「クマの痕跡があるかどうか今から見て回る」
今月中旬、空知の砂川でそう言って山の中を巡回するのは北海道猟友会砂川支部の池上治男さんです。
ハンター歴は30年以上。支部長として後進の指導も担うベテランですが、今は銃を持てない状態です。
ことし10月。札幌高裁のある判決がヒグマの駆除に携わるハンターに衝撃を与えました。
判決では「弾丸が周辺建物5軒に到達する相応の危険性があった。北海道公安委員会の判断は裁量権の逸脱・濫用に該当しない」とされました。
池上さんは、6年前、砂川市の要請を受けてクマを駆除しましたが、翌年に周辺の建物に銃弾が当たる恐れがあったなどとして道の公安委員会から猟銃所持の許可を取り消されました。
池上さんは処分の取り消しを求めて道を提訴。1審は池上さんの訴えを認めましたが、2審の札幌高裁は1審判決を覆し、道公安委員会の処分を認める判決を言い渡しました。
「高裁判決は、ここで弾を撃ったら(弾が)クマの体内を貫通して人がいる8メートル上まで到達して人に当たるという。そんなことを言ったらどこに行っても撃てない」
発砲現場で当時を振り返り、こう語気を強める池上さん。相手が子グマだったこともあり、当初、駆除は避けたいと市に伝えたと言います。しかし…
「市はどうしても駆除してほしいと。空知振興局も「ここは住宅の密集地域じゃないから」って言って撃つ前提で話は終わって、警察は住民に「今から撃つ(駆除する)から出ないで」と伝えた。ヒグマ自体も向かってきたから仕方なしに撃たざるを得なかった」
危険が伴うヒグマの駆除。斜面など弾を止める安土が背後にあるか、確実に狙える位置・距離なのか。
様々な制約がある中で、反撃される可能性もあるクマをハンターは確実に仕留めなければなりません。
長年の経験も踏まえ、池上さんは「条件はそろっていた」と振り返ります。
高裁は、弾がクマを貫通して周辺の建物に届いた可能性を指摘。背後の斜面では安全を確保できない、としました。
逆転敗訴は波紋を呼び、道猟友会は先月、道内71の支部に自治体や警察と十分連携できない場合は、出動要請の拒否するよう通知する方針を決めました。
最終的な判断は各支部に委ねることになりましたが、駆除の要請に引き続き応じる支部がある一方で、「慎重にならざるを得ない」とする支部も出ています。
こうした中、鈴木知事が道猟友会の堀江篤会長とともにハンターがヒグマを円滑に駆除できる体制づくりを求める 要望書を環境省に提出しました。
「現場の関係者が緊密に連携して捕獲従事者が不安を抱えることなく捕獲できる。そういう仕組みになるようにしてほしい」(鈴木知事)
道によると、今年度、道内で駆除されたり狩猟されたりしたヒグマの数は昨年度の1・9倍にあたる1804頭に達し、記録が残る1962年度以降で最多となりました。
環境の変化などからエサを求めて市街地に近づく個体も増える中、ハンターが果たす役割はますます重要になっています。
専門家は、ハンターだけに責任を求める体制は問題だとした上で、次のように指摘します。
「例えば火災や大雨、洪水があったときには消防がどこの市町村でも出るし、事件事故があれば警察が出動する。鳥獣だけは民間の銃所持許可者が出てくる。
時代が変わり鳥獣の問題も様変わりする中で本質的には行政が責任を持てる部隊を何らかの形で持つそういう風にしないと、今後も増える鳥獣には対処できないのでは」(酪農学園大学野生動物生態学研究室・佐藤喜和教授)
池上さん側は高裁判決を不服として最高裁に上告しています。
求めているのは、ルールを守り、地域の安全のために奮闘するハンターがないがしろにされない社会です。
「行政と協力体制ができていても高裁判決だと協力できない状態になる。私たちも好んで動物を殺していない。危険だから普通の人にはできないし命かけてやっていることを理解してほしい」(池上さん)
どうすればハンターが安心してヒグマの駆除に当たれるのか。
自治体や警察などを含めた新たな協力の仕組みが求められています。