企業におけるデジタルシフトの必要性が叫ばれるなか、社内外のITリテラシーの差によってDXが思うように進まないという声がよく聞かれます。
特にコロナ禍によって大打撃を受けた飲食業界においては、少人数での業務効率化が急務であるものの、業務効率化のために導入したITが大きな成果を上げるケースはそれほど多くありません。
そのような状況のなか、アナログ人材とデジタル人材がタッグを組んで開発した全く新しい形態の飲食店「焼鳥IPPON」が2021年9月にオープンしました。
今回は「焼鳥IPPON」プロジェクトに携わった株式会社トレタ 事業本部 O/Xグループ マネージャーの高武俊平氏へのインタビューを通して、飲食業界のDXにおける課題や「焼鳥IPPON」オープンの背景、アナログ人材とデジタル人材のそれぞれの役割について解説します。
コロナで急速にニーズが高まる外食産業のDX――まず御社の事業内容について教えてください。
高武:株式会社トレタは「食の未来を、アップデートする」というビジョンを掲げ、飲食業界にフォーカスしたバーティカルSaaSのスタートアップです。飲食店様の働き方を変えるプロダクトの開発や提供をしています。
具体的にはクラウド型予約・顧客台帳の「トレタ」、AIが自動で予約応答をする「トレタ予約番」、モバイルオーダーの「トレタO/X」などのプロダクトを開発・提供しています。
――外食産業におけるIT化、近年ですと「DX」という言葉を耳にするようになりました。この背景には何があるとお考えでしょうか?
高武:まず前提として、外食産業は労働集約型でスタッフの生産性が低い状態が続いていて、そこをどう変えるかが業界全体の課題としてありました。
当社は先程ご紹介したプロダクトを通じて、外食産業における生産性向上の重要性を社内外に発信していましたが、DXの必要性を感じつつ「具体的なイメージが持てない」「どこか未来の話」と捉える飲食法人様も多かったんです。
ところがコロナ禍によって、飲食店様がまともに営業できなくなりました。どこの飲食法人様と会話しても「早急に労働生産性を高めるにはどうすればいいか」という話題が上がり続けており、業務効率化のためのIT化・DXのニーズの高まりを感じています。
――これまではIT導入についてあまり真剣に考えられていなかったところでコロナになり、DXを進めないといけない状況に追い込まれてしまったということですね。
高武:そうですね。社内では「おもてなしの呪い」というキーワードをよく使っています。従来の飲食法人様にとって、システム化や業務効率化はおもてなしと逆行する概念として捉えられている印象が強かったんです。
お客様に対して全て人の手を介しておもてなしをするというのが飲食店のあるべき姿という固定概念が強かったのですが、コロナ禍の状況にあってはそうも言っていられません。どうすれば少人数で業務効率化を図り、生き残ることができるかが課題として上がってきているのが現状です。
――コロナ禍によって外食産業におけるIT化・DXのニーズが高まったわけですが、DXを進める上で何か課題はあるのでしょうか?
高武:DXを「デジタル」と「トランスフォーメーション」としたときに、この「X」に該当する部分が大事だと考えています。飲食法人様がトランスフォーメーションするには、これまでの経営や店舗運営のあり方を抜本的に見直すことが必要です。
それこそ一度完全に解体して再構築するくらいの見直しが求められるのですが、やはり飲食法人様にはこれまで培ってきた固定概念や現場の運用方法、スタッフの反応があるので、なかなか本腰を入れてトランスフォーメーションに向かうことができていません。
なかには一部の業務にITを導入している飲食法人様もありますが、それが根本的な生産性向上につながっているかと言うと、そうでもないんです。
枝葉の部分でITツールを入れても、ツール同士がつながっていないので、逆に管理が大変になってしまう。結果、せっかく導入したシステムに縛られる形になってしまい、本来やりたいことができなかったり、データの接続が限定的で使えなかったり。こういった部分が外食産業におけるDXを進める上での課題になっていると考えています。
新しい形態の飲食店「焼鳥IPPON」誕生の背景――そういった課題があるなかで2021年9月に「焼鳥IPPON」をオープンされました。御社と株式会社ダイヤモンドダイニングの両社がゼロベースで立ち上げられたということですが、その経緯について教えてください。
高武:もともとダイヤモンドダイニング様はトレタのプロダクトを使っていただいているという関係がありました。
コロナ禍によって運営されている都市型の居酒屋チェーンが大打撃を受けてしまい、何か新しい一手を模索されていたのですが、なかなか本質的な一手を見出せないという状況だったんですね。
従来、予約向けのプロダクトを展開してきた当社も、コロナ禍によって「お店を予約する」という行為が大きく変わるなか、飲食店様に対して何か新たな価値を提供できないかをここ数年模索していました。
さまざまな挑戦のなかで、これは本当に飲食店様のお役に立てるのではないかと芽が出始めたのが、冒頭紹介したモバイルオーダーの「トレタO/X」です。
このお話を先方にしたところ、単純にモバイルオーダーを入れるのではなく、「今までの飲食店の常識を全て捨てて、新しい時代にフィットしたこれまでにない飲食店を作ろう」という形で「焼鳥IPPON」のプロジェクトが立ち上がりました。
――飲食業のダイヤモンドダイニング様とIT業のトレタ様、それぞれバックグラウンドや保有するスキル・ノウハウが全く異なる2社がタッグを組んだわけですが、プロジェクトを進めるにあたって、良かった点を教えてください。
高武:もともと「トレタ」という予約台帳は、出来る限り広く多くの飲食法人様に使っていただこうと展開してきたプロダクトです。
逆に、いかにSaaSとしてスケールしていくかという観点では、一社一社とのお付き合いが率直なところそこまで深くは無かった部分がありました。
そのため、今回の「焼鳥IPPON」プロジェクトを通じてダイヤモンドダイニング様とお店作りの中枢、かなり深いところまでご一緒できたのは良かったですね。
また、我々はデジタルのサービスを提供していますが、最も重要なのは飲食店様の現場理解だと考えています。現場の方が日々何を考えて過ごされているか、本質的な課題はどこにあるか、そういった部分の解像度が今回のプロジェクトで飛躍的に高まったことも、大きな意義でした。
――逆に苦労された点はありましたか?
高武:やはりそれぞれのバックグラウンドが違いますので、プロジェクト発足当初はコミュニケーションに苦労しました。お互いに遠慮して模索し合っている……お見合いのような感じでしたね。
そこで、キックオフ以降毎週定例会議を設けて、どういう業態を作るか、お客様の体験設定はどうあるべきか、飲食店のオペレーションをどう変えるかといったことを議論したり、我々が持ち込んだデザインをディスカッションしたり、現場のオペレーションを体験したり……とにかく現場と対話を重ねることで壁を乗り越えました。
――実際に現場に足を運んで、そこで得られたものをシステムにフィードバックするといったこともできそうですね。
高武:まさにそのとおりで、我々が作っているのは飲食店様の業務を支えるツールですから、いかに業務を知っているかが重要になってきます。
実際に我々が想定していた要件を提示してみたら、現場から思ってもみなかったようなフィードバックをいただくこともあって……そういったところで我々も学んで、このプロダクトの開発を重ねてきました。
飲食店のDX成功の鍵を握るアナログ人材――「焼鳥IPPON」の事例のように、今後外食産業におけるDXが進んでいくと思われます。その場合、飲食店の既存スタッフ、いわゆるアナログ人材の方々の役割はどのように変化するとお考えでしょうか?
高武:これまでの飲食店のスタッフの働き方や基本的な業務は、いかにマニュアル化して効率的にやっていくか、そこにウエイトが置かれていました。
実はマニュアル化できることは、ITや機械に置き換えやすいことでもあるんです。この置き換えられる部分、つまり基本的で事務的な作業に関してはシステムで下支えすることで、スタッフの業務から取り除くことができます。
そこを取り除いたときに既存スタッフが何をするかが、飲食店のDXにおけるいちばん重要な点です。マニュアル化できる部分はシステムに任せられますが、マニュアル化できない部分にこそ人が介在する価値があると考えています。
たとえば「焼鳥IPPON」にモバイルオーダーを入れたことで、注文や会計といった作業にスタッフが入る必要がなくなりました。
ではスタッフは何をしているかというと、提供する料理をよく見せるためにプレゼンテーションをして、お客様により豊かにストーリーを伝える。お客様と雑談を楽しむ。注文作業を気にしなくて良くなるので、お客様との会話で店の雰囲気作りをするといった、機械やシステムには置き換えられないことをしています。
スタッフとのコミュニケーションを通じてお客様に楽しんでいただき、豊かな体験をお持ち帰りいただくことができれば、結果的にお客様の満足度が高まりますし、リピーターも増える……昔の飲食店って働く人の人柄にお客様がついていた、ある種の属人的な面があると思うのですが、そういった原点回帰がシステムの中で起きる。そんな世界になると考えています。
マニュアル的に覚える仕事がなくなるので、サービスやホスピタリティに長けた人、人を楽しませることが得意な人が、プロフェッショナルとしてさまざまな飲食店様で活躍できる。そんな時代が来るのではないでしょうか。
――飲食業界の慢性的な人手不足解消にもつながりそうです。「焼鳥IPPON」のようにアナログ人材とデジタル人材の掛け合わせで飲食店のDXを進めていく場合、成果を上げるために大切なことを教えてください。
高武:掛け合わせというと難しいかもしれませんが、たとえば共創やパートナーシップ、こういった言葉が大事だと思います。
どちらかが受注でどちらかが発注というような、上下がついてしまう関係性のなかでこういった取り組みをしようとしても難しい部分が出てくる。受注側はお客様に言われた通りに作る、発注側は言った通りにやってほしいというマインドセットになってしまいます。そこからイノベーションは生まれないんですね。
精神論に近くなってしまいますが、お互いの知見を最大限に活かす。アナログ人材は現場に精通しているべきだと思いますし、デジタル人材はよりITの知見が発揮できる必要があります。
両社がプロフェッショナルとして一緒に関わって、一つのゴールに向かっていく関係性をどう作っていくか。これが成果を上げるために大事なことだと考えています。
(文・川口裕樹)