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「寅子は一生懸命答えを探して迷い続ける」 「虎に翼」の舞台裏を制作統括・尾崎裕和氏が語る【インタビュー】

エンタメOVO 2024年8月30日 12時0分

 NHKで好評放送中の連続テレビ小説「虎に翼」。裁判官として、母として、そして1人の人間として、悩みながらもさまざまな経験を積んで成長してきた主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)の物語は、まもなく終盤を迎える。この機会に、制作統括を務める尾崎裕和氏が、これまでの物語を振り返り、その舞台裏や物語に込めた思いを語ってくれた。

-物語も後半を迎え、寅子も中年期に差し掛かってきました。この時期の寅子を描く上で心がけていることは?

 脚本の吉田(恵里香)さんとは、寅子には年齢を重ねることで丸くなったり、物わかりが良くなったりしない年の重ね方をさせたいと話しています。当然、年齢とともにいろんなことを経験し、視野は広がっていきますが、だからといって、変に物わかりが良くなるのではなく、言うべきことは言う寅子らしさは残していきたいと。

-その一方で、寅子は裁判官になっても失敗や迷いを繰り返し、不完全なままのようですね。

 年齢を重ねたからといって完璧な人間になるわけではなく、寅子は一生懸命答えを探して迷い続けていきます。そんな姿を描くため、裁判官という立場であっても、悩み考え続ける寅子を、しっかり見せたいと思っています。劇中でも語られていましたが、だからこそ、裁判には3人の合議制の仕組みがあり、裁判官同士が話し合い、議論を戦わせた上で判決を出すことになっているわけです。悩み考え続けるのは、実際の裁判官も同じではないでしょうか。

-ここ最近では、寅子の再婚に関連して、夫婦別姓や同性婚といった昨今、社会的に議論となっているテーマを物語に取り入れている点が目を引きました。

 第21週で、いわゆる「事実婚」という形で寅子と星航一(岡田将生)が結婚することになりました。これは、あらがじめどんな形で結婚するか決めていたわけではなく、物語が進む中で吉田さんと話し合った末に出した結論です。この物語と共に成長してきた寅子なら、2度目の結婚であることや民法の改正に自身が携わったことなど、これまで人生で積み重ねてきたことを踏まえ、こんなふうに考えるのでは、と。轟(太一/戸塚純貴)のパートナーの遠藤時雄(和田正人)については、轟は最初から同性愛者と決めていたので、ドラマが進めば、パートナーと出会うことは必然だろうと。

-そういったテーマをドラマで描くことには大きな意義があるのと同時に、議論を呼ぶ可能性もあります。その点はどのようにお考えでしょうか。

 ドラマでこういったテーマを扱うことは、「問いかけ」のようなものだと思っています。どう受け止めるかは、ご覧になる方の自由です。ドラマの登場人物である寅子や轟たちが、こう考えて行動した、ということが、何かを考えるきっかけになればと。

-第20週から寅子がかかわることになった原爆裁判(広島と長崎の被爆者たちが、国に賠償を求めて起こした裁判)の舞台裏を教えてください。

 寅子のモデルになった三淵嘉子さんは、原爆裁判に最も長く関わった裁判官です。8年の長期に及ぶ裁判で、判決文や裁判記録などの資料が残されており、どんな手続きが、いつ行われたのか、弁護士の方が残した記録がネット上で公開されています。それを基に、裁判の経緯を把握した上で、ドラマに落とし込みました。ただし、裁判官の合議の内容については、「合議の秘密」があるため、三淵さんを含め、詳細な発言の記録は残されていません。そのため、ドラマでも判決自体は変わりませんが、寅子たちがどんな議論を経てその判決に至ったのかは、事実に寄り添いながら、寅子ならこう考えるのでは、というフィクションとして描いています。

-これまで、原爆投下や終戦の時期を寅子がどのように過ごしたのか、劇中では明確に描いてきませんでした。その理由は?

 寅子も戦争で夫の優三(仲野太賀)と兄の直道(上川周作)を亡くしているので、当然大きな悲しみを抱えているはずです。ただこの作品では、戦争は終戦を迎えたからといってスパッと終わるのではなく、その後も続いているものとして捉えています。そういう意味では、戦争の時代を分厚く描くよりも、戦争を引きずったまま戦後を生きる人々を描くことを選択したと言えます。航一が総力戦研究所でのつらい経験を背負い続け、原爆の被害に苦しみ続けた被爆者の方たちの裁判を描いている点にも、それは表れています。

-ここまで戦争を重視する朝ドラはあまりなかったと思いますが、「女性の生きづらさ」を描いてきた「虎に翼」が戦争を重視する理由は?

 この作品の幹となる「女性の生きづらさ」というテーマは変わりません。そこから話が広がり、戦争によって苦しみ、傷ついた人々の姿まで描くようになったということだと思います。戦争で傷ついたのは女性だけではなく、そこには男性もいれば、玉(羽瀬川なぎ)のように車椅子生活を送ることになった人もいるわけですから。

-各地で戦争が続く昨今の世界情勢を意識した部分もあるのでしょうか。

 この作品に限らず「戦争」は、戦前から戦中の時期を挟む朝ドラで繰り返し描いてきた大切なテーマです。その中で、2024年の作品である「虎に翼」が「戦争」を描くとしたら…と考えた結果、必然的にこういう形になったのだと思います。

―ここまで物語を書き続けてきた吉田さんの脚本の魅力をどのように感じていますか。

 力のあるせりふを書かれる作家さんだと常々思っています。ご自身の主張とエンターテインメント性を両立させることが吉田さんの脚本の大きな魅力ですが、その中で、常に見ている人の心に響くようなせりふが出てくるんです。それによってドラマの中の出来事を、見ている人が自分自身に引き寄せて考えるようになる。そこが、吉田さんのすごいところではないでしょうか。

-長期の撮影を通じて、改めて感じた伊藤沙莉さんの魅力は?

 伊藤さんの「変わらなさ」がすごいと実感しているところです。朝ドラの主役ということで、ご自身の苦労も多いはずなのに、現場に行くといつも伊藤さんの笑い声が聞こえてきて。そういうポジティブな姿勢は、撮影終盤を迎えた今も最初の頃とまったく変わりません。そんなふうに、変わらないままここまできているのは、本当にすごいことだと思っています。

-それでは最後に、終盤の物語の見どころを教えてください。

 原爆裁判を経て、寅子は再び家庭裁判所の仕事に戻り、新しい時代の少年犯罪に向き合っていくことになります。ただし、年齢を重ねても、寅子の本質はこれまでと変わりません。そんな寅子を吉田さんがどのように描き、伊藤沙莉さんがどう演じるのか、ぜひご期待ください。

(取材・文/井上健一)


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