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「鉄道の街」もはや鉄道が脇役に!? どんどん埋められる高輪&品川 激変中の“今だけの光景”

乗りものニュース 2024年8月17日 7時12分

品川駅と高輪地区の再開発は日々変化しています。2022年、鉄道の海上築堤「高輪築堤」の発掘調査が終了すると、堰を切ったかのように翌年は、一帯の様子が劇的に変化していきました。

プロジェクト「TAKANAWA GATEWAY CITY」始動

 日本初の鉄道が通った品川駅は、田町車両センターの跡地を活用して、大規模開発「品川開発プロジェクト」が進行しています。JR山手線と京浜東北線が東側へ移動したのち、2020年3月には高輪ゲートウェイ駅が開業。いよいよ山手線の跡地を更地にして、再開発事業が本格的に始動すると、地中から日本初の鉄道の痕跡「高輪築堤」が出土し、鉄道史に残る大きな出来事となりました。

 高輪築堤の出土によって、開発地域のビルは設計変更され、一部の築堤は現地保存となりました。2022年夏に高輪築堤の記録保存が終了すると、1~4街区まで分割されたエリアで建設が開始され、プロジェクトは「TAKANAWA GATEWAY CITY」と命名。今回は2022年後半から23年にかけて記録した写真を振り返ります。

 高輪ゲートウェイ駅には、TAKANAWA GATEWAY CITY4街区の複合棟I「North」と「South」が直結します。現地保存される高輪築堤は、North棟隣の3街区、複合棟IIの広場に整備され、まだ検討段階ですが、バラストやレール、橋梁の再現も計画されており、公開は2027年度を予定しています。

品川駅も激変 “京急の顔”は消滅

 品川~田町間の再開発は高輪地区だけではありません。品川駅も大規模に生まれ変わります。2022年の段階では、北コンコースよりさらに北側へ人工基盤を延長し、駅ビルと新しい改札口、北口広場を設けました。駅ナカ施設の拡充も図られています。

 さらに品川駅西口も激変します。西口(高輪口)にあったホテルパシフィック東京は、京急が1971(昭和46)年にオープンさせ、2021年の閉館まで品川西口の顔でした。ホテルは解体作業に入り、西口開発地区に複合施設を建設予定です。京急品川駅は高架構造を地平ホーム化し、2階部分はJR品川駅から人工基盤を延長させ、第一京浜(国道15号)を跨ぎ、複合施設に直結させます。

 また地平ホーム化する京急は、品川駅南側に架かる八ツ山橋と踏切を廃止して、北品川駅を含む新馬場駅の手前までを高架化します。品川駅の地平ホームから一気に高架へと駆け上がる構造となるのです。2022年の段階では新たな線路スペースの敷地を整備していました。

 品川~田町間は、広大な都心の鉄道敷地を整理することで大きな街が誕生します。いわば、鉄道があったからこそ、ここまでの大規模開発が行われることになりました。

 工事が進行すると、だんだんと鉄道が地上から見えなくなり、脇役になってきているように感じてちょっと寂しさもあります。きっと、それがこれからの都市の鉄道と街の姿なのでしょう。

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