのです。
特殊な形状の一輪車にも取り付けできる――使う人が自分で手持ちの一輪車のタイヤを交換して使う構造がユニークだと感じました。電動の車体を丸ごと作るのではなく、交換型のキットとして提供している理由を教えてください。
牛腸:農家の方にとって、一番身近な運搬用具はおそらく手押し一輪車です。どの農家にも必ずあるので新しく車体を購入する必要はありませんし、一番身近な相棒を電動化できる仕組みなら負担も少ないだろうと考えました。
もうひとつの理由が、農業で使われる一輪車の種類の多さです。農業は土地に根ざした産業ということもあり、地区ごとに使っている機械が違うことも珍しくありません。
たとえば、同じ作物を作っていても、ある町ではAという一輪車を使っていて、隣町では形状の異なるBという一輪車が使われているといったこともあるんです。そのような地域ごとのバリエーションに合わせた電動一輪車をひとつひとつ開発するのは現実的ではありません。
手元にある一輪車を電動化できるようにすれば、特定の地域でしか使われていないような特殊な形状の一輪車にも対応できることから後付けキットという形で提供しています。
――E-Cat Kitは、これまで具体的にどのような現場で導入されてきましたか?
牛腸:最も多く導入いただいているのが、和歌山県のみかん農家です。これは、みかん畑が山地に作られていること、そこで使われる一輪車の形状が特殊であることの2つの理由が大きいと思います。
一般的な一輪車の場合、コンテナを横方向に2個並べて積むのが一般的です。ところが、和歌山のみかん農家で使われる通称「有田式一輪車」と呼ばれる一輪車は幅が狭くて全長が長く、縦に3つのコンテナを載せる構造になっています。
先ほどお話ししたとおり、E-Cat Kitはどんな一輪車でも電動化できるので、その点が受け入れていただけている背景にあるのではと感じています。
みかんの収穫作業に加えて、春先の堆肥をまく作業などでも多く利用していただいているようです。「作業が楽になった。もう手ばなせない」という言葉を多くいただいています。
このほかに、最近は建築業や土木業での資材運搬用として購入いただくケースも増えてきました。
沖縄の軽石除去活動でも活躍――今後、E-Cat Kitをどのように展開していきたいとお考えでしょうか?
牛腸:「不整地で物を運搬する」という状況であれば、幅広く活用できる可能性があると考えています。たとえば、2021年に沖縄県の沿岸部に軽石が漂着したことが問題になりましたが、ここでもE-Cat Kitを使っていただいています。
当初、私たちもニュースでこの問題を知ったのですが、映像を見るとボランティアの方たちが、普通の手押し一輪車を使ったり、手作業で袋に詰めたりして軽石を運んでいるようでした。もしかしたら私たちのプロダクトで貢献できるかもしれないと思い連絡をとり、実証実験として無償で使っていただきました。
あと、できれば起こってほしくないことではありますが、災害発生後にも地震であればがれきを動かしたり、水害であれば泥や土砂を捨てたりといった物を運ぶ作業が数多く発生します。
地域の防災拠点のような場所にE-Cat Kitで電動化した一輪車を常備しておき、普段は荷物の運搬などに使いながら、いざという時にも使える備えといった活用もできるのではと考えています。
――E-Cat Kit以外のプロダクトやサービスで、これから注力したいと考えていることはありますか?
牛腸:カスタム開発を通して、より使う方のニーズに沿ったものを作っていけたらと思っています。
今、世の中にあるさまざまなプロダクトは、単体ではとてもすばらしいものばかりです。でも、実際に利用する農家さんのニーズにしっかり応えられているのかなと思うことは少なくありません。
価格や大きさ、走破性など多方面から見たときにニーズに合わない部分がでてきたり、解決したい問題が解決しきれていなかったりというケースが多いように思います。
カスタム開発を通して、そのような既製品では解決できない課題を解決するお手伝いをしていけたらと思っています。
(文・酒井麻里子)