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マンガ単行本の表紙帯に「読むな」「完成度低い」 異色の装丁決めた編集者「正直、すまんかった…」

よろず~ニュース 2024年9月15日 8時10分

 漫画編集者は作家の創作に寄り添うだけでなく、SNSを駆使するなどして作品の広報・営業活動にも尽力していく。一般的にも認知されるようになった編集者の在り方において、風変わりな担当編集者の〝仕事〟が、限りなく一部で話題となっている。

 中川学氏の最新単行本「だめな数学」(リイド社)は、公立中学校の数学教師だった作者の経歴を生かし、中学校で習う21単元を、ザ・ドリフターズの「バカ兄弟」を連想させる兄弟がおさらいする〝ギャグ学習漫画〟だ。

 ところが、表紙の帯には「読むな バカになるぞ!!!」「役に立たない」「完成度も低い」など作品の価値を否定する文言が並ぶ。初回配本特典の担当編集者による小冊子「『だめな数学』のだめな制作日誌」では、3500字以上にわたり、いかに〝だめな作品〟であるかを解説。さながら落選運動のようだ。

 漫画家の中川学氏は1976年生まれ、北海道出身。北海道教育大卒業後、数学教師の職に就くも仕事に悩み失踪し辞職。35歳で漫画家デビューを果たし、ルポ漫画「僕にはまだ友だちがいない」「群馬県ブラジル町に住んでみた」(KADOKAWA)、教員時代の失踪を描いた「探さないでください」(平凡社)、老いていく母を題材にした『すべりこみ母親孝行』(平凡社)を発表。特別支援学級の教師を務めていた2005年の冬休み、風俗店での行為中にくも膜下出血を発症して生死の境をさまよった経験を赤裸々に描いた「くも漫。」(リイド社)はスマッシュヒットし、実写映画化された。

 決して実績がない訳ではない中川学氏。しかし、今作の担当編集者で作者の実弟、連載先の漫画サイト「トーチweb」の編集長である、中川敦さんによる小冊子「―制作日誌」には厳しい言葉が並んでいる。

 敦さんは、兄の学氏の現状を「失敗だらけの人生を切り売りすることでどうにか糊口をしのいでいくしかない。ルポ漫画を描いたし、くも膜下出血のことも描いた。失踪のことも描いた。いわゆる『大ネタ』はもうやってしまったから、次に何をしたらいいかと兄はここ数年というか最初からずっと悩んでいた」と冷ややかに説明。兄が亡き父の遺産を使い切り生活に困窮している、と老いた母から相談を受けたといい「兄は人生の大ネタをたしかに使い切った。しかし誰もが見落とす小ネタも私の手にかかれば売れる企画に生まれ変わるだろう」と一念発起した経緯を記していく。

 学氏の職歴とお笑い好きの点を挙げ「読者にとっては笑って楽しく数学を学び直すことができ、兄にとっては一度は手放した数学と再び向き合い、学ぶこと・教えることの意味を見つめ直す作品になる・・・・・・私は自分の企画力にほれぼれした。兄も連載前は非常にやる気で、『これは行ける』と二人で手を取り合って喜んだものだ」と自画自賛した今連載だったが、現実は厳しかった。

 敦さんは「何一つ思い通りに進まなかった。私は第一話から最終第22話まで通読してみて、あらためてひどいなと思った。中途半端な下ネタ、各話の投げやりなオチ、後半ひどくなるコピペ多用の作画、全ページ・全コマから滲み出る作者のやる気のなさ。単行本にして売れるイメージがいっこもわいてこなかった」と失望の様子を隠さなかった。

 連載終了後、敦さんは作品の単行本化を半ば諦めていた。「トーチweb」の創刊時に社内の風当たりが強かった当時を「『これは売れないよ』と懸念を示す営業部に、私たち編集部が『何を言ってるんだ、もっとよく読めよ!』とやり合うのが常だった」と述懐した上で、今作については単行本の企画書を出すが、営業部から懸念を示されたら撤退することを決めていたとし「ところが、創刊当初あれだけ厳しかった営業部が何も言ってこない。まあ『くも漫。』の人だし、苦戦はしても大損することはないでしょうと判断しているらしく、私は『何言ってるんだ、もっとよく読めよ!』と、かつてと同じ言葉を逆の意味で訴えることになった」と記している。

 こうして、手応えのない作品の単行本化決定が、今作の装丁、小冊子作成の要因となった。

 敦さんは「この作品を単行本で出したら何が起きるかを考えた。まず、アマゾンのコメントがひどいことになる」と、思いつく限りの罵詈雑言を列挙。そして「売れるとか売れない以前に兄へのネットリンチを阻止せねばならない。そのための宣伝=帯コピーを考えねばならない。単行本の帯というのは『これは素晴らしい内容なので買ってください』と強く・広く主張するものであり、私が今まで担当してきた作品はどれも本当に素晴らしく『一人でも多くの人に読んでほしい』と心の底から思えるものばかりだった。本作はそうではない」と身もふたもない感想を記した。

 帯に噓を書くことを厳しく戒めてきた編集長としての過去を記した上で、「嘘は書けぬ。私も兄も『正直、すまんかった・・・』という気持ちなわけで、それでこういう帯になった。売るための帯ではなく、作者と担当編集者が、来るべきネットリンチに対し心の準備をするための帯である」と理由を明かした。

 釈明にとどまらず、敦さんは「本書を購入してくださった皆さんには、本当に感謝とお詫びの気持ちしかない」と土下座に等しい感謝を記した。

 終盤に今更ながら「本作にも良いところはある。犬とか猫とか、本筋に関係のないところでちょっと出てくる動物たちが無垢な顔をしている。兄の、動物たちへのこのまっすぐで優しい眼差しはいったい何なんだろう。意味がわからない。あと結末がちょっと良い。作者が最後の1ページまで描いてようやく本作の理念を思い出したかのようだ。動物と最後の1ページだけがちょっと良い」とフォローを記す箇所が、一層大きな悲哀を物語った。

 発売から2カ月以上が過ぎた。売れ行きについて、重版はかかっていないが堅調だという。敦さんは「恐れていたネットリンチは起きていません。これはおそらく作品が好意的に受け取ってもらえたからではなく、ネット上で話題にすらなっていないということでしょう。想定していたほどの誹謗中傷がなくてほっとする気持ちと『全然話題にならねえな』という苛立ちと、相反する感情に引き裂かれています」と語った。作家と編集者の〝内なる声〟がここまで表現された漫画単行本は珍しいのではないか。漫画編集者という仕事の奥深さを感じさせた。

 同作品は「トーチweb」に21年11月から23年12月まで連載。「中学3年間の数学をだいたい10ページくらいの漫画で読む。」から改題された。

(よろず~ニュース・山本 鋼平)

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