山梨県知事の公約「富士山の登山鉄道」構想が大幅な方針転換を余儀なくされました。既存の富士山の観光道路を鉄道化する構想でしたが、より柔軟な代替案で課題を打破できるでしょうか。
「観光公害」対策として始まった富士山の鉄道構想
山梨県は2024年11月18日、日本最高峰の富士山(標高3776m)の山麓と5合目を結ぶ有料道路「富士スバルライン」への登山鉄道の整備を断念すると発表しました。なぜ取りやめ、代わりにどのような交通手段を検討しているのでしょうか。
山梨県は富士スバルライン(24.1km)に軌道(線路)を敷設し、次世代型路面電車(LRT)を走らせて登山客らを運ぶことを検討してきました。
環境省によると、2024年夏の富士山登山者数は約20万4316人(集計漏れが一部あり)で、うち6割弱に当たる11万4857人が富士スバルライン5合目から登頂を目指す「吉田ルート」を利用しました。ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が2013年に富士山を世界遺産(文化遺産)に登録したことで外国人旅行者らが急増し、観光客によるオーバーツーリズム(観光公害)への対応が求められてきました。
対策として浮上したのが、来訪者にLRTを利用してもらう方法でした。富士スバルラインの一般車の通行を規制することで来訪者数をコントロールするとともに、排気ガスを出す自動車から電車へのシフトで環境負荷低減も目指しました。
登山鉄道は知事の公約
山梨県の長崎幸太郎知事は富士山登山鉄道構想を公約に掲げて2019年に初当選し、現在2期目。有識者らをメンバーとする検討会を設置し、LRTを整備する構想をまとめました。
それによると、山麓のターミナルから5合目までの富士スバルライン上の約25~28kmに軌道を敷設。バスやタクシーを含めた一般車両の富士スバルラインの通行は規制する方針でした。
長崎知事は2024年6月に日本外国特派員協会(東京)で「長期的な視点ではLRTを、5合目とふもとを結ぶだけではなく、富士山麓の主要スポットまで延伸して二次交通の基幹路線とすることもあり得るのではないか」と期待を示していました。
しかし、LRTを走らせる場合のさまざまな課題が浮上します。
10月に公表された事業化検討の中間報告では、黒字化が見込まれる1人1万円の運賃で年間300万人を超える利用者を獲得するには、年間280日営業して定員120人の電車を1日10時間、6分間隔で運行する必要があるとの試算が示されました。これは首都圏の主要鉄道路線並みの頻度で、採算性に疑問を投げかけました。
こうして鉄道構想は「詰んだ」
同じく10月に発表された技術課題の調査検討結果でも、専門家らは最急勾配が88パーミル(水平1000mで88mの高低差)という急勾配や、最小曲線の半径27.5mを含めて急曲線部(ヘアピンカーブ)が複数存在するなどの難問を突き付けました。路面電車の技術上の基準を定めた国土交通省令の軌道建設規程が、最急勾配を40パーミル、最小曲線を半径81mとしているのに比べて勾配が大きく、カーブも急なのが分かります。
調査検討結果では、1月には例年マイナス20度以下になるなど気象条件が過酷な中で、冬季の降雪や凍結に対応する必要性にも言及しました。
逆風に追い打ちを掛けたのが、反対の声です。地元の富士吉田市の堀内茂市長が線路敷設による環境破壊懸念から反対してきたほか、市民団体が11月8日に富士山登山鉄道構想の撤回を求める署名約7万筆を長崎知事に提出。長崎知事らは11月13日、構想に反対する3つの団体から意見の聞き取りを行いましたが、軌道敷設に加えて車両基地の整備や変電所の新設などの大規模工事も環境破壊につながるといった批判が寄せられました。
「電車とバスのイイトコドリ」で代替なるか?
こうした課題や反対意見を踏まえて長崎知事は11月18日、LRTの導入を断念し、代わりに富士スバルラインを含めた道路をゴムタイヤで走る新交通システムの導入を提案しました。
「富士トラム」(仮称)と名付けた車両は自動運転も視野に入り、走行中に二酸化炭素(CO2)を排出しない燃料電池で動かす計画です。長崎知事は「まさに電車とバスのいいところ取りとなる」と自信を示しました。
導入する車両は未定ですが、候補の1つが中国の鉄道車両メーカー、中国中車(CRRC)グループが開発した「ART」です。外観はLRTに使われることが多い低床式車両と似ており、車両に設けた光学式センサーが道路上の白線を読み取って走ります。
ただ、長崎知事は同じような製品を「できれば日本の企業の中で取り扱ってほしいし、できれば製造拠点が山梨県になればなお良い」と表明しました。
さらに、JR東海が東京(品川)~名古屋間で建設中のリニア中央新幹線の“山梨県駅”で新交通システムを接続させて「新駅を富士山の玄関口とすることで、リニアの停車本数の増加を目指して参りたい」との方針を示しました。
これまで“富士山5合目と麓”の範囲のみに焦点が当たっていましたが、新交通システムは「富士山5合目と甲府のリニア新駅」のルート、そこから県内各地への二次交通を構築するという広域のイメージが示されています。
富士山を駆け上がる電車の「乗り鉄」が実現しないことは残念な面もありますが、貴重な自然環境の保護のためには致し方ないかもしれません。日本最高峰にふさわしい高度な技術の代替交通手段が実用化することを期待したいところです。