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【インタビュー】「東京の樹冠被覆率は今の3倍が望ましい」 日陰ルートがデフォの庭園都市シンガポール発企業、DXとAIでグリーンインフラ構築

Techable 2024年8月20日 12時0分

ここ数年、日本でも猛暑・熱中症対策として「日陰ルート」を案内してくれる地図アプリが登場している。「日陰を持ち歩く」として高機能な日傘も、いまや老若男女を問わず必須アイテムとなった。

一方で、もともと街路樹が充実した樹冠被覆率(土地の面積に対する樹冠の割合)の高い都市では、日陰を辿る移動は“当たり前”のこと。現在、各国の主要都市ではこの樹冠被覆率を上げようという取り組みが活発に行われている。この分野で世界トップクラスに位置するのがシンガポールだ。

「アジアの庭園都市」を名乗るシンガポールは、TreepediaによるGVI(グリーンビュー指数)が29.3%。このデータがある17都市で首位に立っている。

庭園都市シンガポール発のgreehill、都市林管理をDX

そんなシンガポール発のスタートアップが、世界各地の都市で緑化計画に貢献している。「スマートツリーインベントリ」で街路樹・公園樹の管理をデジタル化するgreehillだ。同社のアーバンフォレスト(都市林)管理システムは、街路樹や公園樹をLiDARでスキャンしてデジタル化し、効率的な管理と保全を可能にするもの。樹冠被覆率を最大化しながら、街路樹の維持費を最小化する。

パリ五輪開催に先立ち、同社はフランスの複数都市でも都市林のスキャン作業を行った。「Paris Tree Plan」に取り組むパリ市は2026年までに17万本の樹木を植える予定で、2030年までに「ヨーロッパで最もグリーンな都市」を目指しているのだ。

2017年設立のgreehillは、現在シンガポール本社以外にブダペスト、ベルリン、パリ、サンフランシスコに拠点を構える国際企業。アジア太平洋地区事業の統括であるPéter Sasi氏にインタビューを行い、同社のソリューションや日本の状況について話を伺った。

樹冠率を最速で効率的に改善するソリューション

――今年の5月に東京や福岡を訪問されましたよね。日本の都市の街路樹や樹冠被覆率についてどんな印象を受けましたか?
Péter:初めに言っておくと、私は日本の皆さんが自然を愛して大切にしていることを、素晴らしいと思っています。緑豊かで美しい庭園の数々を丹精込めて作り上げていますよね。ただ、その一方でどうしても…特に街路樹についての質問にお答えすると、アジア太平洋地域各国の状況を知る統括責任者としては、日本の街路樹の数量・樹冠被覆率・葉面積は、ちょっと驚くほど低いと言わざるを得ません。

じつは、有名ラーメン店に行ったのですが店の前の通りに40分も行列しまして。ほんの少しでも日陰があったら、もう少し何とかなったのでしょうが…シンガポールでは、ほとんど日陰だけを歩いて移動できます。十分な樹冠被覆率があれば、目的地までの「完全日陰ルート」を選べるのです。

――東京都内で国道の街路樹を撮ってみました。剪定されてほとんど幹だけになっていて、日陰が少ししかないんです…

Péter:(笑)まさに、この状態の木についてもお話ししたかったんです。地震や台風の多い日本では、安全確保が重要なことは理解しています。ですが、定期的な剪定によってほとんどすべての葉、枝・小枝が限界まで刈り込まれていますよね。この木がかろうじて生存できる最低限の状態です。

安全かもしれませんが、生態系サービスにとっては確実にマイナスですし、この木自体にも良くありません。さらに、生態系パフォーマンスの効果が得られないので住民にとっても良くないですね。当社のハイテクツールがあれば、街路樹をスキャンして安全性と樹冠の適切なバランスを突き止めることができます。

――動画を見ました。グーグルストリートビューの撮影車のように、専用車で走って街路樹を撮影して、その情報から「デジタルツイン」を作るんですよね。
Péter:はい。樹冠のサイズや形、構造を把握して、安全の範囲に収まりながらも生態系パフォーマンスや冷却効果、大気汚染のフィルタリング効果、CO2隔離の大幅な向上が見込める状態を突き止めるのです。当社がUrban Insightsと共に生み出した「Smart Tree Inventory」は、まさにこのためのツールです。

たとえば風速約30メートルの時にどの木に危険が生じるのか、といった知見を提供します。剪定が必要になった木も、ハイライトで教えてくれますよ。すべての街路樹を限界まで刈り込む必要はありません。より良いバランスと安全を実現するテクノロジーが存在するのです。

――AIを活用されていると思いますが、危険性や剪定の必要性などのリアルタイム情報はどうやって把握できるのでしょう。デジタルツインは撮影時の過去のデータですよね…
Péter:スキャンとデジタルツインは定期的なアップデートが必要です。ただ、街路樹のような高木は動物や草花などと違って成長速度がとても緩やかですよね。一定量の枝を備えた状態まで木が成長するには、何十年もかかります。

重要なのは、最初のスキャン時に予防措置が必要な木々を特定すること、その現場に行って樹冠サイズを小さくして安全を確保し、枝を取り除くことです。そうすれば、その木は少なくとも数年は安全性が確保されます。大きな枝が育つには数年以上かかりますから。

またこの時、それ以外の85~90%の木は健康で手入れが不要だと分かります。現場へ赴いてスキャンと分析を行うにはコストがかかりますが、その後の訪問とケアが不要な木が分かるので、維持費の節約を実現する「元が取れるソリューション」なんです。

――greehillのソリューションはすでに世界各地で導入されているんですよね。
Péter:現在、100か所近い都市やロケーションで実際に利用されています。都市だけでなく、ゴルフ場やテーマパーク、民間企業、軍事基地など、数多くの樹木が存在する場所、不特定多数の利用者がいる場所で活躍するんですよ。

この技術のユニークな特徴は、対象となる木を自動的に発見・抽出する点です。当社の機械学習パイプラインはここから始まりました。現在は、対象の木を発見・観察・分析するうえでの新たな方法についてさらにインサイトや分析を追加しています。医療の分野でX線やMRIなどの機器を新しく開発して活用するのと同じです。樹冠の枯死率を検知するツールもすでにあります。

さらに、数千本…あるいは数百万本の中から、幹に空洞がある木を自動で検出するツールも間もなく登場予定です。すでに強力だった当社のソリューションが追加のAIツールで超パワフルになります。

――最新の研究結果によると、2013年から2022年の9年間で東京の樹冠被覆率は9.2%から7.3%に減少したということですが、これは先進国の中では低い方でしょうか。

Péter:とても低いと思います。ほかに「住民1人あたりの木の数」という見方もあるのですが、人工1400万の東京都に木は1400万本もないでしょうね。世界各地では住民と木の数が同じか、木の数が住民数を上回るところがあります。

東京の望ましい樹冠被覆率は、今の3倍の27%は欲しいですかね。少なくとも21%あればだいぶ良いでしょう。ただし、これはやや長期的というか中期目標に当たる数字です。まず最初にできるのは、今ある木々を守ること。木の成長には数十年がかかりますから。

――「greehillの技術と〇〇の予算があれば、東京の樹冠被覆率を〇年までに〇%にできる」みたいなことって言えますか?
Péter:可能な限り迅速に樹冠被覆率を大きく改善するうえでは、複数のレベルが存在します。既存の木を守った次の段階は、「レベル0」。ベースラインまたはベンチマークに当たり、インベントリを作成して今あるものを把握する段階です。当社がベンチマークを提供するので、新たに木を植えるべきロケーション、およびその場所で最も効果を発揮する種類の木を選んで植えます。

次に「レベル1」は、運用メンテナンスです。街路樹の構造、健康状態、他の木や構造物との接触状態などの観点からハイライトして、剪定が必要な木を特定することができます。

さらにその次のレベルでは、取得した情報を景観および都市設計の計画にどう活用するかを考えます。それぞれの木が持つ大気汚染フィルタリング効果、冷却効果、CO2隔離パフォーマンスの情報を、当社が地図上で視覚化します。これにより、木々の恩恵があるエリアと不足しているエリアが分かり、木と木による「サービス」を必要としているロケーションを特定できます。

特定の都市で育つ現地の木々の葉面積指数を調べて、指数の最低値で枯死が最も多い「外れ値」を確認し、健康状態の悪い木をハイライトします。都市計画プランナーは同じ種の木の群れ(コホート)全体を俯瞰できるので、その都市で繁栄する種とそうでない種が分かるのがメリットです。

樹冠率や葉面積を最大限の速さで拡大するためには、必要なロケーションで最も効率的に成長する樹種を知る必要があります。どんな木をどこに植えるかの意思決定を当社が支援できるのです。

「木を植える最善の時期は30年前、次善の時期は今」

――木が成長するには何十年もかかるのに、今から取り組んで間に合うのでしょうか…。
Péter:「木を植える最善の時期は30年前だった」という表現をご存じでしょうか。30年前に植えていたら今ごろ立派な木に成長していたはずですからね。ですが、「次善の時期は今」です。大きくてパフォーマンスの高い木の樹齢が少なくとも10年、15~20年であることを考えると、今から植えても10年後でないと大幅な改善は得られません。ですから常に「手遅れ」ではあります。

ですが、今年から始めれば5年後10年後にははるかに状況が改善するでしょう。始めるのが遅くなればなるほど時間が無駄になる。そして私の経験上、気候変動は人間の予測以上に深刻です。もし私が日本の市長や区長だったら、迷うことなくただちに取り掛かるでしょうね。

――「コストがかかるし目先の利益を生まない」街路樹を増やすためには、資本主義的な価値観から脱する必要性もみえてきます。
Péter:それはおっしゃる通りですね。そして付け加えると、これこそまさに当社が提供する「レベル3」なんですよ。(自治体が)社会福祉や教育のために財源を必要とするのは分かります。しかしその一方で、これは「可視性」が欠如しているという問題でもある。

当社は都市林の恩恵とその価値を定量化し、木への投資価値を定量化し、情報を提供できます。都市林構築にたとえば年間10万ドルを注ぎ込んだ場合の費用対効果を数字で提示できるんです。「摂氏でこれだけの冷却効果が得られる」、「街路の大気質がこれだけ改善される」などですね。

グリーンインフラと同じだけの効果をグレーインフラで得ようとすると莫大なコストがかかること、グリーンインフラが結局は最も安上がりな手段であること。こうした情報を自治体の首長や政治家は知りませんから、具体的な数字を提示するのです。

都市全体から区や通り、公園、新規開発エリアに至るまで、当社はサマリを提供できます。街路樹・公園樹に対して都や市がこれまで投資してきた額はどれだけなのか。今その木々を伐採したら、どれだけの損失になるのか。その木々はどんな「サービス」を提供しているのか。住民は現在、木々からどの程度の恩恵を受けているのか。開発業者がその木々を伐採するなら、恩恵と同等の補償がされるべきなのか。

――日本のイベントに参加して、都市や自治体から問い合わせはありましたか?
Péter:さまざまな都市から、かなりの関心を寄せられています。イノベーションとスタートアップ育成を専門とする部門が多くの自治体にあるみたいですね。こうした自治体での事業立ち上げと協働について喜んでお話ししたいです。

ただ、これは私の印象で間違いかもしれませんが…生態系サービスや開発、景観・計画、グリーンインフラ管理の担当部門はコンサバティブで、イノベーションをあまり受け入れていないようです。まずはこの障壁を乗り越える必要があります。都市林の重要性を理解してもらわないと。将来的にはさらに重要になるのに、今すでに手遅れであることも。

ですので、サービスの存在や効果について広く知ってもらうことは非常に重要です。振り返ってみると、ほんの数年前までシンガポール国立公園局が初めてにして唯一の顧客という状況でした。それが翌年には、世界各地に顧客数10に増えていたんです。昨年は顧客数が100に到達しました。急速に拡大はしていますが、まだまだ新しいサービスです。知らない人がいても驚きはしませんが、とにかく存在を知ってほしいですね。

都市林の効果を知ることと、知らせることが重要

――御社ソリューションは基本的にB2Gですが、導入を希望する一般市民はどうしたらよいですか?
Péter:街路樹から得られる効果や恩恵について関心を高めることが重要でしょうね。都市部の木々は街や公園を美しく見せる「装飾品」でしかない、と多くの人が誤解しているからです。木々の持つ効果を知らなければ、自分のレストランの前にある邪魔な木を伐採してテーブルを増やそう、といった考えにもなります。

知らないことで非難はできません。だからこそ教育が必要なのです。また、都市をはじめ自治体の側も教育が必要です。当社の分野ではありませんが、さまざまなカンファレンスが開催されて既存の街路環境をどうすべきか、さまざまな取り組みが進められていると思います。

シンガポールのように日陰だけを選んで歩ける街は不可能ではありません。ただし、とにかく始める必要があります。当社やあなたのように皆が少しずつ努力すれば、きっと実現できると確信しています。

(取材・文:Techable編集部)

【取材を終えて】

Péterさんは、都市林のパフォーマンスを増強するのではなく単に「維持」したい場合にも数字を示す必要があると語っていた。樹齢数十年の木々を伐採する開発事業では、伐採した樹木の本数以上を植樹しないとそれまでと同じパフォーマンスは維持できないそうだ。たとえば樹齢5年の若木であれば、大量に植えないと樹齢20~50年の木々の代わりにはならない。

Péterさんの話からは、名建築家・前川國男の「生えている樹木はできるだけ伐るな」という名言を思い出した。豊かな街路樹のメリットは、日陰による冷却効果と歩きやすさだけではない。「都市のHEPAフィルター」として機能し、空気中を飛散する塵やNO2、SO2、一酸化炭素、オゾンを除去するうえ、二酸化炭素の隔離にもなる。

グリーンインフラ強化の取り組みは、上述のパリ以外でも行われている。ニューヨーク市の「アーバンフォレスト・アジェンダ」は、2035年までに同市の樹冠被覆率30%達成を目指す。夏には気温50度に達することもあるサウジアラビアが2019年に開始した「グリーン・リヤド・プロジェクト」は、首都リヤドで2030年までに約750万本の樹木を植栽するという計画だ。

もちろん、樹木の維持管理と安全性確保にはコストがかかる。コスト増加に市長が難色を示していたニューヨーク市では、市民ボランティアが「スチュワード」に登録して樹木の手入れ作業に参加している。手入れ活動の開催日時はNYC Tree Mapで公開されるため、市民は気軽に参加して活動を楽しむことができ、市としても管理コスト削減につながる仕組みだ。

東京や大阪など日本の大都市は世界の潮流と逆行し、街路樹を減らしているのが現状。greehillのソリューションを活かしつつ、ニューヨークのボランティア活動を参考に、東京や大阪でも猛暑で市民の生活と健康を守るグリーンインフラを構築できないだろうか。

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