現在、日本モーターボート競走会では公営競技「ボートレース」の第139期選手募集を行っている。平均年収1900万円。2024年の賞金王・毒島誠は2億4678万6033円を稼いだ。「スポーツで食べて行きたい!」という人にはピッタリの仕事だろう。今回はトップレーサーとして活躍する一方でボートレース界のエンターテイナーとして業界を盛り上げている西山貴浩(37=福岡)が〝ボートレーサー〟という職業の魅力を明かした。
【貴浩西山のキャビらない話・リクルート編】みなさん、こんにちは! 西山貴浩でございます! 現在、139期のボートレーサーを絶賛、募集中です! ということで今回はボートレーサーという職業の魅力をお話ししたいと思います。
まず結論から言うと「ボートレーサーという仕事に少しでも興味があるのなら挑戦すべきです。そして、興味のない人も挑戦した方がいいです。挑戦したら興味が湧いてきますから…」ということです。
最大の魅力は最高の同期、尊敬できる先輩や素晴らしい後輩に出会えること。そして、そんな人たちに囲まれながら仕事ができるということです。ボクは2005年11年18日に若松ボートでデビューしました。今年の11月で20年になります。この間、ケガもありましたが、トータルで考えれば、やっぱりボートレーサーになって良かったと思っています。生まれ変わってもボートレーサーになりたいと思っているくらいです。
そもそも僕がボートレーサーになることを決めたのは忘れもしない2002年8月4日、中学3年生、15歳の夏の日のことでした。この日、近所の若松ボートでは第7回SGオーシャンカップ最終日が開催されていました。優勝したのは現在、ボートレースアンバサダーを務めている植木通彦さんです。僕も父ちゃんに連れられて若松ボートに行っていました。
衝撃を受けたのはこの日の9Rです。6号艇には地元・福岡の藤丸光一さん。前づけで3コースに入るとインの今垣光太郎さんを鮮やかにまくりで沈めて快勝。このレースを見てビビビッときたんですよ。「絶対にボートレーサーになる!」って決めてました。
すぐにどうしたらボートレーサーになれるのかを調べて受験資格が15歳以上だったので中学3年生の時に初めてやまと学校(現ボートレーサー養成所)の試験を受けました。この時は両親にも試験を受けることを言っていませんでした。もうボクの中でボートレーサーになることを決めていましたから、相談とかもしませんでした。
1回目のチャレンジは失敗してしまったので、とりあえず高校には進学しました。でも、やまとの試験が受かったら、すぐに高校を辞めるつもりでした。もうボートレーサーになることしか考えていなかったですね。
だから高校時代の思い出といえばやまと学校の試験に受かるための準備、体力づくりと学力テスト対策。中学校の教科書を読み直して勉強していました。まあ、結果的には鉛筆を転がしていたら試験は受かったんですけどね(笑い)。あとはエアロビや水泳のインスタラクターのバイトをしていました。
合格したのは4回目。高校2年生の時でした。養成所はめちゃくちゃ厳しかったですよ。入所する前から養成所の生活はすごく大変だということを知っていましたけど、ボートに乗ったこともない人間がたった1年でプロ選手にならなきゃいけないんですから、そりゃあ厳しくなるのは当たり前ですよね。逆に言えば1年でプロ選手になれるということなんですよ。こんな競技、なかなかないですよ。
つらくて辞めたいということはなかったですね。これを乗り越えればボートレーサーになれるという気持ちの方が強かったです。養成所に入って初めてボートに乗った時も衝撃でしたね。こんな気持ちいい乗り物があるのか、と…。まだ高校生ですから自分で操縦できる乗り物といえば自転車だけ。ボートに乗った時のスピード感…。もう自転車なんかに乗れない、と思いました。
養成所を卒業してボートレーサーになって初勝利、初優勝…。そしてA1になってGⅠやSGに乗れるようになってグランプリにも出場できるようになりました。もちろん今でもボートレースは楽しいし、大好きですよ。SGやグランプリに出るようになって、ちょっとでも隙を見せたらやられる緊張感たっぷりのヒリヒリするようなレースをできるのがすごく楽しいし、どんどんボートレースが好きになっていきます。強くなるためにはボートレースがどれだけ好きか、情熱を注ぎ込めるか、という部分もすごく大きいと思います。
だから、ボートレースが好きな人は大歓迎です。ぜひチャレンジしてください。一緒にボートレース界を盛り上げましょう! そして、年間賞金3億円を目指しましょう!