揺れ動く女王の胸中は――。柔道女子48キロ級の角田夏実(32=SBC湘南美容クリニック)は、今夏のパリ五輪で日本柔道史上最年長となる31歳11か月で金メダルを獲得。帰国後はテレビやイベントなどに引っ張りだこで、一躍人気者となった。その遅咲きのヒロインは、4年後のロサンゼルス五輪を含めて今後に目指す道を熟考中だという。単独インタビューでは、柔道への思いから総合格闘技への興味、結婚願望に至るまで気になるテーマについて語り尽くした。
――改めてパリ五輪はどんな大会だったか
角田 五輪の数か月前のケガ(ヒザなど)をしていた時は「五輪なんか夢に見るもんじゃないわ」って言いたかった(笑い)。ケガが痛くて練習を休んだ分、試合で後悔しそうだなとか考えちゃっていたけど、頑張って金メダルを取れた時に「夢を見てよかった」と思ったし、五輪が与える影響力の大きさを感じている。柔道教室とかで金メダルを見せた時の子供たちの表情とかは今まで見たことない感じだったので、人を笑顔にできる金メダルの効果はすごいなと思いました。
――夢を実現させた自身へのご褒美は
角田 外に出ることが多くなったので、靴を買おうかなと思っている。スーツを着て靴を履いている時に「そのローファーどこの?」と聞かれるけど、めっちゃ安い(笑い)。3000円くらいだったし、1回靴底がはがれた時が出先だったので、コンビニでボンドを買って補強したけど、その後も履けている。みんなには「もう買い替えなさい」と言われているけど、履きやすくて…。ただ、そろそろちょっといいのを買おうかなと思っています。
――テレビで角田選手を見る機会が多い
角田 やっぱり知名度が高い方が子供たちもわかりやすいし、テレビに出る時は、だいたいダイジェストで試合とか流してくれるので、柔道をしたことがない子やちょっとやっている子が、ともえ投げをやってみたいとか、柔道をしてみたいという気持ちにつながってくれたらうれしい。道場って他のスポーツよりも最初の一歩が入りづらい部分があると思うので、それをもうちょっと気軽に立ち寄れるぐらいの感じで始めてもらえたら、うれしいですね。
――座右の銘は一石三鳥だ
角田 好奇心旺盛というか、言ってしまえば欲張りなので、得られるものを全部得たいなと(笑い)。1つの石を投げて何か3つ得られたらいいなぐらいな感じで生きた方がいいのかなと思っている。何かしなきゃと思った時に、理由を3つぐらい見つけるとめっちゃやりたくなる。例えば、柔道だったら仕事なので練習はしなきゃいけないけど、プラスでやせられるとか、練習後のご飯はおいしいとか、無理やり結びつけると動けますね。
――好奇心旺盛と言えば、総合格闘技にも興味があると話していた
角田 柔道をやめないと総合には移れないので、まずは柔道をどこまでやるか。でも、ボクシング関係の知り合いの方に殴りの練習をさせてもらったら「センスないね」と言われてしまったので、あんまり向いていないのかなと。ちょっと、どうしようかなと思っています(笑い)。
――自身のユーチューブでは結婚願望についても触れていた
角田 めっちゃ結婚はしたいけど、今は忙しくて恋愛どころじゃなくなっている部分もある。柔道をしたい気持ちもあるし、イベントの待ち時間に同じ所属先の永山(竜樹)選手の2歳くらいのお子さんと遊んだ時に、めちゃくちゃかわいかった。こういうの見ると、早く結婚して子供が欲しいなと思ったりする。だけど、ロサンゼルス五輪を目指すとなると36歳まで子供は産めないのかなとか、例えば37歳で1人目を出産しても、2人欲しいから2人目は40歳くらいとか、現実的なことを考えてしまう。柔道をまだやりたい気持ちもあるし、女性としての人生を歩みたい気持ちもあるし、すごい難しい気持ちです。
――柔道はいつまで続けたいのか
角田 やっぱりロサンゼルス五輪も目指したいけど、子供とか、結婚とか女性特有の部分が頭にちらつく。柔道でも海外では(クラリス)アグベニュー選手(フランス)が子供を抱っこしながら試合に来ているので、かっこいいなとは思うけど、それができている日本の選手はほとんどいない。出産すると体が動かなくなるとよく聞くし、未知数な部分が多い。もし出産した後にやっぱりキツかったな、出産していなかったらロスを目指せたかもしれないと思っちゃうと、ちょっと悲しい。そもそも年齢的に五輪を目指すのは厳しくなってきているので…。ただ、自分がどれを選んだら将来後悔しないのかというのを今考えています。
☆つのだ・なつみ 1992年8月6日生まれ。千葉県出身。小学2年時に父親の影響で柔道を始める。東京学芸大進学後に寝技を強化すると、国内外の大会で頭角を現す。2021年東京五輪は52キロ級で代表を目指すも落選。19年秋に48キロ級への転向を決断すると、21~23年世界選手権で3連覇を果たした。初出場となった24年パリ五輪では金メダルを獲得。日本勢が同階級を制したのは、04年アテネ五輪の谷亮子以来の快挙だった。161センチ。