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【ソフトバンク】左ヒジ手術の54歳打撃投手 執刀医が驚愕した「9つの骨片」は勲章

東スポWEB 2025年1月30日 7時13分

【取材の裏側 現場ノート】ソフトバンクで長く打撃投手を務める浜涯泰司さん(54)は左ヒジの手術を経て、この春33回目のプロ野球キャンプを迎える。1992年ドラフト3位でダイエー(現ソフトバンク)に入団。99年に現役を退き、翌年から打撃投手に転身して今に至る。

1年契約の「裏方」はシビアな仕事だ。技量不足、イップスなどが理由で現場を去る仲間は絶えなかった。オンリーワンの存在ゆえに、グラウンドに立ち続けてきた。13年と17年のWBCに2大会連続で参加。代表監督時代に帯同を求めた小久保監督は「コントロールの良さはもちろんだけど、腕の振りと球が一緒の投手ってなかなかいない。僕は天才だと思っている」と評す。天職を得て、球界内でも一目置かれる打撃投手となった。

昨年4月、左ヒジに激痛が走った。チームにとっては激震。じん帯損傷など重傷を負ってもマウンドに立ち続けてきた男の姿が、マウンドから消えた。「痛めた翌日に投げたらギータ(柳田)とコンちゃん(近藤)から『どうしたんすか?』『どっか痛いんすか』って、すぐ言われてね。これは迷惑がかかると思って(痛みを抑える)注射を打って様子を見るために2日間だけ球拾いをさせてもらった」。関節内に遊離した骨片などを取り除くクリーニング手術をすぐに受けるべきだったが、痛みをおしてシーズン終了まで職場を離れなかった。

今年10月で55歳。「投げられるまで投げたいけど、契約がなければできない。年齢が年齢だから、当然いつまでできるんだって議論はあったと思う。手術を認めてくれた球団に本当に感謝している」。人生で初めて体にメスを入れたのは昨年11月6日。「日本シリーズが仮に第7戦までもつれ込んだとしても、最短で受けられるように」。術後、数々のプロ野球選手を担当してきた執刀医はこう告げたという。「浜涯さん、最多記録更新です」。目の前に差し出された9つの骨片は、勲章だった。除去された遊離軟骨の数としては異例の多さ。「最初は3つ、4つくらいと言われてたんだけど、半年くらい投げ続けたことで小さく砕けていったんだろうね」。痛みへの異常な強さも、長いキャリアのゆえんだった。

替えの利かない存在ゆえに、仲間が気にかけてくれた。毎オフ、柳田の自主トレに同行。球界を代表するスラッガーにとっては相棒だ。「投げ始めたのは12月末っすね」。すぐ隣に座り、本人よりも先にリハビリの進捗(しんちょく)具合をすらすらと説明する柳田がほほ笑ましかった。

この1月も柳田が練習する大分・佐伯市の球場で、大粒の汗をかきながらランニングを繰り返す浜涯さんの姿があった。いつしか「60歳現役」が目標となった。本人の「もっと投げたい」という熱い気持ちと、周囲の「投げ続けてもらいたい」という温かい思いが伝わってくる。必要とされる喜びをかみ締め、33回目の球春を迎える。

(ソフトバンク担当・福田孝洋)

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