人口減少や高齢化が進み、行政の効率化が求められる中、今後日本でますます普及するであろう、デジタル地域通貨。現在、デジタル地域通貨を活用した実験的な取り組みが全国各地の自治体で行われつつあります。
そんな中、東京都渋谷区の「ハチペイ」をはじめ、新潟県佐渡市の地域通貨「だっちゃコイン」、兵庫県朝来市の「あさごPay」、足立区商工会のプレミアムデジタル商品券、有人国境離島で利用できる電子クーポン「島バウチャー」など、さまざまな地域通貨導入を行っているのが株式会社ポケットチェンジ。
同社のサービス「pokepay(ポケペイ)」は、1店舗の小売店から、全国展開のチェーン店、地方自治体まで、あらゆる組織が簡単にオリジナル電子マネー・ポイントを発行・管理できるプラットフォームです。
今回は、地域通貨について国内でも有数の実績をもつ株式会社ポケットチェンジの代表取締役である松居健太氏に、一般社団法人官民共創未来コンソーシアムの官民共創データ利活用エバンジェリストである川崎浩充がお話を伺いました。
このインタビューは前後編の2回に分けてお届けします。今回の後編では、「マイナンバーカード認証とデジタル通貨」について伺いました。(取材日:2023年1月26日)
渋谷区のハチペイ施策でマイナンバーカード認証はどう使われたか——渋谷区のハチペイの場合、マイナンバー認証を活用されていました。マイナンバーカードを利用したことで可能になったことを教えていただけますか?
松居:今回、マイナンバーカード認証を使って行ったのは区民認証です。渋谷区に在住されている方限定で利用可能な「ハチペイデジタル商品券」を提供するにあたって、渋谷区民であることの認証に利用しています。
この施策では、高い精度で渋谷区民であることを特定する必要があったので、マイナンバーカード認証は打ってつけでした。
ちなみにプレミアム率が50%、つまりチャージ金額に対して50%分のポイントが付与されるという類を見ない還元率のキャンペーンでした。(2023年3月末で終了)
※ハチペイデジタル商品券キャンペーン終了のお知らせ
——その還元率を聞くと、“渋谷区民でよかった”と対象の方は思いますよね(笑)。実際に、マイナンバーの登録や利用はどれくらい行われましたか?
松居:現時点(2023年1月下旬)で渋谷区民の認証をマイナンバーカードベースでされた方は約1万8000人いらっしゃいます。
渋谷区の人口が23万人ほどで、マイナンバーカードの認証ができる15歳以上の方が20万人程度であろうことを考えると、10%の達成率にまもなく届くといった感じです。
——当初の目論見と比べるといかがでしょうか?
松居:1人2口まで、上限4万セットで2022年11月から3月末までの期間、実施されていたので順調な印象ですね。
渋谷区は元々、デジタル化に向けて積極的な姿勢を打ち出しています。たとえば、デジタルデバイドの解消のために高齢者にスマホ端末を貸与するといった取り組みですね。そうした区の取り組みが下地となったからこその成果だと思います。
マイナンバーカード認証は今後どう利用されるか?——今回マイナンバーカード認証を使ってできたことから、どのような可能性が見えてきていますか?
松居:今回の渋谷区のような場合、任意の時点で、対象となる特定の区や市に居住しているかの認証として使っていますが、マイナンバーカードに登録されている生年月日の情報を利用したサービスも可能だと考えています。
一定の年齢以上の方に向けた施策のために使う…たとえば、「この時間以降、未成年はこういうお店に入っちゃいけないよ」というような条例がある場合、自動的に入店を制御するようなことができるかもしれません。
——たしかにゲームセンターには22時以降、未成年者が入店できないという条例がありますよね。そういう場面で使えると。
一度マイナンバーを認証しておくと、決済を行う前に必要な判定の部分でも活用できるということですね。
松居:他にも、映画館などで実施されているシニア割のようなものも、店頭で身分証明書を提示しなくても、認証済みのスマホアプリ上で完結させられますね。
とはいえ、「ハチペイ」のように認証の結果、プレミアム付き商品券を購入できるようなユーザー側のベネフィットが組み込まれた仕様ならば良いのですが、単なるユーザー認証のためだけにマイナンバーカードを使用するのはさすがに重すぎるかもしれません。
金融系のサービスでは、一定のKYC、本人確認を行う手続きをとって不正を防止する観点が必要ですが、前払式支払手段においては、KYCまでは不要とされています。
規制で求められる範囲を大きく超えて認証を厳しくすると、利便性が大きく損なわれてしまうことは事実なので、利便性のバランスを取ることは常に重要なポイントになります。
——なるほど。姉妹都市同士で連携して、両方の街でお得に使えるデジタルバリューを発行することもできそうですね。告知と直接的なメリットのセットで届けられるような…。たとえば、ある都市で大きなイベントが催されるときに、その姉妹都市から人を呼び込むようなことを地域通貨の機能を使ってやっていくとか。
松居:はい。そういった構想もあって、いろいろな方々と議論をさせていただいています。今、川崎さんがおっしゃったアイディアなら、pokepayの地域通貨同士の交換機能を利用せずに「Aという街の加盟店でBという街の通貨が使える」といった設定を加える形で、比較的簡単に実現できます。
AまたはBという街に住んでいることを証明するために、マイナンバーカードを利用するというのはあるかもしれないですね。
——それは面白い。
懸念されるマイナンバーカード認証の課題点——今後マイナンバーカード認証を利用したサービスが広がっていく上での課題はありますか?
松居:今、浮かんだ課題は3つあります。
1つはユーザーの利便性や操作の分かりやすさを考え、マイナンバーカードの認証をできるだけ簡単にできるようにすること。認証のためだけに「こんな作業をしてください」「このアプリをインストールしてください」とやると複雑性が上がりますし、手間ですよね。
2つ目としては、スマホのNFC機能を利用して行う現行のマイナンバーカード認証の仕組みに起因するものが挙げられます。マイナンバーカード認証は、どうしても端末側のNFC読み取り性能に依存してしまいます。端末の機種によっては、読み取りにかなり苦労することもあります。
国もこの課題解決に向けて動いており、スマホ自体にマイナンバーカード機能を内蔵する仕組みを準備しているようです。スマホにマイナンバーカードをかざさずに、公的個人認証サービスに直接アクセスできることを目指していると理解しています。
3つ目は、マイナンバーカードを初期登録するときのパスワードの多さです。おそらく4種類あるのですが、覚えていない方が多く、覚えていてもどのパスワードのことか分からないから全部試していらっしゃる方もいるようです。
ユーザーがパスワードを忘れてしまったとき、僕ら事業者はパスワードを知りえないため、尋ねられても「分かりません」としか答えようがないんです。
——運転免許証がマイナンバーカードに一体化されることが2024年に予定されていますし、利用シーンが増えていけばパスワードを都度求められる点は課題になりそうですね。
松居:運転免許証を見せて終わりだったことが、マイナンバーカード化されることで、パスワードの入力が求められるのであれば、ユーザーにとっての利便性はむしろ下がってしまいますよね…。
インタビュー後記インタビュー前・後編を通して、デジタル地域通貨の現在と今後、デジタル地域通貨の普及に伴って進むであろうマイナンバーカード認証利用のメリット、そして検討課題が見えてきました。
2023年2月時点で、マイナンバーカード申請率は全国で9000万人を超え、人口比で70%を超える普及率となりました。公的な身分証明書としては最大規模のものです。
今後は行政、民間各社がさまざまな事業シーンでマイナンバーカードの本人認証を利用したサービスを展開することでしょう。また、利用の際の決済手段として地域通貨というデジタルバリュー活用がますます見込まれます。
同時にさらなる利用の拡大には、利用者視点や安全性の考慮を行うことが重要なポイントになるといえます。
<インタビュイープロフィール>
松居健太
ポケットチェンジ株式会社
代表取締役
東京大学大学院工学系研究科卒。在学中より、スタートアップ立ち上げや大規模国際NPOなどの経営に携わった後、マッキンゼーに入社。マネージャーとして、小売流通業界などの事業・組織改革、戦略立案、オペレーション改善などに従事。2010年、株式会社チケットスターを創業。設立3年目に取扱高50億、黒字化を果たし、楽天グループに事業売却。15年に株式会社ポケットチェンジを共同創業。事業開発、アライアンス、営業、資金調達など、ビジネス面の全般をリード。
<著者プロフィール>
川崎浩充
官民共創データ利活用エバンジェリスト
株式会社Public dots & Company
金融系13年、IT系業務を13年経験し現在に至る。1社目のオリエントコーポレーションでは、2000年からpaymentビジネス営業・企画、ECモール運営など実施後、全社横断DXプロジェクト(加盟店軸のビジネスモデルから顧客軸のビジネスモデルへの変革)を推進。
中期経営計画策定を実施後、顧客WEBサービス再構築、金融API設計及びAPI利活用ビジネスの立ち上げから専門部署設立までを遂行。大企業での経営決定プロセスと新規事業構築を経験。
2社目のデジタルガレージでは、新たなテクノロジー・デジタルによるDX事業や新規事業企画の推進と組織スケールを得意とし、ゼロから10年で年60億、100人の組織まで拡大させた実績をもつ。同時に複数の子会社役員の他、5年にわたって複数のスタートアップ支援、メンタリングを行い、次世代事業の創出にも注力。パブリック領域の新規事業部も設立を行う。
現在は官民共創における事業開発支援や民間データ活用による可視化領域などに従事。