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マンホール蓋の知られざる〝裏側〟「踏んでいくものではありますが…」製造メーカー社員の思い

東スポWEB 2024年10月6日 10時19分

さまざまな日用品のメーカーを取り上げている特集面。今回は「マンホール蓋」だ。集中豪雨で吹き飛ばされる事故が報道されたかと思えば、ゆるキャラを描いた鮮やかなデザインが注目されるといったように、話題は尽きない。今回は製造に携わる長島鋳物株式会社の井上好道氏、金子美常氏、福島一郎氏に、蓋の“裏側”について話を聞いた。

さっそく工場から見学することに。まず目に入ったのは、これまで製造したマンホール蓋の型だ。約8500点保有しているという型は多くが木製。それらを造形機にセットし、実際に鉄を流し込む砂の鋳型(いがた)が作られている。多くの自治体から依頼されることもあり、社員は蓋を通じて地名に詳しくなるとのこと。金子氏も「読みが難しい市町村も、この仕事をしていると読めるんです。家族からこの市は何県にあるのか、と聞かれることも多いですね」と笑顔で明かした。

その後鋳型には、電気炉で溶かされた鉄が流し込まれる。約1500度の赤く光る鉄が、手際よく鋳型に収まっていく姿は圧巻だ。一定の冷却時間の後に鋳型を粉砕すると、ようやく見慣れた形の蓋が登場。砂や“バリ”(鋳造時に発生する突起)を取り除き、加工と塗装を経て無事マンホール蓋として出荷される。

さらにカラーデザインを施す場合には、専門の社員が樹脂を用いて着色する。当日も色が混ざらないよう細心の注意を払いながら、隅々まで鮮やかな樹脂が流し込まれていた。個人差はあるものの、こちらの作業も数年の修練が必要だという。

長島鋳物は、鋳物の仕入れ販売を中心に創業した会社だ。しかし当時は輸送中の破損が多く、自社生産の必要性を痛感して工場を建てたという。現在では生産物の9割以上がマンホール・止水栓等の蓋となっている。

その中でデザイン蓋を作り始めたのは1979年。バブル期に突入してからは、各自治体が水道のイメージアップを図るために、マンホールに凝るようになったと福島氏は語る。またカラーデザインがブームとなったのは、各市町村に「ゆるキャラ」が登場したことがきっかけ。アニメキャラクターの柄の依頼も増え、カラーデザイン蓋はより一般的になっていったという。

記念として注文されるため、1点物となってしまうこともカラーデザイン蓋の“あるある”。たった1枚のために型を作るのはもちろんのこと、時には20色以上の指定が入ることも。加えてキャラクターを再現する場合には色を特注することも多いという。美麗な蓋の裏側にはそれ相応の苦労があるのだ。

近年は蓋の写真を掲載した「マンホールカード」も流行。ファンの中には、水と洗剤を持ち込み、表面をきれいにしてから撮影する人もいるという。ありふれた公共設備だった蓋は、今や鑑賞の対象となりつつあるようだ。

一方で大雨や事故の度にマンホールの危険性が報じられてしまうことも多いが…。井上氏は近年の蓋には丁番やカギを取り付けていると説明する。強い内圧が働き開いてしまっても、蓋のみが飛んでいくことがないように設計しているというのだ。加えて万が一、穴に落ちてしまっても脱出できるよう、内側にはしごを設置する場合もあるという。

半面そのような機能が備わっていない古い蓋が事故を起こしてしまうのも事実だ。8月に新宿駅前のマンホール蓋が吹き飛んだ事故に関しても、「あれほど古い蓋が都心に残っていたことが驚きだった」と3人は口を揃える。業界団体では、日本に約1600万基あるとされているマンホールのうち、約350万基が吹き飛んだ後の転落や摩耗によるスリップ等、何らかのリスクを抱えていると推測。耐用年数を過ぎた蓋の交換を呼びかけているが、交換ペースが追いつかないという点は、メーカーとしても悩みの種だという。今後他の水道設備も含めて、老朽化が問題となることは明白。井上氏は「マンホールを起点にして、下水道について考えてもらえるとうれしいですね。当たり前のような存在になっていますが、決して当たり前ではないので。多くの方に興味を持っていただけると風向きも変わるかな、と」と打ち明けた。

取材の最後に金子氏は「蓋に1つ穴を開けるだけでも大変な手間がかかるので。踏んでいくものではありますが、優しく扱ってほしいですね」とのこと。福島氏も「昔は木型を作るにも、職人さんが2週間かけていましたから。1つの鋳物ではありますけど、作り上げるまでの作業員の思いが詰まった芸術です」と思い入れを語った。安全とデザイン、両面にこだわりが詰まったマンホール蓋。そのそばを通っている上下水道にも思いをはせながら、時には“下を向いて歩いてみる”というのはいかがだろうか。

☆ながしまいものかぶしきがいしゃ 埼玉県川口市に本社、同久喜市に事業所を置く鋳物の製造会社。現在は生産物の9割以上をマンホール・止水栓等の蓋が占めている。全国各地に上下水道のマンホール設備を供給するほか、現在は樹脂で着色したカラーデザイン蓋、画像を印刷したシールを貼り付けるプリントシール蓋も展開している。

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