対中国を念頭にアメリカ軍が求めている輸送機が、C-130のサイズで垂直離着陸できる機体です。1社がそのコンセプトイメージを公表しましたが、技術的課題のほかに、その社が必ずしも実用を意図していないベンチャー気質である点も見逃せません。
「デカいオスプレイ」とは違う?
C-130はアメリカのロッキード社が製造している中型の戦術輸送機で、未舗装路や短い滑走路でも離着陸できることが特徴のひとつです。現在、これをさらに進化させた、滑走路が必要ない輸送機の研究が行われています。C-130サイズの短距離/垂直離着陸(VSTOL)輸送機です。
研究には、アメリカ軍が中国を睨んで主要作戦地域と見なしている、インド太平洋地域独特の輸送機ニーズが関係しています。
アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)とアメリカ特殊作戦コマンド(SOCOM)は、滑走路の必要が無い機体を開発する「速度・滑走路非依存技術」(SPRINT)というプロジェクトのなかで、輸送機の研究を進めています。2024年5月現在、オーロラ・フライト・サイエンシズ社とベル・テクストロンInc.の2社が、機体の設計とシステム技術の熟成を図るフェーズ1B契約を獲得しています。
滑走路が必要ない輸送機といえばティルトローター機C-22オスプレイがありますが、SPRINT輸送機では、さらに大きくて航続距離が長く、かつ高速で、ステルス性に優れた機体を求めています。
オーロラ社が発表したSPRINT輸送機のコンセプトイメージは、ステルス性を考慮した無尾翼機のような形状で、大きなリフトファン4基を備えているのが特徴です。ただ、このイメージでは輸送機には見えませんし、スケール感も分かりにくいですが、翼幅は130フィート(39.6m)で、12.2mのペイロードベイを備えた有人輸送機を想定しているとのこと。これはC-130と同等のサイズです。
空軍や海兵隊も欲しがる機体 どんな運用を?
アメリカ空軍特殊作戦コマンド(AFSOC)司令官のマイケル・コネリー中将は「長い滑走路が無い場所へアクセス可能、高速、長い航続距離、目立たない、という能力は、どの戦闘指揮官にとっても魅力的だと思います」と述べているように、C-130サイズのSPRINT輸送機にはSOCOM以外にも、アメリカ空軍や海兵隊も関心を示しています。
アメリカ軍はインド太平洋地域で、中国のような潜在的敵国との戦闘では分散作戦を想定しています。既存の大規模基地は中国の長距離兵器に対する脆弱性が指摘されており、インフラが限られている遠隔地の前線基地を含む多数の作戦場所に、戦力を広く分散させることが必要とされているのです。
海兵隊は「フォースデザイン2030」のなかで、中国に対抗するため戦車などの重装備を削減して機動力を重視し、長距離精密兵器を小規模に分散させる方針を取っています。これらの戦力展開にSPRINTが適していると見なしています。
しかしコンセプトイメージのようなSPRINT輸送機の実現性はどの程度あるのでしょうか。
このようなVSTOL機のアイデアは飛行機の黎明期から様々ありますが、成功して実用化された機体は少数です。VSTOL機はエンジンの動力のみで機体を浮揚させるパワード・リフトが必要で、機体は軽量に、エンジンは強力であることが求められますが、輸送機は荷物を載せて必然的に重くなりますので、より技術的ハードルは高くなります。
提案企業からして「理想」で終わる可能性も
オーロラ社のコンセプトイメージでは、リフトファンを組み込むファン・イン・ウィング(FIW)方式となっています。ただしリフトファン方式は、F-35B戦闘機で実用化に成功しています。
オーロラ社によれば、中央胴体の左右両側に1基ずつ、機首に1基の計3基のリフトファンを備えた翼幅1.4mのモデルで試験を行い、技術的問題を検証したといいます。この検証結果をふまえて翼幅45フィート(13.7m)、積載量1000ポンド(453kg)、最高速度800km/h以上の無人デモ機を設計しました。
飛行には小型で軽量かつ強力なエンジンが必要になりますが、新規開発は行わず、既存のターボファンエンジンとターボシャフトエンジンを用い、開発期間短縮とリスクを抑えるといいます。なお、どんなエンジンを使うのかは不明です。
デモ機の初飛行は2027年を目指していますが、実用化の目途が立つかは分かりません。前出のコネリー中将も9月の空軍協会で、「SPRINTのデモ機のサイズは乗用車からC-130クラスまで提示されているが、空軍は輸送機といえば大量輸送をイメージしており、開発進捗に注視している」と述べています。
オーロラ社は、ボーイングがチャレンジングな研究を担わせるために設立した子会社であり、オーロラ社が主契約者になっていること自体が必ずしもSPRINT輸送機の実用化を目指しているわけではないことを示唆しています。しかし、中国を意識するアメリカ軍のニーズは切実です。