アメリカ海軍では退役して久しいF-14「トムキャット」戦闘機ですが、世界で唯一、イラン空軍でのみ現役で稼働しています。どのような経緯でこうなったのでしょうか。
往年の名機が米海軍から姿消したワケ
2024年11月15日、日本の地上波で初めて『トップガン マーヴェリック』が放送されます。1986(昭和61)年に公開された大ヒット映画『トップガン』の続編であることから、スクリーン上映時は多くのファンが映画館に足を運び、前作に負けず劣らずの戦闘機アクションとラブロマンスを堪能したようです。
前作『トップガン』において、トム・クルーズ演じる主人公マーヴェリックの乗機となったのは、アメリカ海軍のグラマン社製F-14「トムキャット」艦上戦闘機でした。すでに映画公開から40年近くが経過しようとする今もなお、同機は不動の人気を誇っていますが、実は2024年現在、F-14はアメリカ海軍では運用されていません。
アメリカ海軍からF-14が姿を消したのは、2006(平成18)年のこと。同機は、試験において200km先の目標を撃墜したことさえある長射程の空対空ミサイルAIM-54「フェニックス」の搭載能力を持ち、デジタルネットワークによる戦術情報の共有が可能であるなど、2024年現在の水準においても通用しそうなほど、極めて高い性能を有する「艦隊防空戦闘機」でした。
しかし、1991(平成3)年のソ連崩壊による冷戦の終結後は、とびぬけて強すぎるアメリカ海軍とF-14の敵となる存在が消えてしまったため、その活躍の場がなくなり、逆に運用コストの高さが敬遠されて、退役を余儀なくされました。
しかし、アメリカ海軍から姿を消してしまったF-14がいまだに飛び続けている国があります。それは中東の大国、イランです。
中東イランになぜ現役のF-14があるのか
同国はF-14唯一の輸出先で、彼の地では空母艦載機としてではなく陸上の飛行場から発着する空軍機として現役です。ただ、アメリカはイランを「悪の枢軸」と呼んで敵対視する極めて険悪な関係であったはず。そのような国がなぜF-14を持っているのかというと、いまから50年ほど前、「イラン帝国」と呼ばれていたころは親米的な政策を堅持していたからにほかなりません。
1970年代、イラン空軍の次期主力戦闘機の主要候補に挙がっていたのはF-14「トムキャット」とF-15「イーグル」でした。そのようななか、帝国の支配者であったシャーハンシャー(「諸王の王」、すなわち「皇帝」を意味する称号)、モハンマド・レザー・パフラヴィー、いわゆるパーレビ国王は自ら渡米し両機を調査、最終的にはレーダーやミサイルの性能に優れたF-14を勝者として、採用を決めます。
なお、モハンマド・レザー・パフラヴィー帝は大変な戦闘機マニアで知られており「F-14は彼の好みだったので勝者となった」という面白い俗説もあります。
こうして輸出が決まったF-14でしたが、イランに79機が引き渡された1979(昭和54)年にイラン革命が発生、モハンマド・レザー・パフラヴィー帝とその家族はアメリカへ事実上の亡命を余儀なくされたのです。
帝政が崩壊したことで、新たにイラン共和国が成立しますが、前出の皇帝一家の亡命に端を発する「在イランアメリカ大使館人質事件」が発生したことで、イランとアメリカの関係は決定的に悪化。その結果、F-14はアメリカからの技術的なサポートが一切受けられなくなり、部品の供給がストップすることになりました。
困ったイランはF-14を持て余したものの、のちに部品やミサイルの独自国産化や技術開発を進め、また独自に改良するなどして何とかモノにすることに成功。その結果、2024年現在でも空軍で運用し続けているのです。
本家アメリカ海軍よりも戦果あり
最大の見積もりだと推定40機程度のF-14が生き残っているとされるイラン空軍のF-14戦闘機ですが、最近ではISISへ爆撃に向かうためにイラン領空を通過するロシア軍爆撃機をエスコートする姿が公開されており、その健在ぶりを強く世界に印象づけています。
なお、映画『トップガン』のクライマックスシーンにおいて、マーヴェリックは多数の敵戦闘機を撃墜する戦果をあげましたが、実際のアメリカ海軍におけるF-14の撃墜戦果は戦闘機4機とヘリコプター1機だけです。
かたやイラン空軍のF-14は、1980(昭和55)年から1988(昭和63)年まで続いた泥沼のイラン・イラク戦争において、イラク軍機を159機撃墜しているとか。100km遠方からまさにワンサイドゲームで攻撃してくるF-14は、イラク空軍を恐れさせたようです。ちなみに、この戦争ではマーヴェリックをはるかに上回る11機を撃墜したイラン人エースパイロットも誕生しています。
『トップガン』と言えばF-14であるというファンも少なくないでしょう。続編が作られるというニュースが出た際、「是非とも歴戦の勇者であるイラン空軍のF-14を主役として出演させてほしい」という声が世界から挙がったようです。事実、筆者(関 賢太郎:航空軍事評論家)もそんな願いを持っていたファンの1人でした。
そういった声を受けてなのか、『トップガン マーヴェリック』には、「イランである」とは直接明言されてはいないものの、敵国の飛行場に残されたF-14が登場し、マーヴェリックらはそれに乗って活躍するシーンが盛り込まれています。
荒唐無稽と言えばそれまでですが、軍事的なリアリティとエンターテイメント性を高い次元で融合させた、見事な演出と言えるでしょう。前作と変わらない飛びっぷりを見せる『トップガン マーヴェリック』のF-14、当該シーンは2024年現在もイラン空軍で飛び続けているからこそと言えるのかもしれません。