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【吉田秀彦連載#27】石井慧との新旧金メダリスト対決は40歳「クソジジイ」意地で勝てた

東スポWEB 2025年1月23日 16時12分

【波瀾万丈 吉田秀彦物語(27)】新たなリングとなった「戦極」の旗揚げ戦でジョシュ・バーネットに一本負け。戦極では2008年6月にキックボクサーのモーリス・スミスに一本勝ちして、09年1月4日にさいたまスーパーアリーナで、菊田早苗と戦います。

当時は戦極のリングをどうしていくかで頭がいっぱいで試合内容はよく覚えていないんです。ただ同じ柔道出身の菊田との試合は記憶に残っています。この試合は5分3ラウンド(R)を戦って判定1―2で敗戦。勝ちたかったですが、正直、練習不足でした。当時39歳。体形も変わり、昔のように練習を積めていない状況でした。若い時に比べたら体力もなく息が上がって、しんどかった。1Rから相手の得意な寝技に引き込まれて3R目はエンジンが止まってスタミナ切れ。結果はその差でしたね。

今思えば、菊田は「やらなくてもいい相手」でした。ただ海外の選手はUFCと契約していることが多く、なかなか日本に呼べない。戦極を盛り上げていくためには今後のストーリーや、ヒーローもつくっていかないといけない。まずは戦極を認知してもらうためにも「寝技世界一」と言われた菊田との試合は必要なカードでした。

そして次の試合は09年大みそかに北京五輪柔道100キロ超級金メダルの石井慧と対戦することになりました。“新旧金メダリスト対決”の当初の舞台は戦極でしたが、戦極の大みそか大会がなくなり「Dynamite!!」で行われることになります。

どうしてそうなったのか。詳しい事情はわかりませんが、決まった試合を断るわけにはいかない。まして、この試合は石井のデビュー戦でしたから。40歳の自分に対して石井は23歳。当時は練習を積めていたわけではなかったので、まあしんどい試合になりました。

石井戦が決まった時「負けん気が強くて、ケンカみたいにガンガン来られたらたぶんダメだろうな」という気持ちがありました。一方で「石井はおとなしい性格。一発当ててビビらすしかない」と考え、勝負に出て思い切り右フックを振り切りました。「当たんないだろ」と出した一発がバーンと命中したんです。

これで作戦通り、石井は前に出てこられなくなった。あとは打ちまくりましたが、だんだんバテてくる。2Rには石井の蹴りが急所に当たり、ファウルカップが割れて試合は中断。ダメージ回復のため、インターバルが取られたんですが…3分休んだつもりが、6分も休んでいました(笑い)。

でも、これが大きかった。体力を持たすことができて3Rを戦い抜けました。もし休めていなかったら負けていたでしょう。「クソジジイ」の意地(笑い)。「よく勝ったなあ」と思いますよ。

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