全日本プロレスの諏訪魔(48)を語る上で、他団体との絡みも忘れてはいけない。「暴走史」3回目は、2012年7月の「レインメーカー襲撃事件」と15年11月の〝野獣〟藤田和之との初遭遇を振り返る。
【諏訪魔 全日本プロレス暴走史(3)】
――他団体の話といえば12年7月1日に両国国技館で行われた全日本&新日本プロレスの「40周年記念大会」だ
諏訪魔 これは一番の作品だよね。武藤敬司の言葉を借りると「アート」だけど、これは問題作だな(笑い)。
――諏訪魔&近藤修司 vs 中邑真輔&オカダ・カズチカの試合で、オカダが近藤に勝利。だが、試合後に諏訪魔選手がレインメーカーポーズを決めるオカダを襲撃した
諏訪魔 あれは流れがあるんだよ。専門誌の編集長と全日本のスタッフと飯を食っていた時に「これからは諏訪魔くんを推すから」って言われたんだよ。で、この大会になるじゃん。俺もいつも通りやったつもりなんだけど、強すぎちゃたみたいで…。で、ああいう結果になった。
――試合後は激怒していた
諏訪魔 今思うと、対抗戦のエース同士がもめることは本当はよくないと思う。でも、こっちも真剣に戦っているし、ケンカしたら面白くなるというのはある。とにかくその後だよね。両国で見た1万人は「諏訪魔ヤベー」ってなったわけよ。でもさあ、会社の力なのわからないけど、専門誌ではオカダ選手をメインするわけよ。何だこれ!と思って怒り狂ったね。
――つまりハシゴを外されたと
諏訪魔 後日、編集長を呼び出して「何だこれは!」ってボロカス文句言ったからね。長いものに巻かれる、こういう業界なんだって思ったよ。新日本からもクレームも入るし、大変だった。まあ、試合中にテーブルぶん投げたり、ちょっかい出したりいろいろやったからな。
――…。あと諏訪魔選手の〝問題作〟といえば藤田との対戦ですね
諏訪魔 あれは羽田空港での取材で藤田和之の名前を出したのが間違いだった。そうしたらIGFからサイモンとかケンドー・カシンが好き勝手言ってきて、俺が1人で対抗することになった。途中でバカバカしくなって、こっちももう、わけわかんないようにしてやろうと思ったし。
――諏訪魔選手とIGFが舌戦を繰り広げるばかりで対戦が実現するのかも微妙だった
諏訪魔 しまいには(元新日本プロレスのフロント)上井(文彦)さんまで「俺はケンカが好きだから、これはやるべき。スタートラインにつかせたい」って交渉役として出てきたからね。何で上井さんが出てきたんだろう…。もう何が何だかわからない。
――最終的に15年11月15日の天龍源一郎引退興行(両国)で諏訪魔&岡林裕二 vs 藤田&関本大介という形で実現。だが、関本と岡林の大日本プロレス対決だけが盛り上がる結果に
諏訪魔 あれはショックだったよ。もう「しょっぱい試合」を卒業してそれなりにやれるようになっていたのに、久々に大波にのまれたというか。今でも天龍さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。引退興行に泥を塗って、すみませんでした。