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【週末映画コラム】どちらもだまされる楽しさが味わえる『ヒットマン』/『スオミの話をしよう』

エンタメOVO 2024年9月13日 8時0分

『ヒットマン』(9月13日公開)

 ニューオーリンズで暮らすゲイリー・ジョンソン(グレン・パウエル)は、大学で哲学と心理学を教える傍ら、偽の殺し屋に扮(ふん)して依頼殺人の捜査に協力していた。普段はさえないゲイリーが、「顧客」に合わせたプロの殺し屋になり切り、次々と依頼人を逮捕へと導いていくのだ。

 ある日、支配的な夫との生活に傷つき、追い詰められた女性マディソン(アドリア・アルホナ)が、夫の殺害を依頼してきたことで、ゲイリーはモラルに反する領域に足を踏み入れてしまう。そんな中、マディソンの夫が何者かによって殺害される事件が起きる。

 この映画は、実在の潜入捜査官をモデルに、犯罪捜査をコミカルに描きながら、ノワール、ロマンス、スリラー、ピカレスクロマンなど、さまざまなジャンルの要素が少しずつ組み合わさっているという構図が面白い。ただ、ラストの処理は「おいおいこれでいいのか?」と思う人もいると思うが。

 リチャード・リンクレイター監督は「アイデンティティーをめぐる実存主義というテーマを根底に持ち、ゲイリーとマディソンが新しい自分を見つけていく物語だ」と語る。

 大昔に「七つの顔の男」という変装を得意とする私立探偵・多羅尾伴内(片岡千恵蔵)が活躍するシリーズがあったが、変装する人物が“別人”には見えないところがおかしかった。この映画のパウエルも多少の外見の違いこそあれ、それぞれの殺し屋が同一人物にしか見えないのはご愛敬(あいきょう)だが、そこに現実味があるとも言えるだろう。

 このところのパウエルは『トップガン マーヴェリック』(22)、『恋するプリテンダー』(23)、『ツイスターズ』(24)、そしてこの映画と大活躍中。だいたい単純で能天気な役を演じることが多いのだが、この映画で“一人何役”の複雑な役を演じ分けたことで器用な俳優であることを改めて知らしめたとも言える。さすがに自ら脚本とプロデューサーを兼ねただけのことはあるといったところか。

『スオミの話をしよう』(9月13日公開)


 豪邸で暮らす著名な詩人の寒川(坂東彌十郎)の妻スオミ(長澤まさみ)が突然行方不明となった。寒川邸を訪れた刑事の草野(西島秀俊)はスオミの元夫で、すぐにでも捜査を開始すべきだと主張するが、寒川は「大ごとにしたくない」とその提案を拒否する。

 そんな中、寒川に雇われている魚山(ととやま・遠藤憲一)、草野の元上司の宇賀神(小林隆)、実業家YouTuberの十勝(松坂桃李)という、スオミの元夫たちが寒川邸に集まる。

 誰が一番スオミを愛していたのか、誰が一番スオミに愛されていたのか。彼女の安否はそっちのけで熱く語り合う男たち。だが、男たちの口から語られるスオミはそれぞれが全く違う性格の女性だった…。

 三谷幸喜が『記憶にございません!』(19)以来、5年ぶりに手掛けた監督・脚本作品。突然失踪した女性と、彼女について語り出す5人の男たちを描いたミステリーコメディー。

 いろいろな顔を見せる長澤、スオミの元夫たちのキャラクター設定、脇役の瀬戸康史、戸塚純貴の生かし方、また相田みつをのパロディーなどの小ネタは三谷脚本の面目躍如とも言える面白さがある。

 ただ、ほとんどが寒川邸で進行するいわゆるワンシチュエーションものであるため、いつもの三谷映画同様に、舞台くささがあるのは否めないし、時に見られるミュージカル風の演出も滑っている感じがしたのが残念だった。

(田中雄二)

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