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「実は『ボレロ』はラベルにとっては大好きな作品ではなかったのです」『ボレロ 永遠の旋律』アンヌ・フォンテーヌ監督【インタビュー】

エンタメOVO 2024年8月8日 8時0分

 フランスの作曲家モーリス・ラベルによる不朽の名曲「ボレロ」の誕生秘話を描いた音楽伝記映画『ボレロ 永遠の旋律』が、8月9日から全国公開される。日本公開を前にアンヌ・フォンテーヌ監督に話を聞いた。

-今、なぜラベルの生涯を描こうと思ったのでしょうか。

 ラベルの音楽には、以前からとても興味を持っていました。こんなに素晴らしい曲を作るのは一体どんな天才なんだろうと好奇心をそそられていました。彼の曲は「ボレロ」に限らず、他の作品も素晴らしいですから。ただ、今回「ボレロ」という曲を通してシナリオを書くに当たって、ラベルのとても繊細で脆弱(ぜいじゃく)な部分や、簡単に曲の着想が浮かんでいたわけではなく、スランプになったりして、創作でとても悩む姿やそのプロセスも描きたいと思いました。

-「ボレロ」という曲のことはよく知っているけれども、作者のラベルのことはあまり知らないという人も多いと思います。ラベルのことをもっと知ってもらいたいという気持ちもあったのでしょうか。

 もちろんです。それを知ってもらいたいからこそこのテーマを選びました。ラベルは天才だと思われていますが、この映画では、インスピレーションが枯れてスランプになって…というところから始めました。意識的にそういう設定にしました。せっかく作曲の依頼が来たのに、それをきちんと受け止められない。内なる緊張感がどんどん高まっていく。そんな中で、生み出した曲が20世紀を代表するような傑作になった。そうした矛盾を描きたいと思いました。実は「ボレロ」はラベルにとっては、最も自信があったり、大好きな作品ではなかったのです。だから、成功と失敗、あるいは個人的な好き嫌いが合致しなかったところまで描きたいと思いました。

-この映画は、時系列を崩して、現在と過去が入り乱れたり、回想の部分があったりしましたが、それはどういう意図からそのように描こうと思ったのでしょうか。

 時代を行き来したりする自由さというのは、音楽の持つ自由さとも通じるものがあると考えました。「ボレロ」もそうですし、ラベルの他の作品もそうです。これはこうあるべきだという制約から逃れて、期待を覆すようなところも彼の音楽にはあったと思います。しかも私自身、時系列に合わせた伝記映画があまり好きではありません。どこか夢の中にいるような感じの方が詩情が出ると思うので、今回は彼の人生の断片的なものを夢のように組み合わせていきました。本当に真面目に時系列を追ったら何か映画が貧しくなると思いませんか。

-映画の中の「ボレロ」といえば、クロード・ルルーシュ監督の『愛と哀しみのボレロ』(80)が有名ですが、その中でモーリス・ベジャールの振り付けでジョルジュ・ドンが踊る場面がありました。それがこの映画のイダ・ルビンシュタインの踊りと重なりました。

 今回、イダ・ルビンシュタインの「ボレロ」のダンスを演出するに当たって、当時の写真を参考にしました。イダの衣装はもちろん、大衆酒場的なところに丸いテーブルがあってその上で踊ったという。ベジャールもその写真を基に振り付けを考えたというのは有名な話です。ただ、イダの初演は表現主義的というか、ダンスはあまりうまくはなかったけれど、とてもキャラの立つ人で、自分の考えを押し通すタイプだったようです。私も『愛と哀しみのボレロ』は見ていますし、ジョルジュ・ドンのバレエもライブで見ています。

-最近は、同性愛を描く映画も多いですが、この映画はラベルをアセクシャルとして描いていました。それは意図的にそう描こうと考えたのでしょうか。

 彼がアセクシャルだったということは、彼の内面を描く上ではとても大切な要素の一つでした。つまり彼は、性衝動を全て音楽に注ぎ込んだ人だったのです。性衝動の代替として音楽に注力したところを見せたいという思いもありました。それから母への愛がすごかったというのは事実です。母が亡くなって3年間も何も書けなかったというぐらいの溺愛ぶりでした。ラベルはひょっとしたら抑圧された同性愛者ではなかったのかという仮説があります。実際に実現してはいないけれども、そういうところがあったのではないかという。けれども真実は決して分かりません。今回、映画作りを通してラベルと身近に付き合った私の感覚としては、彼はどちらかというと性生活を持たない人だったというところに落ち着いています。

-ラストのラベルの夢の中に現れる女性たちの姿が印象的でした。ラベルにとって彼女たちはミューズのような存在であり、作曲にも影響を与えたというのがこの映画のテーマの一つだったのでしょうか。

 その通りです。彼女たちをちゃんと表現する、ちゃんと表象としてスクリーンで見せることを心掛けました。ラベルの周りにいた女性たちは私にとっても大切な存在でした。しかも、それぞれが違うキャラクターでラベルを支えました。なので、ラベルが亡くなる時に、夢の中で彼女たちの姿が順々に現れて…という形で描いたわけです。セックスだけが、男女関係を結ぶものではないですよね。幸いなことに、彼女たちは本当に深い関係性でラベルと結びついていたと思います。ラベルには大人に成り切れない永遠の少年みたいな部分があった。だから、それ故のオーラみたいなものがあったのではないかと思います。

-ラベルを演じたラファエル・ペルソナが、ナイーブな感じを出して好演したと思います。彼はどんな印象でしたか。

 私がオーディションで彼を選んだのは、この人だったらラベルの繊細さやデリケートな部分、ちょっと脆弱な部分、感受性の鋭いセンシティブなところを分かって演じてくれるのではと感じたからです。もちろん彼に全てを任せたわけではなく、2人で一緒に作り上げていったラベル像ですけれども、とても満足しています。ラベルは、感情を爆発させるような人ではありません。全てを抑圧してしまうような、何かフィルターをかけたような感受性を、ラファエルは本当に見事に繊細に演じてくれたと思います。

-日本の観客に向けて一言お願いします。

 日本で上映されることをとてもうれしく思っています。日本には何度か訪れたことがあって、日本の皆さんがフランスの文化、あるいはフランスのさまざまな映画に興味を持ってくださっていることを知っています。なので、この映画も「ボレロ」の揺りかごに揺られながら、映画に身を任す感じでうっとりと見て、聞いてくださればと思います。それから、ラファエル・ペルソナの素晴らしい演技に魅了されてほしいです。

(取材・文/田中雄二)


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