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週刊BCN DX Session vol.2 公共分野ならではの困難をどう乗り越えるか 自治体と文教のDXがテーマ

週刊BCN+ 2022年10月6日 9時0分

 週刊BCNは8月24、25の両日、オンラインセミナー「週刊BCN DX Session vol.2」を開催した。国は2021年1月~26年3月を「自治体DX推進期間」に設定しており、21年9月にはデジタル庁もスタートした。そうした状況を背景に、今、デジタルトランスフォーメーション(DX)を行政や教育にどう生かしていくかの議論が盛んになっている。そこで、24日は「自治体向けDX」、25日は「文教向けDX」をテーマに設定。識者による講演やITベンダーのセッションなどを実施し、公共分野ならではの困難を乗り越えるためのポイントなどを解説した。
(取材・文/山口 学 編集/齋藤秀平)

●自治体のDX推進を妨げる諸課題を

解決するための要点とテクニック



 ICTの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させるというDXの考え方は、民間企業のビジネスだけでなく、住民の暮らしをより良いものにしていく行政にとっても、重要な目標となる。ただ、従来通りのやり方ではその目標に到達できないことは確か。行政にとってのDXの意味をよく考えたうえで、賢い進め方を選ぶことが求められている。

 24日の基調講演では、福島県の磐梯町CDO(最高デジタル責任者)/愛媛県・市町DX推進統括責任者の菅原直敏氏が、自治体のDX推進をはばむ三つの壁として「要求・要件定義の壁」「既存ベンダーの壁」「実装の壁」を挙げた。悪循環の出発点は「役所には要求や要件を定義できる人材が極めて少ない」(菅原氏)ことで、既存ベンダーに丸投げしてしまうと、住民にしわ寄せが及んでしまうわけだ。

 菅原氏は「以前からのベンダーのやり方では、とてもDXを推進できないと分かったので、磐梯町が選んだITベンダーと協定書を交わし、町が定義した要求・要件に基づいて仕事をしてもらうことにした」と説明した。

 さらに、クラウド・リモート・ペーパーレスの原則で仕事をするデジタル変革戦略室を庁内に設置したほか、法人のクレジットカードを作ってクラウドの支払いに使うことで、実装の壁を乗り越えたと話した。

 そうした“脱・丸投げ”を実現するために、職員が自らコードを作成する「ローコード開発」を目指す自治体も多い。そのためのツールとして、シーメンスの横川弘・Mendix Partner Sales Executiveは、ローコード開発プラットフォーム「Mendix」を示した。

 Mendixの特徴は、PCアプリも、モバイルネイティブアプリも、プログレッシブWebアプリ(PWA)も作成できるモデル駆動型開発ツールであること。さらにビジネスユーザー向けとITプロフェッショナル向けの二つの開発用GUIを備えていることも強みだ。

 横川Mendix Partner Sales Executiveは「この二つのGUIは完全に同じアーキテクチャーの上で稼働しているので、業務部門の人がビジネスワークフローを書いてモックアップをつくり、それをベースにIT部門の人がアプリに仕上げるといったアジャイル方式での開発が簡単に実現できる」と強調した。

 自治体の場合、データを格納するためのクラウドストレージは、特に慎重に選ぶ必要がある。住民基本台帳をはじめとする機密データの流出は絶対に許されないからだ。

 この条件を満たすクラウドストレージとして、ダイレクトクラウドの田畑邦浩・マーケティング部ゼネラルマネージャーが紹介したのが、法人向けクラウドストレージ「DirectCloud」だ。

 最大の特徴は、PPAP方式やUSBメモリを使うことなく、共有リンクをメールなどで相手に渡せばデータを共有できること。田畑ゼネラルマネージャーは「この共有リンクには、送信前に上長承認をかけることができ、誤送信した際も相手が開く前ならそのリンクを強制的に無効にできる」と解説した。ゲストIDを発行して外部の人とセキュアにデータを共有したり、個人PCにダウンロードせずに編集したりできることも示した。

 自治体がDXを推進するにあたっては、地方自治体情報システム標準化法が求める「自治体情報システムの標準化」を先に済ませておく必要がある。対象となるのは全市町村の17種類の業務で、標準準拠システムへの移行期限は25年度末だ。

 この作業を効率よく進めるためのツールとして、データ・アプリケーションの黒渕達也・マーケティング本部プロダクトマーケティンググループRACCOONプロダクトリーダーは、データハンドリングプラットフォーム「RACCOON」を例示した。

 黒渕RACCOONプロダクトリーダーは「業務システム間を連携するためのデータ変換や加工の処理をノーコードで開発できるので、自治体は開発品質や開発期間を改善できる」とアピールした。データのレイアウトは、外部データソースや業務ごとのテンプレートからインポートすることが可能。項目の対応関係など、データの変換方法はGUIで容易に定義できるとした。

 24日を締めくくる特別講演では、デジタルトランスフォーメーション研究所がまとめた「自治体DX調査報告書」のポイントを、同社の荒瀬光宏代表取締役が解説した。DXの成熟度について「自治体は民間に比べて大幅に遅れている」と指摘したものの、自治体と民間企業はそもそも目的や行動原理が違う組織のため、地域ビジョンを明確にして具体的なアクションをとることが重要だと述べた。

 その上で、DX先行自治体と呼ばれる存在になるために最も重要な要素は「トップ(首長)のビジョンとコミットメント」であると力説。自治体DXを成功させるには「トップの気づきと覚悟をベースに、デジタル戦略を立案してDX推進チームを設立し、テクノロジーでデータを利活用することが重要。組織と文化を変革して職員のマインドを変えていくこともかぎになる」と結んだ。


●文教分野では学習系DXだけでなく 校務系のDX推進も求められている



 文教の領域では、DX推進のテーマに個別具体的なものが多い。一つの例が、児童生徒ごとの端末と高速大容量ネットワークによって学びの場をデジタル化するGIGAスクール構想だ。校務システムでは、企業向けと同様のコミュニケーション/コラボレーションツールで教職員の働き方改革を助けるソリューションも揃ってきた。

 25日の基調講演では、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの豊福晋平・主幹研究員/准教授が、GIGAスクール構想の背景と最近数年の概況について解説した。

 豊福主幹研究員は、さしあたっての課題として「ゴールのイメージを共有できていない」「学校現場への御用聞きでは部分最適化しかできない」「変化を展望・説明できる人は少ない」「未来展望からのバックキャストが必要」の4点を挙げた。

 さらに「アクティブラーニングができる一般教室とメディアラボの特別教室を整備し、学習者が活用できるオープン素材を提供するように変わっていく」や「サービスとアプリは、授業者ではなく、学習者を支援するためのものが増えていく」との見通しを語った。

 設備や機器について、エレコムのマーケティング本部コーポレート企画課法人企画チームの中村愛梨氏は「GIGAスクール構想での導入が一段落した今だからこそ解決すべき課題がある」とし、「例えば、ネットワークが原因で児童生徒全員が一定の時間内に学習コンテンツをダウンロードできない場合は、“平等通信機能”を搭載した無線LANアクセスポイントに替えるといい」と勧めた。

 乱暴な取り扱いによる端末の破損を防ぐには、インナーバッグや保護ケースの併用が効果的と説明。タッチペンがあれば文字や図形を効率よく入力でき、予備の充電器を用意しておけばバッテリ切れを気にすることなく学習を続けられるとした。このほか、テレビ会議システムを導入すると遠隔授業の画像・音声品質を高めることができ、デジタルサイネージなら掲示板の張り替えの手間を軽減できることも示した。

 校務のデジタル化をさらに進めるにあたっては、機微情報に対するセキュリティ対策を強化する必要もある。そのための措置として文部科学省が求めているのが、校務系ネットワークと学習系ネットワークの分離だ。

 シトリックス・システムズ・ジャパンの高橋誠樹・公共営業部フィールドセールスマネージャーは「この要請に、弊社は『Chromebook』と仮想化技術を組み合わせたシステム提案で応えている」とした。ポイントは、教員の端末(Chromebook)から校務システムに直接に接続するのではなく、仮想デスクトップソリューション「Citrix DaaS」(旧Citrix Virtual Apps and Desktops)で作られたWindows仮想デスクトップ環境を経由してリモート接続方式でアクセスすることとし、「生のデータではなく、操作状況だけが送受信されるので、機微情報も安全に取り扱うことができる」と強調した。

 文教DXの進展とともに、学校や自宅でクラウド上の学習コンテンツを利用する機会も増えてきた。そこで、文部科学省は「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」で、アクセス制御や2要素認証を推奨し、ゼロトラストネットワークについても言及している。

 そうした中、HENNGEの石井瑠美・Cloud Sales Division Central Japan Sales Section Account Managerは「教育現場では、クラウドサービスに対するアクセス制御はあまり実践されていない」との見方を示した。

 石井Account Managerは「ゼロトラストネットワークを構築するには、まず、当社の文教向け製品『HENNGE One for Education』によるID管理から始めるのがいい」と勧める。この製品を導入すれば、Active Directory連携や2要素認証、シングルサインオン、端末制御とアクセス制限などの機能も利用可能だという。

 DXに向かう動きは、初等・中等教育だけでなく、高等教育でも盛んだ。特に、大学は18歳人口の減少に直面しており、選ばれる大学となるために、テクノロジーを生かした教育などに取り組む例が多い。

 25日最後の特別講演では、立命館大学生命科学部生命情報学科の木村修平・准教授/教学部副部長が、英語教育でのICT活用事例について説いた。

 この取り組みは「プロジェクト発信型英語プログラム」(PEP)と呼ばれるもので、08年から探究型学習の「情報収集」「まとめ・表現」「コラボレーション」にICTを活用している。コンテンツとしては、同大の公式オンラインリソースと各種クラウドサービス(Microsoft 365、manaba、Zoom、Adobe CCなど)を使い、BYOD(Bring your own device)で行われている。

 木村准教授は「コロナ禍によって、学生が大学の授業でスマホではなくPCを使うことがようやく当たり前になりつつある」と説明。大学のDXでは、教育プログラムと教員が、ソフトウェアと同じように常に進化し続けることが重要だと締めくくった。

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