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なぜ「交通系ICカードやめます」相次ぐ? “代替手段あるから”だけじゃない 苦しい事情はJRも同じ?

乗りものニュース 2024年7月29日 9時42分

交通系ICカードが登場して約四半世紀。全国相互利用サービスが開始してからは約10年が経過しました。しかしここへ来て、地方の事業者を中心に撤退が加速しそうです。クレカタッチやQRコード決済が台頭する中、ICカードは岐路に立たされています。

脱・全国交通系ICカード 熊本から

 鉄道の乗車券制度が急速に変化することになりそうです。JR東日本と東武鉄道を含む関東私鉄7社は2024年5月29日、磁気式の「普通乗車券(近距離券)」を2026年度末以降、QRコード乗車券に置き換えると発表しました。

 紙にQRコードが印刷された乗車券自体はすでに、沖縄都市モノレール(ゆいレール)が2014(平成26)年に、北九州高速鉄道(北九州モノレール)が2015(平成27)年に導入していますが、舞浜リゾートライン(ディズニーリゾートライン)も2025年夏以降、QRコード乗車券を導入し、2026年度末までにすべての磁気乗車券を置き換える計画です。

 一方、紙の乗車券に代わって全国で普及が進んだ交通系ICカードも、大きな転機を迎えつつあります。

 熊本電気鉄道など熊本県内の鉄道・バス事業者5社は5月31日、全国交通系ICカードの対応を2024年12月に終了し、地域ICカード「くまモンのIC CARD」と、2025年3月に導入予定のクレジットカードのタッチ決済のみにすると発表しました。

 熊本市内交通の中心的役割を担っている熊本市電は、先行して2023年4月にタッチ決済を導入、さらに全国交通系ICカードへの対応を2026年4月に終了する方針を発表しており、5社はこれに追随する形です。

 SuicaやPASMOなど全国交通系ICカード10種類の全国相互利用サービスは2013(平成25)年3月に始まりました。地域交通系ICカードは、いずれかの全国交通系ICカードシステムを介して「ICカード相互利用センター」に接続されており、10カードは地域交通で利用できますが、逆はできない「片利用」の関係にあります。

 くまモンのIC CARDは2015年4月に誕生し、2016(平成28)年3月にJR九州のSUGOCAと接続して10カードとの片利用を開始しました。今回の決定は、SUGOCAとの接続を解除し、独立した地域交通系ICカードに戻ることを意味しています。

とてつもない額の更新費用

 その理由は10カードの利用が少なかったからではありません。5社の2023年度利用状況は全国交通系ICカードが24%、くまモンのIC CARDが51%、現金などが25%であり、10カードは全体の4分の1を占める重要な決済手段でした。ちなみに市電は約半数を占めています。

 プレスリリースは決定の経緯として、インバウンドの増加などニーズの多様化に応えるためとしつつ、「費用についても既存の機器をそのまま更新することに比べ、約半分のコストで更新が可能であることから、経営の効率化を実現できると考えております」と付け加えています。しかし、多様化だけであればサービスを追加すれば済む話ですから、後半こそが本音です。

 当時の報道によれば、5社が2016年に全国交通系ICカードへの対応に要した費用は8億円でした。更新費用は同額ではないにせよ、熊本電鉄の2023年度の純利益は4700万円ですから途方もない金額です。熊本市は2024年度予算案にタッチ決済導入の助成金約1億1200万円を計上して事業者を支援していますが、10カード対応は予算上の制約から難しかったのかもしれません。

 こうした問題は熊本にとどまりません。広島市内で路面電車やバスを運行する広島電鉄は2021年、全国交通系ICカードで利用可能な地域交通系ICカード「PASPY」からの脱退を表明し、地域交通事業者に衝撃が走りました。PASPYのシステム更新は7~8年ごとに約50億円かかり、参加32社が利用比率に応じて費用負担していますが、利用の多い広電が半分程度を負担しています。

 PASPYは広電抜きでは成り立たないため、2024年度末のサービス終了が決定。PASPYはICOCAに接続されていましたが、こちらは接続どころかシステムそのものを廃止するに至ったのです。

 代替サービスとして広電グループは独自の決済システム「MOBIRY DAYS」、広島高速交通(アストラムライン)や広島バスはICOCAを導入しています。また広電は10カードへの対応策として、SF乗車のみ対応(定期券機能を持たない)する簡易式ICOCAを導入予定です。

ICカードは先細りか

 現行の交通系ICカードはICカード本体に記録したデータを、複数のサーバーを介して同期していくシステムです。そのためICカードの読み取り・書き込みが可能な改札機・車内端末、利用情報を管理する営業所サーバー、IDを管理する基幹サーバー、これらを接続する通信ネットワークから構成されます。

 10カードの片利用には、10カードシステムとの接続サーバーと、接続するためのソフトウェア開発が必要で、さらに10カード側にシステム利用料を支払わなければなりません。導入後も定期的に必要なシステム維持更新費用は、特に中小会社にとって大きな負担となります。

 これに対してクレジットカード決済は、ICチップのIDを読み取り、決済データはサーバーで管理するため、システムの構成ははるかにシンプルです。クレジットカード決済なので加盟店手数料はかかりますが、地方の中小バス事業者で導入が相次いでいることからもコスト面の優位性は明らかでしょう。

 では交通系ICカードは先細りになるのでしょうか。結論から言えば、およそ25年前の技術で作られた現行システムは遠からず姿を消していきます。JR東日本が導入を進めるセンターサーバー式の新型SuicaやQR乗車券はタッチ決済と同様、IDを読み取ってサーバー上で処理する仕組みであり、すべての乗車券システムはこの方式に収斂していくのでしょう。

 問題は、地方の中小事業者がそこまで耐えられるかです。JR東日本ですら導入途上であり、他社への展開はまだ先の話。設備更新のタイミングとの兼ね合いもあり、今後も地域交通系カードの存続、全国交通系ICカードの片利用を断念するケースはほかにも出て来そうです。

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