戦闘機パイロット映画の金字塔 『トップガン』の作品内では、機体の構造上、実際にはあり得ない状況や、軍の組織として考えられないシーンも存在します。どのような点でしょうか。
本物の米海軍にも大きな影響与えた『トップガン』
1986年に公開された映画『トップガン』は、戦闘機パイロットを題材にした映画としては過去最高の人気を博し、2024年現在もいまだファンの多い傑作です。とはいえ、あくまで『トップガン』はフィクション作品です。今回は映画と実際の現場でどのような違いはあるのか――。野暮かもしれませんが、あえて触れてみましょう。
『トップガン』の影響力の大きさは図りしれず、今では米海軍に入隊するパイロット候補生の多くが、この映画を観たことで海軍に興味を持ったと話すほどだとか。
なお『トップガン』は、現役のF-14戦闘機パイロットやレーダー迎撃士官(RIO)たちも観ていたようで、それゆえ機体の構造上実際にはあり得ない状況や、軍の組織として考えられない場面など、その内容について多くの議論が交わされています。
プロの意見ですので「ナルホド」と思うものばかりですが、これを知るとかえって映画『トップガン』の見方が変わってしまう可能性もあるかもしれません。この点はあらかじめ、お断りしておきましょう。
それでは、寄せられたプロの見解をご紹介していきます。
・登場人物の「クーガー」がミグ機と遭遇し、ミグ機に追尾されている最中に攻撃の許可を得ようとする場面があります。しかし、実戦では厳格に順守することが求められる交戦規程に基づいて作戦行動をとるため、この状況はあり得ません。
・クーガーを追尾していたミグ機の直上を、主人公のマーベリックが操縦するF-14が背面飛行するシーン。このキャノピー同士の距離は2mから1.5mという設定ですが、この距離ではF-14の垂直尾翼がミグ機の垂直尾翼にぶつかってしまうと試算されます。つまり、これほどまでに接近しているということは、両機ともに垂直尾翼を失って飛行継続が困難になっていると考えられます。
なかにはプロデューサーが「このままで…」と止めたケースも?
・ミグ機の追尾から解放されたクーガーが、恐怖のあまり操縦する自信を失ってしまうシーン。ここではなぜか、コックピットの計器盤に妻と子供の写真が貼られています。その写真の位置が対気速度計の上にあたり、対気速度計が隠れてしまっています。プロの目からすると、最重要な飛行計器の一つである対気速度計を写真で隠して飛行することは現実的ではありません。
・なんとか着艦できたクーガー機ですが、まだ着艦後の急停止に用いる「アレスティングフック」からワイヤーが外れていない状態でエンジンを停止しています。通常はエンジンを運転したままの状態でワイヤーが外され甲板上を自力で移動します。エンジンを停止してしまうと自力で甲板上を移動することができないため、牽引車が必須でしょう。燃料切れ寸前ですぐに着艦するよう命令されているマーベリック機の受け入れ準備を急ぐ必要があるなか、クーガー機が着艦直後にエンジンを切るのは不自然です。
・作品内で、戦闘機の格納庫を教室として使うことがありますが、これはプロの視点から見ると、ありえないポイントのひとつです。同映画は米海軍の監修のもと制作が行われましたが、このシーンは海軍側アドバイザーが映画プロデューサーにその旨を指摘したものの、プロデューサー側は、「この映画は海軍関係者を対象にしていない。一般観衆に楽しんでももらえばよい」と説明されたというエピソードがあります。
・訓練中の模擬空中戦と実戦で、マーベリックが、得意技の急激な引き起こしと減速を行うことで背後にいた敵機の追尾をかわし、逆に敵機の背後へと廻る手法が登場します。その時の操作は操縦桿を手前に引いてスロットルを前に倒しています。操縦桿を手前に引く動作により機体が上を向くのは間違いないのですが、スロットルは前に倒すとエンジン出力が増えるので必ずしも機体は減速しません。
この点は多くの指摘を受けたためか、2作目である『トップガンマーヴェリック』では、スロットル操作の方向が逆になりました。
・海軍飛行学校である「トップガン」の卒業式で作戦命令が配布されることはありません。実際の命令伝達は、過去には電話が、今では電話もしくはメールが用いられます。
・空中戦に勝利して空母に戻ってきたマーベリックと、同じくF-14パイロットのひとりであるアイスマンが編隊を組んで、フライバイするシーンがあります。アイスマンは敵機との空中戦で被弾しているので油圧系統に問題を抱えているはずです。つまり、操縦不能になるか操縦が非常に困難な状態で帰還したはずです。そのような状況で編隊飛行することは非現実的。ましてやブリッジに接近して低空を飛ぶなんてあり得ません。
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このように、作中のシーンは現場の状況と乖離している点が多数あり、なかには前出のように本職である海軍アドバイザーの指摘を抑えて一般観衆向けの構成となっているシーンすらあります。
しかし、こうした一般向けのシーンを織り交ぜながら作品として仕上げたことで、『トップガン』が誰しも楽しめる映画として完成したことにつながったと言えます。そのことが、世界的な傑作へと昇華させ、結果として多くの人に戦闘機パイロットや米海軍への興味をもたせたことは間違いないでしょう。