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「寿命半分」なのに30年! 賛否分かれたJR東日本の“歴史的名車” その目論見を振り返る

乗りものニュース 2024年9月13日 7時12分

国鉄分割民営化後の“新生”JR東日本が画期的な次世代車両として製造した209系電車。「寿命半分、重量半分、価格半分」というコンセプトで登場しましたが、今も運用が続いています。当初の目論見はうまくいったのでしょうか。

賛否あれど革新的だった209系

※本記事は『JR東日本 脱・鉄道の成長戦略』(枝久保達也著、河出書房新社)の内容を再編集したものです。

 国鉄民営化を象徴する車両のひとつがJR東日本の209系電車です。現代の通勤形車両の基礎を作り上げた歴史的名車ですが、一方で「寿命半分、重量半分、価格半分」という意欲的なコンセプトには賛否があります。
 
 鉄道車両の一般的な寿命は、在来線であれば概ね30年から40年、中には50年近く走る場合もありますが、209系が登場してから30年近くが経過した今、目論み通りだったといえるのでしょうか。

 あまりに大胆な「半分」というコンセプトを決定したのは当時、副社長だった山之内秀一郎氏です。山之内氏は2008年の著書『JRはなぜ変われたか』(毎日新聞社)で次のように述べています。

「技術とデザインの変化の激しい時代に、いくらなんでも30年近く使うというのは、どう考えてみてもおかしい。そこで、鉄道車両の寿命を半分にできないかと考えた。だがそれでは経理部門から一蹴されることは目に見えている。それならと今度は車両の価格も半分にできないかと考えた。そうすればかかる総経費は同じで、修繕費が低下するだけ経費の削減になる」

 山之内氏は自動車のモデルチェンジを引き合いに出し、鉄道車両の代わり映えのなさを指摘します。209系を語るとき、寿命半分は価格半分を実現するための要件と説明されることがありますが、山之内氏の本心としては寿命半分こそが出発点だったのです。

 国鉄時代の車両製造は、国鉄が作成した基本設計に沿って、各メーカーが同じものを造っており、高コスト体質の要因となっていました。これに対して209系ではJR東日本がグランドデザインを設定し、大手車両メーカー5社で開発コンペを行い、コスト削減のアイデアを募りました。結果的に川崎重工業と東急車輛製造の2社が受注しましたが、製造方法はあえて統一せず、各社に任せることでコスト削減を図りました。

 とはいえ、さすがに新造費用だけで価格半分は困難でした。そこで新造費用にオペレーション費用、保守費、廃車費用など車両の一生のうちにかかる費用を加えた「ライフサイクルコスト」をミニマム化し、実質的な費用を半分にすることにしました。

寿命半分・重量半分は実現したのか?

 鉄道車両の寿命は通常25~30年ですが、6年(当時)ごとに機器や内装をすべて取り外して行われる「全般検査」や主要機器の更新など、かなりの人手と費用をかけてメンテナンスやリニューアルを行っています。

 そこで「13年間、走行200万kmまでオーバーホール不要」を基本仕様とすることで、メンテナンス費用を削減しようと考えたのです。実際には法令上の制約があるためメンテナンスフリーは不可能ですが、この考え方は後に検査周期の柔軟化を取り入れた省令改正につながりました。

 なお「13年」とは機械としての寿命ではなく、税制上の減価償却期間をふまえた数字であり、13年で廃車しても会計上の問題がないことを意味しています。13年が経過した後、リニューアルして継続使用するのか、新型車両に置き換えるのか、技術革新や旅客ニーズの変化をふまえた経営判断が可能になります。

「重量半分」もコスト削減に直結します。従来の車両設計では強度上の余裕を大きくとり、必要以上に頑丈に、重くなっていたため、強度基準の範囲で「贅肉」を削そぎ落としました。

 鋼製車体より軽いステンレス車体に、シンプルで軽量なボルスタレス台車という構成は、国鉄末期に開発された205系電車と同様ですが、ステンレス板を従来の1.5mmから0.3mm薄く、台車も構造も変更して、さらに軽量化しました。

 ただ、あまりにコストダウンを追究した結果、一部の車両では経年により外板や内装の劣化が目立ち、安普請との批判を招いたことが、209系の評価が分かれる要因でもあります。

 また、モーターの制御方式にVVVFインバータ制御を採用することで、動力車を1編成10両あたり6両から4両に削減。モーターの付いた重い車両が減るため、編成全体での軽量化に成功しました。国鉄を代表する通勤電車である103系を基準に編成重量を比較すると、205系は19%減でしたが、209系は34%減まで軽量化しました。

 車両の軽量化は動力コストの低減のみならず、車体重量が大きく影響する線路の保守費用削減にも効果があります。車体本体の製造費用では205系から30%減でしたが、動力車削減による消費電力の削減、保守費用のコスト削減を加味して、ライフサイクルコストは40%減となりました。

209系から始まった通勤電車「スタンダード」の数々

 この他にも209系が採用した「ドア上のLED式案内装置」「1人分の座面がへこんだバケット型のシートを採用したロングシート」「2人・3人・2人で分けるスタンションポール」などは、通勤電車のスタンダードとなりました。

 JR東日本の挑戦は革新的車両の開発にとどまらず、自ら車両製造に乗り出します。民営化当初、同社の保有する電車は新幹線を含めて約1万1000両でしたが、うち約6500両が更新対象でした。また209系のコンセプト「寿命半分」を考慮すれば、車両更新のサイクルはこれまでより短くなるので、長期的に安定した需要が見込まれます。

 1991年に車両製造参入が決定すると、拠点に選ばれたのが新潟県の新津工場でした。鉄道事業者の参入に警戒感を示す大手メーカーも少なくありませんでしたが、ステンレス車両の先駆者である東急車輛、プラントエンジニアリングに実績を持つ三井造船の協力を得て、構想は具体化していきます。

 それまでの鉄道車両製造はハンドメイドの少量生産でしたが、新津工場では自動車生産を参考に、プレス工法の採用や溶接ロボットの導入、内装のユニット化や、機器や配線、配管の取り付け工程の効率化など大量生産を前提に設備を整えました。

 こうして1993年から1998年にかけて京浜東北線に投入された209系は、おおむね13年が経過した2007年から2010年にかけてE233系に置き換えられました。一部の車両は2009年から2013年にかけて改造の上、外房線・内房線などに転用されますが、12年が経過した2021年から新型車両E131系への置き換えが進んでいます。さらに一部の車両は伊豆急行に譲渡され、第三の「人生」を歩んでいます。

 続いて登場したE231系、E233系、E235系は209系の系譜に連なる車両であり、その多くが新津製作所(現・総合車両製作所新津事業所)で生産されています。経営環境や運用思想の変化から車両の寿命は延びつつあるものの、車両設計、車両製造、運用、メンテナンスまでJR東日本の車両運用の全てを一新した209系が、目論見通りの歴史的名車であることは間違いないでしょう。

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