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世界一の「船の墓場」を日本に作ります!? 造船所が異例の転身 国際的ブラック労働の解決だけじゃない“今っぽいビジネス”とは

乗りものニュース 2024年12月2日 8時12分

日本郵船が日本で船舶の「解体」事業に乗り出します。世界の船が集まる途上国の「船の墓場」で起こっている労働・環境問題の解決につなげるものですが、もちろん“大きなビジネス”になる目算があってのことです。

国連も問題視「船の墓場」の労働・環境問題

 日本で世界一の効率性を誇る船舶スクラップヤードが誕生するかもしれません。海運大手の日本郵船と産業廃棄物処理などを手掛けるオオノ開發(松山市)は「未来志向型グリーン船舶リサイクル」を掲げ、大型のドライドックを使用した船舶解体事業を2028年からスタートしようとしています。

 両社は2024年11月25日、東京都内の日本郵船本社で報道関係者向けに説明会を実施。日本郵船バルク・エネルギー事業統轄グループの片山潤一新規事業開発チーム長は「大型重機を駆使し、世界最高となる年間20隻の解体能力の実現を目指していく」と意気込みます。

 老朽化した船舶の多くはバングラデシュやインドといった労働コストが安い国に運ばれて解体されています。一方で労働災害や環境汚染が深刻化し、国際問題となっていました。

 これらを解決するため、2013年には欧州籍船を対象としたEU-SRR(シップリサイクルに関するEU規則)が発効。2025年6月には船舶解体における労働安全確保と安全確保を目的としたシップリサイクル条約の発効が決まっており、安全で環境に配慮したスクラップヤードが求められています。

 両社がシップリサイクル事業を行うのは、オオノ開發の知多事業所(愛知県知多市)です。かつてはIHIの愛知工場が置かれており、ドリルシップ(掘削船)やFPSO(浮体式石油生産・貯蔵設備)、LNG(液化天然ガス)船のタンクなどを手掛けていました。しかし、海洋構造物事業の採算悪化とオフショア市場の需要低迷などが影響し2018年に生産を停止しました。

 工場の閉鎖後、オオノ開發は2021年にドックを含む敷地の一部を取得し、今年9月に日本郵船と船舶リサイクルの事業化に向けた共同検討を行うことで合意しました。

 事業の鍵となるのは、解体の作業場となるドライドックです。その大きさは「長さ810m、幅92mと国内最大級。VLCC(大型原油タンカー)2隻を同時に収容することができる」と片山チーム長は説明します。

 これに加え、敷地内には係留岸壁や内航岸壁、高効率焼却発電施設、PCB(ポリ塩化ビフェニル)やアスベストといった有害物質の分析を行う環境科学研究センターが置かれる予定です。

“人海戦術”はNO! 世界最高能力の解体場へ

 解体作業について、片山チーム長は次のように説明します。

「まず係留岸壁で船内にある油や有害物質を除去し、ドライドックに入った後、ビルジ(不要な汚水)や塗料カス、解体中に発生するさまざまな廃棄物はドック内で全て適切に管理することで、海や土壌への環境汚染ゼロを目指す」

 焼却可能な産業廃棄物は、敷地内の施設で燃やすほか、焼却できない産業廃棄物はオオノ開發が管理する埋立地で処理するといいます。「これにより、我々2社で船舶解体から産業廃棄物処理までの一貫サービスができると考えている」(同)。

 知多事業所では、人力による解体作業を最小限に抑え、陸上で使用されている重機を中心とした船舶解体を実施することが計画されています。このために現在、数十ミリある船の厚板を重機だけで切断できるアタッチメントが開発中です。さらに5G(第5世代移動通信システム)を通じた遠隔操作システムの導入も視野に入れています。

 事業規模は約8万重量トン級のパナマックスバルカー想定で年間20隻の解体を実施。1隻当たり1万5000トンとして、年間約30万トン規模のスクラップの供給を見込みます。船舶の解体を人海戦術に頼っているバングラディッシュやインドなどでは、1つのヤードで作業できるのは年間3隻から5隻程度とされており、日本郵船とオオノ開發が計画しているスクラップヤードは世界最高の解体能力を持つことになるでしょう。

 受け入れる船種はバルカーやタンカー、コンテナ船、LNG船などの船舶から、将来的な解体需要が見込まれるFPSOや洋上風力発電所などの大型海洋構造物まで多岐にわたる予定です。日本郵船に限らずいろいろな船主の船を解体する方針で、もちろん内航船も対象となります。

「商船だけで 20隻を埋めていくのはチャレンジングな目標だと思っている。国内の海洋構造物や、海外では解体できない海上自衛隊の艦船など、日本のドライドックできっちり解体できることが評価してもらえるものを全て念頭に置いている」(片山チーム長)

「墓場」の先の“巨大ビジネス”とは?

 日本郵船とオオノ開發が船舶リサイクル事業を進める背景には、鉄鋼業界のニーズがあります。世界的な脱炭素化の流れが加速する中、コークスを原料とする「高炉」から、鉄スクラップを原料としCO2(二酸化炭素)の排出を抑えられる「電炉」へシフトする動きが高まっていることがあげられます。

 電炉で生産する鋼材の品質を維持するためには、良質な鉄スクラップが必要です。船舶に使用している厚板は船級協会が定めた基準をクリアしていることから一定程度の品質を見込める上、溶鋼からの除去が難しい不純物の含有量が少ないことから、非常に価値の高い鉄を作れるスクラップとして注目されています。

 日本郵船とオオノ開發は脱炭素化へ貢献するため、知多事業所で解体された船舶から回収した鉄スクラップを鉄鋼業界へ納入します。

「こういった鉄のスクラップが今後、日本で必要になってくる中で、もちろんインドやバングラデシュの船舶リサイクルヤードをアップデートするというやり方もある。しかし、海外から鉄スクラップを輸入してくるよりは、日本で産業廃棄物まで一貫処理するような新しい形を選択し、事業運営しながら鉄鋼会社さんの原料となる上質な鉄スクラップを供給することで、日本全体の脱炭素を推進できればと思っている」(片山チーム長)

 シップリサイクル条約の発効後、日本で外航船を解体する場合には国土交通省、環境省、厚生労働省の3省から認証を得る必要があるため、日本郵船とオオノ開發は申請の準備を行っています。また、EU船籍船の解体も実現するため両社はEU-SRRについても申請する予定です。

 環境課題を背景に、大規模な船舶解体の専業ヤードが、かつて造船を担った地で動き出そうとしています。

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