映画「釣りバカ日誌」シリーズなどに主演して活躍した俳優の西田敏行さんが死去したことが17日、明らかになり、衝撃が走った。享年76。晩年の代表作だったテレビ朝日系「ドクターX ~外科医・大門未知子~」シリーズの撮影では車イスで臨むなど満身創痍だった。一方、ネット上に書き込まれた事実無根のウワサを自らネタにするなど、器の大きい役者だった。
関係者によると、西田さんは東京・世田谷区の自宅のベッドで冷たくなっており、家族が17日午後0時20分ごろ、119番通報した。病死とみられている。
訃報の9日前の8日、都内で行われた映画「劇場版ドクターX FINAL」(12月6日公開)のイベントに出席し、元気な姿を見せていた。同作では東帝大学病院元院長役。所属事務所関係者は「心臓の持病があったが、普通に日常生活を送っていた」と話した。
同作で西田は米倉涼子が演じるフリーの外科医・大門未知子と敵対。表では温和だがウラでは冷血漢で、出世欲のままに大学病院トップに上り詰める役。かねて足腰が悪いと指摘されていた。テレ朝局員の話。
「2015年ごろから足を引きずったり、手すりを頼ったりすることが多くなりました。『ドクターX』でも歩行に弱々しさが見られ、それがそのまま放送されました」
足腰は悪化する一方だったが、撮影を続けた。
「第5シリーズ(17年)までは歩くシーンもこなしていました。ただ、第6シリーズ(19年)では歩行は厳しいと判断。クランクインした19年9月、車イスに乗ったシーンが撮影され、実際に車イスのシーンが初回放送(翌10月)で使われました。ご本人の実際の健康状態に配慮した〝演出〟でした」(前出局員)
来年1月期のテレ朝系列連続ドラマへの出演も決定していた。西田さんは、主演を凌駕するような大富豪役の予定だった。「訃報のあった当日のお昼、来年1月期のドラマについて打ち合わせがあったんです。西田さん本人がどこまでできるか分からないけど、撮影をサポートする準備ができたら…という話をしていたら、亡くなったことが報じられ、かなり驚きました」(テレビ局関係者)
世間が抱くイメージの通り、優しい人だった。12年公開の映画「アウトレイジ ビヨンド」(北野武監督)の撮影現場でも、その優しさはひときわ目立っていた。
夜遅くまで撮影があった時は、俳優がスタッフに差し入れをするのが習慣になっていた。「西田さんはその際、一番若手の20代のスタッフに『何が食べたい?』と声をかけて、若手スタッフが希望するものを毎回用意してくれていました。一生懸命働く若手を気にかけてくださったのでしょう。あそこまでの大御所が、若手スタッフに自ら声をかけて気遣う姿は珍しく、印象的でした」(制作会社関係者)
接した人の誰しもが西田さんの優しさを話す一方で、なぜかネット上では根拠のない薬物疑惑などが出回った。西田さんはこれを把握しており16年、都内で行われた「ドクターX」第4シリーズ(16年)の制作発表で「シャブ中ではございません」と胸を張ったのは今も語り草。当時、所属事務所社長に取材したところ、「ワッハッハ!」と大笑いしながら完全否定していた。
実際に、ネット上に西田さんが違法薬物を使い、日常的に暴力を振るうなどと虚偽内容を掲載したとしてネットユーザーが17年、警視庁に偽計業務妨害容疑で書類送検された。
「制作発表の場で薬物疑惑をネタにするなんて前代未聞。器の大きい役者でした」(テレビ局関係者)
西田さんは1970年に劇団青年座に入団し、活動を本格化。NHK大河ドラマでは「翔ぶが如く」(90年)、「八代将軍吉宗」(95年)、「葵 徳川三代」(00年)の3作で主演。映画では88年から「釣りバカ日誌」で主演した。山田洋次監督の「学校」(93年)で第17回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を獲得した。
歌手としては「もしもピアノが弾けたなら」(81年)がヒットし、同年の「第32回NHK紅白歌合戦」に初出場。バラエティーでは大阪・ABCテレビ「探偵!ナイトスクープ」で司会役の「局長」を務めた。