航空自衛隊のT-7初等練習機の後継に、アメリカ製のT-6「テキサンII」が選定されました。同機は高性能なプロペラ機として各国で採用されている傑作機ですが、それゆえに学生を困らせる懸念もあるそうです。
零戦や一式戦「隼」と同レベルの高性能機
2024年11月29日、防衛省は航空自衛隊の次期初等練習機として、テキストロン・アビエーション製の単発プロペラ機T-6「テキサンII」を採用すると正式に発表しました。同機は現在運用している初等練習機T-7の後継機として全機を輸入で賄う計画です。
T-6「テキサンII」と聞いて、第二次世界大戦中や航空自衛隊の創成期に運用されていた往年の名機ノースアメリカンT-6「テキサン」を連想する人がいるかもしれません。しかし、この2機は全くの別ものであり、技術的な繋がりは一切ありません。単に名機だった先代にあやかって、新型にも継承・命名されたと考えてよいでしょう。
T-6は現在、アメリカ空軍をはじめとして複数の国において、軍用機パイロットの候補生訓練などで使用されています。
原型は、スイス製のピラタスPC-9で、アメリカ空軍が採用するにあたり、所要の改修を加えたモデルです。T-6は、航空自衛隊の次世代パイロット育成のために重要な選択肢となる理由を多く備えています。
その1つが、高度な訓練支援システムです。コックピットにはヘッドアップディスプレイ(HUD)や多機能ディスプレイ(MFD)が搭載されており、ジェット戦闘機の運用に近い環境で訓練を実施することが可能です。
また、デジタル化されたアビオニクスに加え、空中戦や対地爆撃といったミッションを訓練として行えるシミュレーション機能も備えていることから、現代の戦闘機パイロットに求められるスキルを効率よく学べる機体と言えるでしょう。
練習機としては必須の高い飛行性能も注目すべきポイントです。出力1100馬力のターボプロップエンジンを搭載し、最大速度は約500km/hに達します。これは太平洋戦争当時の主力戦闘機であった零式艦上戦闘機(零戦)や一式戦闘機「隼」にも匹敵するスペックです。
高性能すぎてデメリットも
とはいえ、T-6「テキサンII」が航空自衛隊の初等練習機に最適なのかというと、そこは議論の余地があります。
最大の課題は、性能があまりにも優れ過ぎている点です。アメリカ空軍では、同機を「初等練習機」ではなく「中等練習機」として使っています。すなわち、基礎的な飛行訓練は民間機と変わらない軽飛行機で行っており、2段階目の機種としてT-6「テキサンII」を用いています。
航空自衛隊の場合、現在の訓練システムではT-7練習機が最初の機体という位置づけです。そのため、T-「6テキサンII」のような高性能機を導入すると、訓練内容が過剰になり、学生パイロットにかえって技術的な負担を強いる懸念が生じます。また、運用コストの面でも課題があります。高性能な機体ほど維持費や燃料費が増大するため、コスト効率が問題視される可能性があります。
ゆえに、航空自衛隊がこれらの問題にどのように対応するかが注目です。解決策のひとつとしては、もう1機種、初等訓練専用の簡易な機体を別途導入する案が考えられます。これはアメリカ空軍と同じ訓練課程を整備するということになります。
また初等訓練を民間に委託している国もあります。こうすることにより、T-6「テキサンII」は中間段階の訓練に特化し、その高性能を最大限活かせるようになります。
シミュレーターの活用も重要な鍵となるでしょう。初等訓練の一部を地上シミュレーターで代替することで、学生パイロットがT-6「テキサンII」の高性能に慣れるまでのハードルを下げることができます。これなら、運用コストの削減にも繋がります。
航空自衛隊がこの新たな練習機をどのように活用し、課題を克服していくのかは、今後の日本の航空防衛力を左右する重要な要素になると、筆者(関 賢太郎:航空軍事評論家)は今回の防衛省の決定を受けて感じました。