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自衛隊でも激レア技能! LCACシミュレーターを体験 フネというより回転翼機?

乗りものニュース 2024年8月16日 9時42分

令和6年能登半島地震の際に活躍した海自のLCAC。操縦はクセ強で、慣れるには約半年の訓練が必要とされますが、このたびそのシミュレーターを体験する機会がありました。感覚は、回転翼機で海面ギリギリを飛行するようなものでした。

日本唯一のLCAC操縦シミュレーター

 海上自衛隊のLCAC(エアクッション艇)は、島嶼部が多い島国である日本にとって重要な装備のひとつで、2024年1月に発生した能登半島地震での活躍はよく知られています。
 
 戦車のような重量物を搭載し、かつ高速航行からそのまま上陸できるという水陸両用性が最大の特徴ですが、その取り扱いや操縦法は非常に独特で「クセ強」なフネです。そのため、要員は専門の教育を受ける必要があり、広島県にある海上自衛隊の呉造修補給所工作部エアクッション艇整備科の敷地内には、LCACの整備施設とともに、教育訓練用の専用施設が設けられています。

 建物を管理するのは呉水陸両用戦・機雷戦戦術支援分遣隊のエアクッション艇教育科。中には日本唯一のLCAC操縦シミュレーター「Full Mission Trainer」(略称FMT)がありました。

 LCACの乗員はクラフトマスター(艇長、操縦士)、エンジニア(機関士)、ナビゲーター(航法士)、ロードマスター(見張り、荷役)、デッキエンジニア(エンジニア補佐)の通常5名で構成されており、教育科ではクラフトマスター、エンジニア、ナビゲーターの養成および錬成支援が行われています。ロードマスターとデッキエンジニアの訓練は実戦部隊である第1輸送隊でOJTを通じて行われます。

 FMTは油圧シリンダーを使用して艇の挙動を再現しており、その外見は航空機用のフライトシミュレーターに似ています。操縦席は飛行機とは異なり3席が横並びで配置され、右からクラフトマスター、エンジニア、ナビゲーター席となっています。操縦桿は右席のクラフトマスターのみが操作します。

 シミュレーションでは天候、時間、海上および地上の状況、緊急事態などの多様なシナリオ設定が可能です。窓からは外の景色が見え、浮上用リフトファンを起動すると艇が浮き上がるのが感じられ、外には水しぶきが巻き上がります。視界が悪化する状況もリアルに再現されます。

とても船の感覚ではない

 LCACの操縦は、船とも飛行機とも異なる独特なものです。操縦桿を左右に操作すると、艇の前方にあるバウスラスターが動き、艇尾を基点に艇首の向きが変わります。一方、フットペタルを操作すると推進プロペラのラダーが動き、艇首を基点に艇尾の向きが変わります。また、左のスロットルを使って左右の推進プロペラの回転数を調整することで、前進や後進、方向転換が可能となります。

 これら3つの軸を使って艇を制御するため、普通の船では難しい横滑りやドリフト、その場で旋回するといった動きも可能です。空気の層に乗って海上や地上表面を滑る感覚は独特で、抗力がほとんどないため波や地形の変化も感じず、船の操縦感覚とはまるで異なります。どちらかといえば、回転翼機で海面ぎりぎりを超低空飛行している感じです。

 LCACは通常、輸送艦に搭載されて運用されますが、輸送艦への出入りは難易度が高く、水しぶきが視界を悪化させるなかで、手足を巧みに動かして3つの操縦軸を制御しなければならず、要員には高い操縦技術が求められます。なお、要求されるスキルは違うものの、艦上機を着艦させる技術に通じるものがあるかもしれません。

 筆者(月刊PANZER編集部)は2024年7月、実際にFMTを体験しました。操縦席に座ると、外の風景には呉ではなく遠くに富士山が映し出されていましたが、これはLCACの上陸訓練でたびたび用いられている、静岡県沼津市今沢海岸の沼津海浜訓練場を想定した表示とのことでした。

 では右手で操縦桿、左手でスロットルを掴み、足をフットペタルの位置に置きます。

運用なぜアメリカ海軍と共通に?

 まずリフトファンを起動して艇を浮上させます。水しぶきが巻き上がりワイパーがせわしく動きますが、晴天の昼間という設定のためか視界は意外と良好です。しかし操縦席からの視界と体感だけでは、自身の操作と艇の挙動の関係が全く把握できません。操縦桿とフットペタルを上手く調整しないと、目標に向かって艇がなかなか正対してくれないのです。

 進路変更は荒い操作をするとすぐに旋回し過ぎます。ただ、ここで慌てて当て舵すると艇は蛇行やドリフトをしてしまいます。そのような挙動を起こさないためにも、FMTで独特な操縦法を習得し、高い運用能力を確得する必要があるといえるでしょう。

 なお、LCACの操縦は自衛隊全体の中でもかなりレアな技能で、一通り操縦できるようになるまでには約半年を要するそうです。

 LCACの任務のひとつは水陸両用作戦を支援することです。陸上自衛隊の水陸機動団がアメリカ海兵隊との共同運用を強く意識しているのと同様に、LCACもアメリカとの共通運用が意識されています。乗員の呼称や配置、用語にとどまらず、服装もツナギに航空機用ヘルメットを着用するなど、アメリカ海軍と共通化されています。

 保全事項もアメリカと同じレベルになっています。LCAC自体がアメリカ海軍のものと同一であるため、アメリカ海軍のLCACを海自のおおすみ型輸送艦に収容できるのとともに、海自のLCACをアメリカ海軍のドック型輸送艦に搭載することも可能です。このようなシミュレーターまで備えた教育施設を揃えているのは、LCACが災害時頼りになるというだけでなく、日米の安全保障協力関係を維持する重要なアセットであることを示していると感じました。

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