本稿は、アフリカビジネスパートナーズによる寄稿記事である。同社は、ケニアや南アフリカに現地法人を持ち、アフリカ40か国で新規事業立ち上げやスタートアップ投資に関する支援を提供している。現地のビジネス最前線を知る同社独自の視点から、投資家が注目するべきアフリカのスタートアップトレンドを毎月ピックアップして紹介していく。
前号では、アフリカ女性にとって関心の高い領域であり、中間層の増加や女性の社会進出で市場が拡大している、美容関連のサービスを提供しているスタートアップを取り上げた。
第7回となる本号のテーマは農業だ。アフリカの多くの人は、農業で生計を立てている。人口の半分以上が農村部に住んでおり、大規模な土地で農業をおこなう商業農家よりも、家庭で食べられる分をつくりその余剰を販売している数エーカー程度の小規模農家が多い。
農家あたりの耕地面積が小さいと、農業生産性は上がりづらい。加えて、肥料の使用量が少なかったり、よい種子を使っていないことも生産性の向上を妨げている。アフリカでは肥料を原料から製造している国は少なく、多くは輸入で賄っているため価格が高い。農家が収入を得られるのは収穫の時期のみであるため、肥料が必要な植え付けのタイミングには現金が用意できないこともある。
また、灌漑や機械化が進んでいないため、天候や人手の状況に収穫が大きく左右されてしまうのも特徴だ。収穫が安定しないことから、銀行も農家に融資をしない。そもそも農村では圃場が分散して所在しているため、融資のための調査をおこなうのも一苦労だ。
農家情報をデジタル化し肥料や種子を貸し付けこうした課題に対応しようと、肥料や種子などを農家へ融資することで生産性を高める取り組みを行っているのが、ケニアのApollo Agricultureだ。機械学習、衛星データ、リモートセンシングなどの技術を活用して、農家による栽培、収穫活動や圃場の状況をデータにし、そのデータに基づきそれぞれの農家に肥料や種子などを貸し付け、収穫の際に返済を受けている。
植え付けと収穫の間に農家のキャッシュフローがひっ迫するという課題を、テクノロジーを用いて融資業務を効率化・精緻化し、貸し付けを可能にすることで解決している。貸し付けと返済の際には、ケニアのモバイルマネーM-Pesaを用いている。2016年の創業から今日までで、ケニアとザンビアで35万人以上の小規模農家にサービスを提供した。
同社は2022年3月にシリーズBラウンドで4,000万ドルを調達しており、同ラウンドではソフトバンクもビジョン・ファンド2を通じて投資している。さらに今年1月にはデットで1,000万ドルを調達しており、スウェーデンの政府系投資ファンドSwedfundに加え、ドイツ投資開発公社DEGがImpactConnectを通じて資金を提供した。これにより累計調達額は7,000万ドルを超えた。
農家が灌漑設備や農機を利用しやすくする工夫小規模農家は雨水に頼った農業をおこなっており、用水路やため池、ダムによる灌漑がおこなわれている割合は低い。灌漑がないと、1年のうち収穫できる回数が限られるだけでなく、降雨量が多くても少なくても収穫量に影響が出る。資金繰りに苦労する小規模農家は農機を購入する余裕がないため、耕地面積あたりのトラクター使用台数も低くとどまっている。
ケニアのSunCultureは太陽光発電式の灌漑用ポンプを製造し、スプリンクラーや蓄電池とセットにして、小規模農家に従量課金制(PAYG)で提供している。いわば農業用水のサブスクだ。これによりポンプの購入資金がなくとも、農家は灌漑農業を開始できる。同社は2013年の創業以来、累計約5,000万ドルを調達している。
ナイジェリアのHello Tractorは、トラクターなどの農機の貸し手と利用者をつなぐマッチングプラットフォームを提供している。農機を借りたい農家は、アプリに表示される近隣の貸し手を選び、時間単位で借りることができる。農機を買うことはできないが、時間単位の費用なら払える農家に向けて、利用の障壁を下げる工夫をしている。同社はJohn Deereブランドで知られる米国の世界大手農機メーカーDeere & Companyと提携しており、2022年には出資も受けた。
アフリカ農家を守る農業保険も誕生灌漑設備やビニールハウス、農機などを使わない小規模農業には、天候の変動に大きく収入が左右されるというリスクがある。干ばつで雨が降らなくても、逆に大雨が発生しても、圃場や農作物に被害がでて収穫量が変動し、販売する際には市場での価格変動の影響も受ける。そこで必要になるのが農業保険だ。
ケニアの農業保険スタートアップPula Advisorsは、こういった変動に対する農家の脆弱性に備えるための保険を提供している。地域ごとに過去の降雨量や気温、収穫量のデータを蓄積し、収量が一定以上下回れば自動的に保険が適用される。
興味深いのは、同社が直接小規模農家に保険を提供するのでなく、小規模農家に対して種子や肥料などを提供している政府、農業組合、援助機関、民間企業と組むことで、これらサービスの一環として収量保険を提供している点だ。
小規模農家に農業保険を提供する上での障壁のひとつは「保険の必要性や複雑な仕組みを理解してもらい、あらかじめ費用を払ってもらうこと」であるのだが、農業組合などをアグリゲーターとして間に挟むことで、小規模農家に保険の複雑な仕組みを理解してもらう工程をスキップし、手を煩わせることなく保険を提供しているのだ。
同社は今年4月のシリーズBラウンドで2,000万ドルを調達したばかりで、2015年の創業以来の調達額は3,000万ドル弱に達している。
マリのOKOは、小規模農家向けにモバイルベースの作物保険を手頃な価格で提供している。携帯電話を持っている人なら誰でも利用でき、保険金の請求・支払いは衛星データと画像を使用して自動化されている。コートジボワールとウガンダでも事業を展開しており、2017年の創業以来、調達額は200万ドルを超えている。
伝統的な農業プロセスのデジタル化や農業データの集約に可能性農業では、新しい方法や行動を取り入れるハードルが高いものだ。代々受け継がれてきた伝統的な手法が深く根付いているうえ、手法を変えることで被りうるリスクが大きく、なにより導入には費用がかかる。
今回とりあげた、アフリカで小規模農家向けにサービスを提供しているスタートアップは、そのメカニズムを理解したうえで、自然にデータを収集したり、オペレーションの効率化により事業コストや農家の負担を下げたりしながら、農家が昔からの慣れ親しんだ手法を変えずに生産性を高められるようなアプローチをとっている。それを実現させるための立役者がテクノロジーだ。アナログな農業とテックは一見関わりが薄そうにもみえるが、小規模農家の農業生産性の向上は、アフリカだからこそ、アグリテックが活躍できる領域だといえるだろう。
文・藤原梓(アフリカビジネスパートナーズ)
参考
「アフリカ農業に関する13の基礎情報」
「アフリカ業界地図:ケニアの農産物バリューチェーンの概要」
週刊アフリカビジネススヘッドラインニュース443号
週刊アフリカビジネススヘッドラインニュース589号
週刊アフリカビジネススヘッドラインニュース609号
週刊アフリカビジネス681号
週刊アフリカビジネス690号
週刊アフリカビジネス692号
≪アフリカビジネスパートナーズ プロフィール≫
https://abp.co.jp/
アフリカビジネスに特化したコンサルティングファーム。2012年設立。ケニアや南アフリカに現地法人を持ち、アフリカ40か国で新規事業立ち上げや事業拡大、スタートアップ投資に関する支援を提供。スタートアップ関連では、日本企業やCVCに対する有望スタートアップの紹介や、出資の際のデューデリジェンスを中立的な立場から提供している。2022年にはアフリカのスタートアップの調達金額やビジネスモデルを紹介した「スタートアップ白書」を発行。毎週「週刊アフリカビジネス」をメールで配信し、スタートアップの動きを日本語で提供している。