経済安全保障の観点からも、エネルギーの自給率をいかに引き上げていくかは、日本の最重要課題の1つ。環境重視のESGやSDGsが言われる中、再生可能(自然)エネルギー開発を牽引するレノバ社長・木南陽介氏は「日本やアジアで存在感のある事業を手がけ、質でナンバーワンを取りたい」と語る。風力を中心に自然エネルギー開発で先行する欧州のみならず、中国も風力発電大国となり、太陽光発電システムでもシェアを高める。1974年生まれの木南氏は2000年に「環境課題をビジネスで解決したい」と起業。当初、リサイクル事業も手がけていたが、東日本大震災(2011)以降、再生可能エネルギーに事業の軸足を定め、太陽光、水力、バイオマス、地熱、そして風力で、国内26地域で事業開発を推進。公募プロジェクトの秋田県由利本荘市沖洋上風力事業にも応募するなど、各地域で地元の自治体や企業と連携。「いろいろな人の力を借りて共同事業で、共に課題を乗り越えていきたい」と木南氏。日本、そしてアジアでどう戦略を展開していくのか─。
本誌主幹
文=村田 博文
【画像】知ってた?日本海・秋田県由利本荘市沖にそびえたつ洋上風力発電
CO₂排出ゼロ政策の中でレノバ株が市場で人気
「2050年に温室効果ガス(二酸化炭素、CO₂)の排出を実質ゼロにする」─。菅義偉・前政権が掲げた、このカーボンニュートラル政策は岸田文雄・新政権にもしっかりと受け継がれる。
岸田首相は所信声明の中で、「成長なくして分配なし」として、肝腎の成長戦略に、『科学技術立国の実現』を掲げ、民間企業が行う未来への投資を全力で応援する税制を敷くと強調。
そのために、新たなビジネスの創出に努め、「2050年カーボンニュートラルの実現に向け、温暖化対策を成長につなげ、クリーンエネルギー戦略を策定し、強力に推進する」と表明した。
また、第2の柱として、地方を活性化し、世界とつながる『デジタル田園都市国家構想』を掲げる。地方と都市の格差を縮めたいとする。
第3の柱には経済安全保障を掲げ、自立的な経済構造を実現し、強靭なサプライチェーン(供給網)を構築。第4の柱として、全世代型社会保障の構築を進めたいという成長戦略の概要だ。
世界は今、ESG(環境、社会、ガバナンス=統治)や国連が持続性のある社会構築のために設けた諸目標・SDGsの考え方に沿って、エネルギーの大転換が進む。
日本も、前述のように、2050年のカーボンニュートラルを実現するために、その中間目標として、2030年にはCO₂排出を2013年対比で「46%削減」という目標を掲げる。
これは、「きわめて高いハードル」という産業界全体の受けとめ方。なまなかな努力では実現できないが、そうした目標に向かおうという潮流はできつつある。
我が国を代表する資源エネルギー会社・ENEOSホールディングスが再生可能エネルギー新興企業のジャパン・リニューアブル・エナジーを約2千億円かけて買収するのもその1つ。
石油や石炭など化石燃料依存からの脱却が謳われ、大手商社も途上国向けの石炭火力発電事業から撤退するなどの動きが相次ぐ。今、ナダレを打って、脱炭素化の動きが続く。
こうした流れの中で、再生可能エネルギー専業のレノバ株が高騰。『カーボンニュートラル』宣言が出された昨年10月と比べて、同社の株価は4倍に上昇。
2000年に創業し、2017年に東証マザーズに上場、その1年後の18年に東証1部に株式上場。
18年には2度の株式分割を行い、今年9月に6390円の史上最高値を付けて時価総額も4796億円になった(売上高は2021年3月期で205億円)。10月8日(金)の終値は4520円だが、市場での注目株の1つだ。
このレノバを創業した木南陽介氏は1974年(昭和49年)10月5日生まれの47歳。25歳で起業し、21年が経った。
なぜ、今、レノバなのか?
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秋田・由利本荘市沖の洋上風力が注目されて
「カーボンニュートラル政策が打ち出され、本当に号砲が鳴ったというふうに思ったんですね。それから1年が経ちますけれども、例えばエネルギーミックスの数字も再エネ比率が高くなり、意欲的な目標になっています」
木南氏は、日本のエネルギー戦略が大転換し、「それが具体的な数値で現れている」という認識を示し、次のように続ける。
「電力系統の運用、送電線の運用や増強にしても、プッシュ型になって物事の進め方が早くなりました。ここでやりたいと手が挙がったら、それをリストアップして整備を進めていくというやり方。そういう事例の検討シナリオだとか、環境アセスメントというのは丁寧過ぎたところも少しあったと思うんですが、これの短縮化だとか、スピード化も進み、かなり具体的な知恵が出てきましたからね。物事の具体化、加速化はこの短い1年間で相当進んだなと思っています」
木南氏は、日本のカーボンニュートラル策についてこう語りながら、「ただ、あの目標値は相当高いし、相当ハードルが高い」という感想を述べる。
例えば、2050年の一大目標に向かって、中間地点の2030年時点での電源構成目標。
再生可能エネルギー比率は〝36%~38%〟へと引き上げられた。
それまで、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー比率は〝22%~24%〟という水準の目標であった。
「10何パーセント増やすというのは簡単そうに見えて、ものすごいハードル。実現に向かっては、かなりの規制緩和も求められ、インフラ整備も必要。今の送電線のものだと目的地に届かないというところがあります」
例えば、洋上風力で有力な新電源を開拓したとして、それを電力消費地にどう送電するかという課題。
風の資源は、地理的に北の方が豊富。洋上も陸上風力も豊かな北海道から本州へ送電するとして、それにふさわしい送電容量を持つ送電網・設備が不可欠。
2018年秋の北海道・胆振東部地震ではブラックアウト(地域停電)が起き、北海道自体が電力確保に追われた。北海道と本州間の電力融通を図るため、『北本連系』の送電能力を60万㌔㍗から90万㌔㍗に増強。さらに30万㌔㍗増強しようという措置が取られてきた。
今後、全国規模で再生エネによる電力を拡大していく中で、社会全体をにらんだインフラ整備も同時に進めなくてはならないということである。
今、レノバが秋田県由利本荘市沖で準備を進める洋上風力発電。6年前から同社が地元関係者の同意を得て開発を進めてきた事業で、70万㌔㍗級の出力を考えた大規模開発である。
原子力発電1基分は約100万㌔㍗で、ほぼそれに近い発電能力だ。現在、レノバは太陽光やバイオマス発電を中心に全国26カ所で再エネ事業を行っているが、その発電能力は約
41万㌔㍗。
来年(2023年)末までに、国内4カ所のバイオマス発電が稼働し、ベトナムでは大型陸上風力発電が稼働する予定。これで発電能力は約92万㌔㍗になるが、もし、これに秋田・由利本荘市沖の洋上風力が加われば、70万㌔㍗が上乗せされる。一気に現状の4倍規模に膨れる。
この秋田プロジェクトは公募案件で、東北電力、JR東日本エネルギー開発、コスモエコパワー(コスモ石油系列)と連合を組んでの申請。
現在4グループが公募占用計画を申請中で、近く審査が終わり、11月中には事業者の決定が下される予定。
もし、レノバグループが受注できれば、年間約100億円の利益が上乗せされるとして、同社の株価にも投資家の関心が集まる(ちなみに、同社の2021年3月期の連結売上高は205億円、営業利益は46億円)。
レノバ以外に4グループの参入で厳しい受注競争
「あの規模の洋上風力になると、われわれデベロッパーだけでは駄目なので、電力会社とかの了解を取り付けるだけでも駄目で、大規模送電線などのサプライチェーンの整備も不可欠です。全体の社会システムが追いついていく必要があり、今はそのトバ口にあるということですね」
秋田・由利本荘市沖のプロジェクトは、洋上風力の先進地・欧州と比べて遅れを取っていたわが国がいよいよ本格的な洋上風力時代を迎える─という意味でも注目される。
何しろ、発電所の建設、設備などの初期費用は3500億円強、操業開始後20 年間の運転維持費は2500億円強、撤去する場合の費用も約750億円という巨大プロジェクト。
この公募にはレノバの他、九州電力系と再生エネ大手のRWEリニューアブルズ(ドイツ)が組んだグループ、三菱商事系と中部電力などが提携したグループ、東京電力ホールディングスなどが出資するJERAとJパワーと北欧の大手石油会社・エクイノールの連合、そして洋上風力で世界最大手・オーステッド(デンマーク)と国内風力大手の日本風力開発のグループと4つの企業連合も申し込んでいる。
この激しい受注競争の中で、レノバはどう準備を進めてきたのか?
クリーンエネルギーの開発へ向けて
まず、同社の取り組みを述べる前に、日本政府の再生エネルギー戦略の概要を見てみよう。
FIT(固定価格買取制度)により、再生可能エネルギーの開発推進が本格的に始まったのは2012年(平成24年)のこと。
2020年(令和2年)の日本国内の全発電電力量に占める再生可能エネルギーによる発電の割合は20・8%(前年は18・5%)で増え続けている。
では、再生エネの中で発電の内訳はどうなっているのか。日本は太陽光発電を中心に推移してきており、2020年の太陽光発電の割合は全発電電力量の8・5%を占めて1位(前年は7・4%)。
以下、水力発電が7・9%で続き、木材チップなどを活用したバイオマス発電(3・2%)、風力発電(0・86%)、地熱(0・25%)という順。
太陽光、水力、そしてバイオマス発電に比べて、風力は1%程度とまだまだ少ない。
グリーン革命(GX)の下、世界の再生エネルギー開発をリードする欧州は、年間発電電力量のうち、北欧を中心に40%を超える国が多い。欧州全体の平均値も38・6%に達し、化石燃料による発電(全体の37・3%)を上回るほどになっている。
わが国も2050年のカーボンニュートラル、つまりCO₂排出を実質ゼロにするという目標の下、経済産業省は電源構成として、再エネ比率を従来の〝20%~22%〟の案から〝36%~38%〟に引き上げたという経緯。
原子力発電は〝20%~22%〟という比率で、地球温暖化防止へ向けて、非化石燃料比率を6割に持っていく考えだ。
2030年というと、あと8年余しか残されていない。それまでに、現在8割近くを依存する化石燃料(全体の76%)の一大削減を図らなければならない。
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風力開発に不可欠な技術者集団を持って
再生エネの掘り起こしを進めていくにあたり、これから伸ばす余地があるのは風力、バイオマス、地熱発電。特に四方を海に囲まれた日本は、風力でも潜在力を持つ。有力候補地は、偏西風が当たる、日本海側に多い。経産省は『促進区域』、『有望な区域』などを指定し、風力の開発を促している。促進区域はこれまで、長崎県五島市沖、秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、同県由利本荘市沖、千葉県銚子市沖の4カ所が挙げられていたが、最近、秋田県八峰町・能代市沖が加わり、5カ所になった。
レノバはこの中で秋田県南部の由利本荘市沖に注力、準備を進めている。
洋上風力の風車はまさに巨大装置。
「ええ、海の中に巨大な200㍍の高さの建造物をつくりますので、こんなものが傾いたり倒れたりするのは一切あってはいけないと。巨大な橋脚をつくるようなものです」と木南氏。
風車の高さは、タワーの部分だけで100㍍位あり、ブレード(羽根)のヘッドまで入れると200㍍にもなる巨大なもの。
それを海の底に建てる。水深が30㍍だとしたら、その海の底からさらに40㍍の杭を打つ。
そうした風車を沖合に約70 本建てるという計画。文字どおり、設計、土木、建築、エンジニアリング、機械、船舶といった分野での技術者の存在も不可欠だ。
「社内にエンジニアリングチームを抱えているということが大事でして、われわれは全部この機能、インハウスを持つ会社なんです。この分野もいろいろな会社さんの参入があるんですが、もともとの電力会社さんというのは、全部こういう機能を持つ側なんです。ところが、投資会社さんだとかはこの機能を持たないんですね。そこで外注するわけです。人が持ってきた案件に乗る。だからデューデリジェンスで評価をして、金を張るということをやる。ファイナンスで引っ張るということをやるのですが、エンジニアリング力で臨むのではない。われわれはここに強みがあると思っています」
建設候補地の立地、地理的条件、気象などを勘案して、設計から建設、そして運転、保守、修繕までを一気通貫でやれるエンジニアリングチーム。
「波があれば地震もあれば台風もあれば雷もあるというのに耐える施設をどうつくるか。しかも安定的に20年連続での耐久性も求められます」
独自の技術者集団の強みを発揮していくという木南氏。
また、我が国の通信改革時に第二電電(現KDDI)設立に動き、イー・アクセス(現ワイモバイル)を創業した起業家の千本倖生氏も同社の経営に参加。現在、会長をつとめている。
日本の技術、人材の潜在力を掘り起こして
欧州や中国などに後れを取った風力発電。風力の羽根やその他の器材製造から三菱重工業など国内大手が撤退、縮小している。こうした大手出身の技術者もレノバ技術部隊に加わり、新天地で踏ん張る。
これからが日本の風力を含めた再生エネ事業の反転攻勢だ。
昨年12月、官民協議会が開かれ、日本は「洋上風力で最大45ギガワットを目指す」と高らかに宣言した。これには、ヨーロッパ各国や、風車メーカーなど関連産業関係者が目の色を変えた。
ギガワットは電力量を示す単位。1ギガワットは100万㌔㍗で、原子力発電所1基の発電能力に相当する。そこで、日本で総計45ギガワットの風力発電所をつくろうという構想である。
世界の風力発電量ランキングでは、日本は21位(2020年)。1位中国、2位米国に続いて、3位にドイツ、4位インドが来て、あとは北欧や欧州各国などが並ぶ。
欧州は平均風速9㍍(秒速)以上の風が吹き、日本はそれより弱いという地理的条件が風力発電にはつきまとう。
日本では、洋上風力が可能な条件として、『年間の平均風速7㍍以上の風が吹き、20平方㌔㍍のまとまった面積を確保できる場所、かつ水深は40㍍までの地域』とされる。
政府はこうした地理的条件を考慮して、再生エネ海域を選定。先述のように、『促進区域』は5カ所、『有望な区域』(青森県沖合、千葉県いすみ市沖など7カ所)、そして準備段階の区域(北海道檜山沖、福井県あわら市沖、福岡県響灘沖など10カ所)の合計22カ所。まだ開発の余地はある。
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バイオマス発電でも地域を『共存共栄』で
岸田首相は、新しい日本をつくる上で、『成長と分配の好循環』と『コロナ後の新しい社会の開拓』とのコンセプトを掲げる。
具体的には、デジタル化、グリーン化政策を進めていく際に、首相は「この改革は地方から起こります」と強調。
高齢化や過疎化の社会課題に直面している今、例えば自動走行による介護先への送迎サービスや物の配達の自動化なども、都会に比べ交通手段の少ない地方が先行するという首相の判断。
再生可能エネルギー開拓も同様で、自然豊かな地方の資源の活用が新しい産業・サービスや雇用を創出する。
秋田・由利本荘市沖洋上風力開発で、レノバは秋田県漁業協同組合や由利本荘市など地方自治体の関係者とこれまで濃密な対話と協議を重ねてきている。
地方の漁業をはじめ林業、農業などの関係者との「共存共栄なくして再生可能エネルギーは成り立たない」と木南氏は語る。
すでに、同社は2016年7月から秋田県内でバイオマス発電を行っている。その秋田バイオマス発電所(本社・秋田市)の発電容量は20・5㍋㍗で、年間発電量は1億3000万㌔㍗時(3万世帯分)にのぼる。
燃料のチップには、全使用量の7割(年間15万㌧)を地元の秋田杉未利用材で賄うなど、地域の林業との共存共栄を実践。
「われわれの発電所1個につき、7つのチップ工場ができています。つまり7つの林業社さんが秋田県内の全域にあり、間伐材を乾かし、チップにしている。チップ工場への設備投資は林野庁も補助金を出されるなど、国からの支援もいただいています」
日本は国土の3分の2を森林におおわれながら、戦後、森林の整備はほったらかしにされてきたのが現状。建築資材としての木材はカナダなどからの輸入で大半を賄うという状況が長い間続いてきた。
木材市況は今、世界的に高騰が続く。木材の自給率向上へ向け、林業支援にもつながるバイオマス発電だ。
レノバは千葉県いすみ市沖でも、洋上風力発電の構想を温めている。日本のエネルギー自給率は7%前後とされ、非常に低い。その意味で再生エネ事業を推進する社会的意義は大きい。
「そのためにも、第1ラウンドで誰がやろうが、やはり良いモデルをつくらないと。地元の漁師さん方から、お前たちを信じて良かったとか、お前たちが来る前よりも、来た後のほうが、収入も増え、息子も跡を継いでくれたと。こういう状況をつくらないと駄目だと思っています」
メンテナンス(保守・修繕)も含めて、地元の人たちにスキルを伝えるなどの共存共栄を進めたいとする木南氏。
『未踏峰』に挑戦
風力発電に使う風車など最終製品は世界で寡占化が進む。
「洋上風車というと、大きな世界シェアはやはり欧州勢が握っているんです。シーメンス(ドイツ)、ヴェスタス(デンマーク)という巨頭がいて、このほか米国にはGEがいて、中国にも2社大きいところがある。今から、日本がそうした最終製品をつくるのは結構難しいと」
木南氏はこう現状を述べながらも、「しかし、タービンの一部だとか、ギアボックス(増速機)に使う軸受けだとか、それからブレード(回転翼)は実は炭素繊維活用の可能性があって、これは日本が強いんです」と強調。
日本の産業の潜在力の掘り起こし、そして地域との共生による地域振興がかかる再生可能エネルギーへの取り組み。
未踏峰に挑戦─。学生時代は登山にも熱中した木南氏。自然と共生できるエネルギー事業
に挑戦し続ける覚悟だ。
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本誌主幹
文=村田 博文
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CO₂排出ゼロ政策の中でレノバ株が市場で人気
「2050年に温室効果ガス(二酸化炭素、CO₂)の排出を実質ゼロにする」─。菅義偉・前政権が掲げた、このカーボンニュートラル政策は岸田文雄・新政権にもしっかりと受け継がれる。
岸田首相は所信声明の中で、「成長なくして分配なし」として、肝腎の成長戦略に、『科学技術立国の実現』を掲げ、民間企業が行う未来への投資を全力で応援する税制を敷くと強調。
そのために、新たなビジネスの創出に努め、「2050年カーボンニュートラルの実現に向け、温暖化対策を成長につなげ、クリーンエネルギー戦略を策定し、強力に推進する」と表明した。
また、第2の柱として、地方を活性化し、世界とつながる『デジタル田園都市国家構想』を掲げる。地方と都市の格差を縮めたいとする。
第3の柱には経済安全保障を掲げ、自立的な経済構造を実現し、強靭なサプライチェーン(供給網)を構築。第4の柱として、全世代型社会保障の構築を進めたいという成長戦略の概要だ。
世界は今、ESG(環境、社会、ガバナンス=統治)や国連が持続性のある社会構築のために設けた諸目標・SDGsの考え方に沿って、エネルギーの大転換が進む。
日本も、前述のように、2050年のカーボンニュートラルを実現するために、その中間目標として、2030年にはCO₂排出を2013年対比で「46%削減」という目標を掲げる。
これは、「きわめて高いハードル」という産業界全体の受けとめ方。なまなかな努力では実現できないが、そうした目標に向かおうという潮流はできつつある。
我が国を代表する資源エネルギー会社・ENEOSホールディングスが再生可能エネルギー新興企業のジャパン・リニューアブル・エナジーを約2千億円かけて買収するのもその1つ。
石油や石炭など化石燃料依存からの脱却が謳われ、大手商社も途上国向けの石炭火力発電事業から撤退するなどの動きが相次ぐ。今、ナダレを打って、脱炭素化の動きが続く。
こうした流れの中で、再生可能エネルギー専業のレノバ株が高騰。『カーボンニュートラル』宣言が出された昨年10月と比べて、同社の株価は4倍に上昇。
2000年に創業し、2017年に東証マザーズに上場、その1年後の18年に東証1部に株式上場。
18年には2度の株式分割を行い、今年9月に6390円の史上最高値を付けて時価総額も4796億円になった(売上高は2021年3月期で205億円)。10月8日(金)の終値は4520円だが、市場での注目株の1つだ。
このレノバを創業した木南陽介氏は1974年(昭和49年)10月5日生まれの47歳。25歳で起業し、21年が経った。
なぜ、今、レノバなのか?
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秋田・由利本荘市沖の洋上風力が注目されて
「カーボンニュートラル政策が打ち出され、本当に号砲が鳴ったというふうに思ったんですね。それから1年が経ちますけれども、例えばエネルギーミックスの数字も再エネ比率が高くなり、意欲的な目標になっています」
木南氏は、日本のエネルギー戦略が大転換し、「それが具体的な数値で現れている」という認識を示し、次のように続ける。
「電力系統の運用、送電線の運用や増強にしても、プッシュ型になって物事の進め方が早くなりました。ここでやりたいと手が挙がったら、それをリストアップして整備を進めていくというやり方。そういう事例の検討シナリオだとか、環境アセスメントというのは丁寧過ぎたところも少しあったと思うんですが、これの短縮化だとか、スピード化も進み、かなり具体的な知恵が出てきましたからね。物事の具体化、加速化はこの短い1年間で相当進んだなと思っています」
木南氏は、日本のカーボンニュートラル策についてこう語りながら、「ただ、あの目標値は相当高いし、相当ハードルが高い」という感想を述べる。
例えば、2050年の一大目標に向かって、中間地点の2030年時点での電源構成目標。
再生可能エネルギー比率は〝36%~38%〟へと引き上げられた。
それまで、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー比率は〝22%~24%〟という水準の目標であった。
「10何パーセント増やすというのは簡単そうに見えて、ものすごいハードル。実現に向かっては、かなりの規制緩和も求められ、インフラ整備も必要。今の送電線のものだと目的地に届かないというところがあります」
例えば、洋上風力で有力な新電源を開拓したとして、それを電力消費地にどう送電するかという課題。
風の資源は、地理的に北の方が豊富。洋上も陸上風力も豊かな北海道から本州へ送電するとして、それにふさわしい送電容量を持つ送電網・設備が不可欠。
2018年秋の北海道・胆振東部地震ではブラックアウト(地域停電)が起き、北海道自体が電力確保に追われた。北海道と本州間の電力融通を図るため、『北本連系』の送電能力を60万㌔㍗から90万㌔㍗に増強。さらに30万㌔㍗増強しようという措置が取られてきた。
今後、全国規模で再生エネによる電力を拡大していく中で、社会全体をにらんだインフラ整備も同時に進めなくてはならないということである。
今、レノバが秋田県由利本荘市沖で準備を進める洋上風力発電。6年前から同社が地元関係者の同意を得て開発を進めてきた事業で、70万㌔㍗級の出力を考えた大規模開発である。
原子力発電1基分は約100万㌔㍗で、ほぼそれに近い発電能力だ。現在、レノバは太陽光やバイオマス発電を中心に全国26カ所で再エネ事業を行っているが、その発電能力は約
41万㌔㍗。
来年(2023年)末までに、国内4カ所のバイオマス発電が稼働し、ベトナムでは大型陸上風力発電が稼働する予定。これで発電能力は約92万㌔㍗になるが、もし、これに秋田・由利本荘市沖の洋上風力が加われば、70万㌔㍗が上乗せされる。一気に現状の4倍規模に膨れる。
この秋田プロジェクトは公募案件で、東北電力、JR東日本エネルギー開発、コスモエコパワー(コスモ石油系列)と連合を組んでの申請。
現在4グループが公募占用計画を申請中で、近く審査が終わり、11月中には事業者の決定が下される予定。
もし、レノバグループが受注できれば、年間約100億円の利益が上乗せされるとして、同社の株価にも投資家の関心が集まる(ちなみに、同社の2021年3月期の連結売上高は205億円、営業利益は46億円)。
レノバ以外に4グループの参入で厳しい受注競争
「あの規模の洋上風力になると、われわれデベロッパーだけでは駄目なので、電力会社とかの了解を取り付けるだけでも駄目で、大規模送電線などのサプライチェーンの整備も不可欠です。全体の社会システムが追いついていく必要があり、今はそのトバ口にあるということですね」
秋田・由利本荘市沖のプロジェクトは、洋上風力の先進地・欧州と比べて遅れを取っていたわが国がいよいよ本格的な洋上風力時代を迎える─という意味でも注目される。
何しろ、発電所の建設、設備などの初期費用は3500億円強、操業開始後20 年間の運転維持費は2500億円強、撤去する場合の費用も約750億円という巨大プロジェクト。
この公募にはレノバの他、九州電力系と再生エネ大手のRWEリニューアブルズ(ドイツ)が組んだグループ、三菱商事系と中部電力などが提携したグループ、東京電力ホールディングスなどが出資するJERAとJパワーと北欧の大手石油会社・エクイノールの連合、そして洋上風力で世界最大手・オーステッド(デンマーク)と国内風力大手の日本風力開発のグループと4つの企業連合も申し込んでいる。
この激しい受注競争の中で、レノバはどう準備を進めてきたのか?
クリーンエネルギーの開発へ向けて
まず、同社の取り組みを述べる前に、日本政府の再生エネルギー戦略の概要を見てみよう。
FIT(固定価格買取制度)により、再生可能エネルギーの開発推進が本格的に始まったのは2012年(平成24年)のこと。
2020年(令和2年)の日本国内の全発電電力量に占める再生可能エネルギーによる発電の割合は20・8%(前年は18・5%)で増え続けている。
では、再生エネの中で発電の内訳はどうなっているのか。日本は太陽光発電を中心に推移してきており、2020年の太陽光発電の割合は全発電電力量の8・5%を占めて1位(前年は7・4%)。
以下、水力発電が7・9%で続き、木材チップなどを活用したバイオマス発電(3・2%)、風力発電(0・86%)、地熱(0・25%)という順。
太陽光、水力、そしてバイオマス発電に比べて、風力は1%程度とまだまだ少ない。
グリーン革命(GX)の下、世界の再生エネルギー開発をリードする欧州は、年間発電電力量のうち、北欧を中心に40%を超える国が多い。欧州全体の平均値も38・6%に達し、化石燃料による発電(全体の37・3%)を上回るほどになっている。
わが国も2050年のカーボンニュートラル、つまりCO₂排出を実質ゼロにするという目標の下、経済産業省は電源構成として、再エネ比率を従来の〝20%~22%〟の案から〝36%~38%〟に引き上げたという経緯。
原子力発電は〝20%~22%〟という比率で、地球温暖化防止へ向けて、非化石燃料比率を6割に持っていく考えだ。
2030年というと、あと8年余しか残されていない。それまでに、現在8割近くを依存する化石燃料(全体の76%)の一大削減を図らなければならない。
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風力開発に不可欠な技術者集団を持って
再生エネの掘り起こしを進めていくにあたり、これから伸ばす余地があるのは風力、バイオマス、地熱発電。特に四方を海に囲まれた日本は、風力でも潜在力を持つ。有力候補地は、偏西風が当たる、日本海側に多い。経産省は『促進区域』、『有望な区域』などを指定し、風力の開発を促している。促進区域はこれまで、長崎県五島市沖、秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、同県由利本荘市沖、千葉県銚子市沖の4カ所が挙げられていたが、最近、秋田県八峰町・能代市沖が加わり、5カ所になった。
レノバはこの中で秋田県南部の由利本荘市沖に注力、準備を進めている。
洋上風力の風車はまさに巨大装置。
「ええ、海の中に巨大な200㍍の高さの建造物をつくりますので、こんなものが傾いたり倒れたりするのは一切あってはいけないと。巨大な橋脚をつくるようなものです」と木南氏。
風車の高さは、タワーの部分だけで100㍍位あり、ブレード(羽根)のヘッドまで入れると200㍍にもなる巨大なもの。
それを海の底に建てる。水深が30㍍だとしたら、その海の底からさらに40㍍の杭を打つ。
そうした風車を沖合に約70 本建てるという計画。文字どおり、設計、土木、建築、エンジニアリング、機械、船舶といった分野での技術者の存在も不可欠だ。
「社内にエンジニアリングチームを抱えているということが大事でして、われわれは全部この機能、インハウスを持つ会社なんです。この分野もいろいろな会社さんの参入があるんですが、もともとの電力会社さんというのは、全部こういう機能を持つ側なんです。ところが、投資会社さんだとかはこの機能を持たないんですね。そこで外注するわけです。人が持ってきた案件に乗る。だからデューデリジェンスで評価をして、金を張るということをやる。ファイナンスで引っ張るということをやるのですが、エンジニアリング力で臨むのではない。われわれはここに強みがあると思っています」
建設候補地の立地、地理的条件、気象などを勘案して、設計から建設、そして運転、保守、修繕までを一気通貫でやれるエンジニアリングチーム。
「波があれば地震もあれば台風もあれば雷もあるというのに耐える施設をどうつくるか。しかも安定的に20年連続での耐久性も求められます」
独自の技術者集団の強みを発揮していくという木南氏。
また、我が国の通信改革時に第二電電(現KDDI)設立に動き、イー・アクセス(現ワイモバイル)を創業した起業家の千本倖生氏も同社の経営に参加。現在、会長をつとめている。
日本の技術、人材の潜在力を掘り起こして
欧州や中国などに後れを取った風力発電。風力の羽根やその他の器材製造から三菱重工業など国内大手が撤退、縮小している。こうした大手出身の技術者もレノバ技術部隊に加わり、新天地で踏ん張る。
これからが日本の風力を含めた再生エネ事業の反転攻勢だ。
昨年12月、官民協議会が開かれ、日本は「洋上風力で最大45ギガワットを目指す」と高らかに宣言した。これには、ヨーロッパ各国や、風車メーカーなど関連産業関係者が目の色を変えた。
ギガワットは電力量を示す単位。1ギガワットは100万㌔㍗で、原子力発電所1基の発電能力に相当する。そこで、日本で総計45ギガワットの風力発電所をつくろうという構想である。
世界の風力発電量ランキングでは、日本は21位(2020年)。1位中国、2位米国に続いて、3位にドイツ、4位インドが来て、あとは北欧や欧州各国などが並ぶ。
欧州は平均風速9㍍(秒速)以上の風が吹き、日本はそれより弱いという地理的条件が風力発電にはつきまとう。
日本では、洋上風力が可能な条件として、『年間の平均風速7㍍以上の風が吹き、20平方㌔㍍のまとまった面積を確保できる場所、かつ水深は40㍍までの地域』とされる。
政府はこうした地理的条件を考慮して、再生エネ海域を選定。先述のように、『促進区域』は5カ所、『有望な区域』(青森県沖合、千葉県いすみ市沖など7カ所)、そして準備段階の区域(北海道檜山沖、福井県あわら市沖、福岡県響灘沖など10カ所)の合計22カ所。まだ開発の余地はある。
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バイオマス発電でも地域を『共存共栄』で
岸田首相は、新しい日本をつくる上で、『成長と分配の好循環』と『コロナ後の新しい社会の開拓』とのコンセプトを掲げる。
具体的には、デジタル化、グリーン化政策を進めていく際に、首相は「この改革は地方から起こります」と強調。
高齢化や過疎化の社会課題に直面している今、例えば自動走行による介護先への送迎サービスや物の配達の自動化なども、都会に比べ交通手段の少ない地方が先行するという首相の判断。
再生可能エネルギー開拓も同様で、自然豊かな地方の資源の活用が新しい産業・サービスや雇用を創出する。
秋田・由利本荘市沖洋上風力開発で、レノバは秋田県漁業協同組合や由利本荘市など地方自治体の関係者とこれまで濃密な対話と協議を重ねてきている。
地方の漁業をはじめ林業、農業などの関係者との「共存共栄なくして再生可能エネルギーは成り立たない」と木南氏は語る。
すでに、同社は2016年7月から秋田県内でバイオマス発電を行っている。その秋田バイオマス発電所(本社・秋田市)の発電容量は20・5㍋㍗で、年間発電量は1億3000万㌔㍗時(3万世帯分)にのぼる。
燃料のチップには、全使用量の7割(年間15万㌧)を地元の秋田杉未利用材で賄うなど、地域の林業との共存共栄を実践。
「われわれの発電所1個につき、7つのチップ工場ができています。つまり7つの林業社さんが秋田県内の全域にあり、間伐材を乾かし、チップにしている。チップ工場への設備投資は林野庁も補助金を出されるなど、国からの支援もいただいています」
日本は国土の3分の2を森林におおわれながら、戦後、森林の整備はほったらかしにされてきたのが現状。建築資材としての木材はカナダなどからの輸入で大半を賄うという状況が長い間続いてきた。
木材市況は今、世界的に高騰が続く。木材の自給率向上へ向け、林業支援にもつながるバイオマス発電だ。
レノバは千葉県いすみ市沖でも、洋上風力発電の構想を温めている。日本のエネルギー自給率は7%前後とされ、非常に低い。その意味で再生エネ事業を推進する社会的意義は大きい。
「そのためにも、第1ラウンドで誰がやろうが、やはり良いモデルをつくらないと。地元の漁師さん方から、お前たちを信じて良かったとか、お前たちが来る前よりも、来た後のほうが、収入も増え、息子も跡を継いでくれたと。こういう状況をつくらないと駄目だと思っています」
メンテナンス(保守・修繕)も含めて、地元の人たちにスキルを伝えるなどの共存共栄を進めたいとする木南氏。
『未踏峰』に挑戦
風力発電に使う風車など最終製品は世界で寡占化が進む。
「洋上風車というと、大きな世界シェアはやはり欧州勢が握っているんです。シーメンス(ドイツ)、ヴェスタス(デンマーク)という巨頭がいて、このほか米国にはGEがいて、中国にも2社大きいところがある。今から、日本がそうした最終製品をつくるのは結構難しいと」
木南氏はこう現状を述べながらも、「しかし、タービンの一部だとか、ギアボックス(増速機)に使う軸受けだとか、それからブレード(回転翼)は実は炭素繊維活用の可能性があって、これは日本が強いんです」と強調。
日本の産業の潜在力の掘り起こし、そして地域との共生による地域振興がかかる再生可能エネルギーへの取り組み。
未踏峰に挑戦─。学生時代は登山にも熱中した木南氏。自然と共生できるエネルギー事業
に挑戦し続ける覚悟だ。
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