非電化路線としては日本一短い、和歌山県御坊市を走る全長2.7kmの紀州鉄道。終点まで乗っても運賃は180円と格安です。どのような利用のされ方をしているのでしょうか。
会社の看板として存続
ケーブルカーなどを除き「日本一短い鉄道」は、千葉県の東成田~芝山千代田間2.2kmを結ぶ芝山鉄道ですが、「非電化路線で」という条件を加えると、和歌山県の御坊~西御坊間2.7kmを結ぶ紀州鉄道となります。
紀州鉄道の歴史は古く、1931(昭和6)年に御坊臨港鉄道として御坊~御坊町(現・紀伊御坊)間が開通したのが始まりです。1934(昭和9)年には日高川駅(後に廃止)まで全通しますが、このときは全長で3.4kmでした。
太平洋戦争や紀州大水害の被害を乗り越え、1960年代には年間100万人の利用者がいましたが、そこをピークに乗客が減少。1973(昭和48)年に東京の不動産業者に買収され、紀州鉄道となりました。そして1989(平成元)年に末端区間の西御坊~日高川間が廃止され、現在に至ります。
輸送密度(1kmあたりの1日の平均利用客数)はコロナ禍前の2019年で205人。国土交通省がローカル線の存廃を議論する目安が1000ですから、その5分の1の利用に留まります。
紀州鉄道の中川社長は以前、「乗りものニュース」の取材に対し鉄道を存続させている理由について、「紀州鉄道という社名は、鉄道事業以外の全てに浸透したブランドとなっており、沿線の人々に愛され、応援されています。鉄道の赤字は数千万円ですが、会社の看板・広告費用と考えています」としており、廃止の話は現在のところありません。
筆者(安藤昌季:乗りものライター)は平日、御坊駅12時17分発の列車に乗車しました。停車していたのはKR205形。元・信楽高原鐵道SKR200形で、2017(平成29)年に導入されました。車体は輸送力が小さい路線向けに製造された富士重工業の「LE-DC」。車内は冷房効果を高めるためかカーテンが閉められており、オールロングシートでした。
誰も乗っていないので写真を撮っていると、運転士から声をかけられ、路線の見どころや紀伊御坊駅で硬券の入場券を販売していること、折り返し時間が長いため、全区間乗車するなら西御坊駅から紀伊御坊駅まで歩いた方がよいことも教えてもらいました。
紀州鉄道の中心は紀伊御坊駅
結局、誰も来ないまま列車は出発。出発してすぐ、JR紀勢本線と並走します。「この辺りには以前、腕木式信号機があったんだ」と運転士。
紀州鉄道線には起点と終点を含め5駅あり、こまめに停車と発車を繰り返します。最初の停車駅である学問駅までは1.5kmですが、1941(昭和16)年までは、途中の0.8km地点に財部(たから)駅がありました。
学門駅は1面1線の無人駅ですが、やや変わった経歴を持ちます。1931年に中学校駅として開業するも1941年に廃止。そして1979(昭和54)年、中学校駅跡地に「学門駅」が設けられたのです。
駅前には日高高等学校と附属中学校の裏門があります。なお紀伊御坊駅では、駅名が学問に通じるとして、入場券などが学業御守として販売されているそうです。駅のホームにも学門地蔵があったので、筆者も列車内から拝みました。
誰も乗車しないまま、列車は出発。草ぼうぼうの線路ですが、時折コンクート枕木が見受けられました。
わずか300m進むと、紀州鉄道の中心駅である紀伊御坊駅です。かつては交換設備もある相対式ホーム2面2線でしたが、現在は1面1線が使われていません。側線には、紀州鉄道唯一のクロスシート車で、信楽高原鐵道から2016(平成28)年に導入されたKR301形と、休車中のレールバス・キテツ1形が止められていました。キテツ1形は元・北条鉄道の車両で、日本国内で最後の営業用2軸レールバスでした。なお、有田川町鉄道公園で同型車が動態保存されています。
紀伊御坊駅でも乗車はなく、乗客は筆者だけ。沿線には人家が多く、水路も多く見られました。
復路は打って変わってにぎわう車内
600m先が市役所前駅です。御坊市役所の前にあり、開業は1967(昭和42)年と同線では新しい駅です。御坊市の中心部で周囲には文化会館、図書館、体育館などもある便利な立地ですが、ここでも乗車はなし。結局、300m先にある終点の西御坊駅まで、誰も乗ってきませんでした。
御坊駅からわずか8分で終点へ。12時25分の到着でした。この駅は1面1線で、民家のような木造駅舎が趣深いです。ホームはかなり狭く、目の前に駅舎が迫っています。昭和へタイムスリップしたような感覚を覚えました。
意に反して駅舎内は広く、仮設タイプのトイレや自販機も設置されていました。駅舎から出ると、線路が少し先まで続いていることに気付きました。以前は700m先に日高川駅があり、王子製紙、大和紡績などへの貨車も出入りしていたそうです。
駅の近くは商店街で、地域名「日高御坊」の由来にもなった本願寺日高別院があります。なお、終点の西御坊駅まで乗車しても運賃は180円であり、社長がおっしゃった「利益が出ずとも会社の看板として運行している」ことを実感しました。
運転士にアドバイスいただいた通り、紀伊御坊駅まで徒歩で戻ります。その近くで、民間企業の事務所となっている保存車両キハ603を見かけました。駅舎に入ると、有人窓口と本棚、戦艦「大和」の模型、「鉄道むすめ」の看板なども置かれており、味わい深い風景です。若い女性が1人、列車を待っていました。
13時7分、折り返しの列車が入線。先ほどのがら空きが嘘のように10人以上が乗車しており、女性と筆者ほか発車間際に1人が乗車し、車内はにぎわいます。学門駅でも中学生くらいのグループが乗車し、乗客は20人程度となりました。
運賃が極めて安いから、このような1駅利用(120円)もあるのかと感心していると、あっという間に御坊駅に到着。地域の人たちが慣れた様子で料金を支払い下車すると、すぐに周囲は静けさを取り戻していました。