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ビンラディンも愛した「驚愕鬼スペックの元祖ビジネスジェット」なぜ? こりゃ爆売れも納得だ

乗りものニュース 2024年12月2日 16時12分

「元祖ビジネスジェット」的な存在のひとつで、オサマ・ビン・ラディンの愛機としても知られているのがT-39「セイバーライナー」です。この機、実は現在でも唯一無二のスペックを有しています。

1959年に初飛行、80年代には開発終了

「元祖ビジネスジェット」的な存在のひとつであり、国際テロ組織アルカイダのリーダーであったオサマ・ビン・ラディン(ウサーマ・ビン・ラディン)の愛機としても知られているのが、かつて存在した航空機メーカー、ノースアメリカンのT-39「セイバーライナー」です。この機体は1958年に初飛行したものですが、現在も「唯一無二」の特性を持ったビジネスジェットです。どういったものなのでしょうか。

 ノースアメリカンは第二次世界大戦中、B-25「ミッチェル」爆撃機やP-51「ムスタング」戦闘機といった傑作機を開発したほか、戦後もF-86「セイバー」戦闘機、マッハ3級の巡航速度をもつXB-70戦略爆撃機など、数多の名機を生み出した名門航空機メーカーです。その後、合併・吸収を経てその名はなくなってしまいましたが、そんな名門メーカーが手掛けたビジネスジェットが「セイバーライナー」です。

 ちなみに、同機の名称の由来は、主翼と尾翼が同社の「セイバー」戦闘機に似ていたからだと言われています。

 アメリカ空軍は1950年代、連絡機と戦闘準備訓練機を兼ねた小型ジェット機の提案要求をメーカー各社に出しました。また、この要求では、このジェット機が民間機としての需要も見込めることから、開発費はメーカー負担という条件も付与されています。

 ノースアメリカンではこの要求を満たす機体を作るべく、まず「セイバーライナー」の民間向けモデルを、試験機「NA-265」として完成させています。これが1958年9月16日に初飛行すると、1963年4月に実用化に不可欠な「型式証明」を取得しました。その間軍用モデルもほぼ並行する形で作られ、アメリカ空軍ではT-39Aとして、海軍ではT-39Dとして採用されています。

「セイバーライナー」は乗員2名、乗客5~7人、800km/hで巡航し航続距離は4000kmというのが基本的な仕様です。このシリーズは、さまざまな派生型が生み出され、生産機数は合計800機以上にも及ぶ成功作だったものの、1980年代初頭に生産終了に至りました。

 そのようななか、この「セイバーライナー」の高い性能に目を付けたのが、冒頭のオサマ・ビン・ラディンでした。1992年、彼はアメリカ空軍が払い下げた中古のT-39をエジプトの代理人を通じて購入。機内を自家用機仕様に改造して使用しました。

ビンラディンが欲しがるのも納得の「凄すぎるスペック」とは?

 このビン・ラディン仕様の「セイバーライナー」は1993年から1994年にかけて中東地域やアフリカで工作員の輸送に使用されたものの、1994年にスーダンの空港で滑走路から逸脱して大破し、役目を終えています。米軍用として作られた航空機が民間機に改造されて反米活動に使用されたのは何とも皮肉ですが、「セイバーライナー」が高いスペックを持つ成功機だったことを示すエピソードともいえるでしょう。

 前述したように「セイバーライナー」の主翼は、F-86「セイバー」戦闘機と似ていましたが、双方とも同じ様に前縁には自動スラット、後縁にはフラップという装置が付いており、低速時にこのふたつの装置で翼の面積を広げ揚力を確保します。ただ、2機が似ているのは形状だけではありません。

「セイバーライナー」は戦闘機ライクな設計となったこともあってか、ビジネスジェットでは唯一、アクロバット飛行が認められている機種です。この機では、機体に掛かる加速度を3Gの制限値に収めることを条件に、完全な失速や背面飛行が可能です。

 なお、こうした特性を活かしてカリフォルニア州モハーベ空港にあるナショナル・テストパイロット・スクールでは、この機種を教材として運用しています。

 ちなみに、ビジネスジェットとしては大成功といえるモデルとなった「セイバーライナー」を生み出したノースアメリカンは、ロックウェルとなりB-1戦略爆撃機を生み出したものの、航空機部門がボーイングに吸収されています。

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