【菊地敏幸 辣腕スカウトの虎眼力(最終回)】1989年から2013年の長きにわたり阪神でスカウトという重要な仕事をさせていただきました。その仕事を振り返りここまで連載55回。それでも思い出すとどれだけ語っても語り尽くせない面白いスポーツが野球です。
25年間のスカウト人生で本当にいろんな方々にお世話になりご縁に助けられました。多くの名選手にプロへの入り口をつくったように言われますが、われわれは別に何もしたつもりはありません。選手たちが自分で頑張ってくれたわけで、こちらこそありがとうという気持ちです。
最初に経験した89年のドラフトは衝撃でした。日本代表のメンバーがすごくてね。いまだに野茂のフォークと潮崎のシンカーは、これ以上のものはないと思っています。
近年で言えば高校1年生の秋に大谷翔平を初めて見た時は衝撃でした。他球団のスカウトに「初めて見ます? 菊地さんビックリしないでくださいよ」と言われて花巻東高のグラウンドに行ったんですが、はい、ビックリしました。
まだ身長は185センチくらいで細身でした。それでもレフト方向にきれいにスカッといい打球を打つし、投げてもバランスが良くてカッコいいんです。2年の夏と3年の春に甲子園に出て、藤浪晋太郎と投げ合ってね。スカウト会議では藤浪を1位でいかないといけないでしょとなりましたが、将来を考えれば間違いなく大谷でした。
ただ、そもそも大谷は米球界志望でした。日本ハム以外の球団は指名しませんでしたからね。熱心に説得し二刀流で大成功を収めた。これは素晴らしい話です。
このあたりの話はNPBとMLBのスカウティングのルール整備が必要になってくるでしょう。今後、日本から新たな才能が現れる可能性だってあるわけです。日米でドラフトの時期も指名人数、規模も違います。おのおのにマーケティング的な戦略もあるでしょうが、それはこれから先の若い野球人がいい世界をつくっていってくれると信じています。
よく、いい選手を見抜く眼力などと言われます。でも、そんなの本当にわかりませんから。大先輩で「スカウトの神」と言われた元カープの木庭教さんに聞いても分からないと言います。「何人失敗してると思ってんの」と笑っていますよ。
私とて分からないんですよ。期待しても全然ダメなこともあるし、その逆だってありますから。生前は本当に仲良くしていただいた、イチロー担当スカウト・オリックスの三輪田さんとの会話を紹介しておきます。
三輪田さんは「イチローを1位で獲れるなら一級品。4位であればたまたまです」と言うんですね。そう思えば中日、巨人で東海地区の担当として活動していた関東スカウトはイチローに1位の評価をしていたといいます。やはり眼力というものは存在するのかという話にもなります。
これからを担う阪神の編成部門の皆さんのことは陰ながら応援しています。われわれが若かった暗黒時代とは違い今の阪神はしっかりしています。組織的に動いていて、みんなが阪神を強くしたいという気持ちで仕事をしていると思うんです。
スカウトとして眼力があるとかないとかは別です。本当に自分がほれた選手を、自分の言葉で球団に強く推せるようなスカウトでいてほしいですね。予定調和じゃダメ。自分の爪痕を残すんだくらいの気持ちで。
もうスペースが足りません。読者の皆さま、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。