「コロナ危機を受けて、長期の方向性を示すことにした」と話す、東急不動産ホールディングス社長の西川弘典氏。不動産、仲介、管理、流通に加え、再生可能エネルギーに注力するなど、幅広い事業領域を手掛ける東急不動産ホールディングスだが、そこに共通するスローガンとして掲げたのが「環境経営」と「DX」。10年先を描くビジョンを掲げた西川氏が目指す企業の姿とは──。
中計の策定を取り止め、長期ビジョンを策定
─ 2021年5月に2030年度までの長期ビジョンを発表しましたね。この狙いから聞かせて下さい。
【関連記事】東急不動産が「社内炭素税」を検討 2050年の脱炭素に向け一工夫
西川 私の社長就任とほぼ同時期にコロナ禍が襲ってきました。前年の20年度は私も策定に携わった中期経営計画の最終年度で、当初は新たな中計を策定しようと考えていましたが、コロナによって世の中がどう動くのか、全く見えない状態になってしまいました。
こうした時にグループ社員に向けて「頑張ろう」と伝えるだけでは駄目だと。私自身も目先、世の中がどう動くかわかりませんでしたが、コロナの影響で加速度的に物事が変化したとしても、10年後の2030年に目指す方向を示すことはできるだろうと考えました。そこで中計の策定を取り止めて、10年先に向けた「GROUP VISION 2030」を策定したのです。
─ このビジョンはどういうものにしたいと考えましたか。
西川 「バックキャスト」(目標となる未来を定めて、そこを起点に現在を振り返り、今何をすべきか考える発想法)で、10年後の未来がどうなっているか、みんなで議論し、考えました。
その時に、私を含め社内みんなが思ったのはDX(デジタルトランスフォーメーション)は急加速度的に進んでいくだろうということ、今後さらに環境貢献度で企業が評価されるだろうということです。
そうした変化を踏まえて「環境経営」と「DX」を長期ビジョンの大きな柱としました。
身近なところでは、今年84歳になる私の母が、ワクチンの予約を取るためにスマートフォンを使い始め、DXの進展を強く確信しました(笑)。
─ 心強い話ですね(笑)。長期ビジョンのスローガンは「WE ARE GREEN」ですが、この言葉に込めた思いは何ですか。
西川 もちろん、環境経営のイメージであるグリーンという意味はありますが、もう一つは当社のコーポレートカラーでもあります。
東急グループでは交通系の事業はレッド、開発系の事業がグリーンを使っています。環境経営、DXに向けて突き進む姿を象徴的にグリーンという色で表現することにしました。
このスローガンが決まる前、私の思いを社外取締役の皆さんに説明をしていたのですが、思うように伝わりきりませんでした。しかし、「WE ARE GREEN」というスローガンを付けて改めてお伝えしたところ、「いいね」と言っていただけるようになりました。言葉の持つ力を実感した出来事です。
─ この「WE」という言葉には顧客と共に歩むという響きも感じられますね。
西川 そうですね。元々はグループ3万5千人の従業員という意識でしたが、環境に対してはお客さまも同じ思いをお持ちだと思いますね。
私はお客さまも含め、全てのステークホルダーと共にという考えを持っています。当社はお客さま、地域、従業員、取引先・パートナー、株主・投資家をステークホルダーとしてきましたが、この長期ビジョン策定を機に6番目として「未来社会」を追加しました。
それによって対外的に、未来志向で、サステナブルな社会を目指す会社だということを表明すると共に、社員に対しても将来を意識しようというメッセージを送りました。
─ 具体的な事業では、太陽光発電に取り組んでいますね。
西川 ええ。当社の昨年末時点の発電所の定格容量(発電能力)は1145メガワットに達しています。天候や安定性の問題は考慮する必要はありますが、この容量は原子力発電所1基分(1000メガワット=100万キロワット)、一般家庭約37万世帯分の電力量に相当します。
再生可能エネルギー事業における当社の強みは、様々な地域で開発を手掛けてきた経験です。田園都市線沿線開発や、千葉県千葉市の「あすみが丘」開発など、地元の方々の意見をまとめて許認可を取り、行政のご協力を得てインフラを整えるという仕事で培ったノウハウが活きているんです。
─ 環境経営に関連して、ESG(環境・社会・ガバナンス)債の発行も進めていますね。
西川 今回の長期ビジョンに合わせて、ESG債の長期発行に関する方針「”WE ARE GREEN”ボンドポリシー」を設定し、発行する社債に占める2030年度のESG債の発行比率を70%以上とすることにしました。
この10月には温暖化対策などの目標と発行条件を連動させる「サステナビリティー・リンク・ボンド(SLB)」で100億円の10年債を発行します。金融機関の皆さんも、特に環境・社会に関連する資金調達への支援姿勢が強いですから、環境経営を志向する当社としては非常にありがたい流れです。
─ 社内の意識改革も進んでいますか。
西川 そうですね。環境・社会に関する事業がコスト負担につながるという発想ではなく、実際に再生可能エネルギーなどはマネタイズできていますから、ビジネスチャンスだと捉える意識が浸透してきています。
積極的に社会貢献をすることと、自分たちの事業の発展を同時に追うことができるという意識は、グループ社員の多くが持ってくれていると思います。
地域の発展なくしてデベロッパーなし
─ ところで、西川さんが大学卒業時に東急不動産を志望した理由は何でしたか。
西川 形に残る仕事をしたいと考えており、デベロッパーが志を持って入ることができる会社ではないかと思いました。その中でも東急不動産には自由なイメージがありましたね。
─ 最初の配属は?
西川 研修で3カ月間、仲介営業に取り組みました。どうやったら高額な住宅を買っていただけるかを試行錯誤しましたが、最後に購入のご登録をいただけて嬉しかったことを覚えています。わかりやすくお伝えすることの重要性を学びました。
─ その後リゾート用地の買収に携わったそうですが、どんなことを学びましたか。
西川 開発の大義名分、社会的意義の重要性です。長期ビジョンの話にもつながりますが、日本に昔からある「三方よし」のような考え方を社員にどう持ってもらうかを考える時の原点が、この用地買収にあります。
「地域の発展なくしてデベロッパーなし」だということを真剣に思わなければ伝わらないということです。これは地方でも、東京の渋谷でも同じです。
変化はチャンスにつながる
─ 改めて、西川さんが就任と同時に直面したコロナ禍ですが、どう捉えてきましたか。
西川 コロナ禍を受け、この先、何を基準に、どういう方向に会社のカジを切っていけばいいのかについて深く考えました。
ただ、医療関係者や危機管理の関係者など様々な方に話を聞く中で、感染症は必ず収束するものだという認識を持つことができました。そこで先程申し上げたように2、3年ではなく10年先を見るという長期ビジョン策定につながったのです。
逆に、こうした危機はビジネスチャンスだと思いましたし、社員にも伝えました。世の中で起きる大きな変化は、必ずビジネスチャンスにつながります。変化をよく見て、チャンスを逃さないようにしようと繰り返し社内に訴えてきました。
─ オフィス事業ですが、ポストコロナを睨んだ見通しを聞かせて下さい。
西川 我々が本拠を置く渋谷はIT企業が集積しており、我々のテナントにも多いのですが、環境が整っていることもあり、コロナ禍の中で真っ先にテレワークに入りました。
オフィス契約を解約するという話につながるのではないか? と一瞬思いましたが、すぐに「そうはならないだろう」という考えに切り替わりました。
─ この理由は何ですか。
西川 渋谷再開発にあたり、米国のITプラットフォーマー「GAFA」のオフィスを見せてもらいました。彼らは効率的な会社運営に向けてテレワークを導入してはいましたが、実はセンターオフィスの重要性も併せて認識していました。
新しいものを生み出すには、みんなでコミュニケーション、議論をしていかないとブレイクスルーはできないというのが彼らの話でした。ですからGAFAのオフィスは非常にコミュニケーションを取りやすいデザインになっていました。
コロナ禍で、この経験を思い出したのです。テレワークは導入されても、日本には仕事の進め方として上司に少しずつ相談しながら進める「ちょっといいですか文化」があります。これはテレワークだけでは難しい。
実際、昨年秋頃には当社のメインテナントさんは軒並みオフィスに戻ってこられました。テレワークができたのは、それまでの「コミュニケーション貯金」があったからだと。やはりコミュニケーションを取りやすいオフィスで働かないと、会社がおかしくなってしまうとおっしゃっていました。
ですから、当社のオフィス事業は稼働率、賃料ともに大きな変動はありませんでした。一時、渋谷区のオフィス空室率が上がったと言われましたが、渋谷区のオフィス面積は港区の半分ほどしかなく、大きなテナントの動きで空室率が跳ね上がりやすい構造になっているんです。
─ リアルの重要性を再認識したということですね。
西川 そう思います。我々も先程の長期ビジョンの議論は、フェイス・トゥ・フェイスでないとできなかったと思います。
オフィスでは「センターオフィス」と「サテライトオフィス」という考え方が必要だと思います。センターオフィスはGAFAのようにコミュニケーションが取りやすく、社員がそこに行って働きたいと思える場所であることが大事ですし、働き方の多様性を事業に組み込んでいくためにはサテライトオフィスやワーケーションなども必要になります。
─ 最近、東急不動産が開発を手掛けた象徴的なオフィスが「東京ポートシティ竹芝」だと思いますが、どういう狙いで開発しましたか。
西川 全棟をソフトバンクグループさんに借りていただきましたので、我々もエリア一帯でスマートシティづくりに取り組むことができると考えました。
今、交通システムも含めて、新しい街のあり方を研究していますから、そこで得た知見は今後の渋谷再開発でも活かしていきたいと思います。
竹芝周辺は、かつては倉庫や東京都の施設が立ち並ぶ場所でしたが、都が国際的ビジネス拠点を整備する狙いで、民間企業を募集し、当社と鹿島さんのグループが選ばれました。
都からの要請もあって、JR浜松町駅前から、首都高速道路の高架をまたいだ歩行者デッキも整備することができました。担当者も様々な調整を頑張ってくれました。
─ 近く竣工する再開発にはどういうものがありますか。
西川 直近では「渋谷駅桜丘口地区第一種市街地再開発事業」があります。オフィス、商業施設、住居が入る複合開発で竣工は23年度を予定しています。
他にも、登録有形文化財建造物である旧九段会館を一部保存しながら建て替える「(仮称)九段南一丁目プロジェクト」が22年7月竣工を予定しています。
─ 西川さんはリゾート開発の経験が長いですが、現状はどうなっていますか。
西川 実は当社の会員制リゾートホテル「東急ハーヴェストクラブ」の会員権は順調に販売できています。富裕層の行動はコロナ禍でも大きく変わっていないことが要因です。
また、以前はインバウンド(訪日外国人客)で埋まっていた当社のニセコ、沖縄、京都ですが、今は海外に行かなくなった日本人のお客さまで埋まっています。
コロナ禍の影響もあり、長期ビジョンのなかで「ライフスタイル創造3.0」として提唱してきた生活シーンの融合が、想定よりも早く進んでいると感じます。テレワークが普及し、多様な働き方が一般的になりました。働き方の多様化は、すなわち生活の多様化です。仕事と休暇を組み合わせたワーケーションやマルチハビテーションなど、生活シーンが融合した暮らし方は、今後さらに広がるものと考えています。
私たちは、住まい方・働き方・過ごし方のそれぞれで多彩なソリューションを持つ事業ウイングの広さを持っています。それに全社方針である環境経営・DXをかけ合わせ、これからの時代にふさわしい新しいライフスタイルを積極的に提案していき、成長を加速したいと考えています。
にしかわ・ひろのり
1958年11月北海道生まれ。82年慶應義塾大学経済学部卒業後、東急不動産入社。2014年取締役専務執行役員、16年東急不動産ホールディングス取締役専務執行役員、19年代表取締役上級執行役員副社長、20年4月代表取締役社長社長執行役員。
【関連記事】コロナの影響少ない東急ステイが示す、ホテルの「次のコンセプト」
中計の策定を取り止め、長期ビジョンを策定
─ 2021年5月に2030年度までの長期ビジョンを発表しましたね。この狙いから聞かせて下さい。
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西川 私の社長就任とほぼ同時期にコロナ禍が襲ってきました。前年の20年度は私も策定に携わった中期経営計画の最終年度で、当初は新たな中計を策定しようと考えていましたが、コロナによって世の中がどう動くのか、全く見えない状態になってしまいました。
こうした時にグループ社員に向けて「頑張ろう」と伝えるだけでは駄目だと。私自身も目先、世の中がどう動くかわかりませんでしたが、コロナの影響で加速度的に物事が変化したとしても、10年後の2030年に目指す方向を示すことはできるだろうと考えました。そこで中計の策定を取り止めて、10年先に向けた「GROUP VISION 2030」を策定したのです。
─ このビジョンはどういうものにしたいと考えましたか。
西川 「バックキャスト」(目標となる未来を定めて、そこを起点に現在を振り返り、今何をすべきか考える発想法)で、10年後の未来がどうなっているか、みんなで議論し、考えました。
その時に、私を含め社内みんなが思ったのはDX(デジタルトランスフォーメーション)は急加速度的に進んでいくだろうということ、今後さらに環境貢献度で企業が評価されるだろうということです。
そうした変化を踏まえて「環境経営」と「DX」を長期ビジョンの大きな柱としました。
身近なところでは、今年84歳になる私の母が、ワクチンの予約を取るためにスマートフォンを使い始め、DXの進展を強く確信しました(笑)。
─ 心強い話ですね(笑)。長期ビジョンのスローガンは「WE ARE GREEN」ですが、この言葉に込めた思いは何ですか。
西川 もちろん、環境経営のイメージであるグリーンという意味はありますが、もう一つは当社のコーポレートカラーでもあります。
東急グループでは交通系の事業はレッド、開発系の事業がグリーンを使っています。環境経営、DXに向けて突き進む姿を象徴的にグリーンという色で表現することにしました。
このスローガンが決まる前、私の思いを社外取締役の皆さんに説明をしていたのですが、思うように伝わりきりませんでした。しかし、「WE ARE GREEN」というスローガンを付けて改めてお伝えしたところ、「いいね」と言っていただけるようになりました。言葉の持つ力を実感した出来事です。
─ この「WE」という言葉には顧客と共に歩むという響きも感じられますね。
西川 そうですね。元々はグループ3万5千人の従業員という意識でしたが、環境に対してはお客さまも同じ思いをお持ちだと思いますね。
私はお客さまも含め、全てのステークホルダーと共にという考えを持っています。当社はお客さま、地域、従業員、取引先・パートナー、株主・投資家をステークホルダーとしてきましたが、この長期ビジョン策定を機に6番目として「未来社会」を追加しました。
それによって対外的に、未来志向で、サステナブルな社会を目指す会社だということを表明すると共に、社員に対しても将来を意識しようというメッセージを送りました。
─ 具体的な事業では、太陽光発電に取り組んでいますね。
西川 ええ。当社の昨年末時点の発電所の定格容量(発電能力)は1145メガワットに達しています。天候や安定性の問題は考慮する必要はありますが、この容量は原子力発電所1基分(1000メガワット=100万キロワット)、一般家庭約37万世帯分の電力量に相当します。
再生可能エネルギー事業における当社の強みは、様々な地域で開発を手掛けてきた経験です。田園都市線沿線開発や、千葉県千葉市の「あすみが丘」開発など、地元の方々の意見をまとめて許認可を取り、行政のご協力を得てインフラを整えるという仕事で培ったノウハウが活きているんです。
─ 環境経営に関連して、ESG(環境・社会・ガバナンス)債の発行も進めていますね。
西川 今回の長期ビジョンに合わせて、ESG債の長期発行に関する方針「”WE ARE GREEN”ボンドポリシー」を設定し、発行する社債に占める2030年度のESG債の発行比率を70%以上とすることにしました。
この10月には温暖化対策などの目標と発行条件を連動させる「サステナビリティー・リンク・ボンド(SLB)」で100億円の10年債を発行します。金融機関の皆さんも、特に環境・社会に関連する資金調達への支援姿勢が強いですから、環境経営を志向する当社としては非常にありがたい流れです。
─ 社内の意識改革も進んでいますか。
西川 そうですね。環境・社会に関する事業がコスト負担につながるという発想ではなく、実際に再生可能エネルギーなどはマネタイズできていますから、ビジネスチャンスだと捉える意識が浸透してきています。
積極的に社会貢献をすることと、自分たちの事業の発展を同時に追うことができるという意識は、グループ社員の多くが持ってくれていると思います。
地域の発展なくしてデベロッパーなし
─ ところで、西川さんが大学卒業時に東急不動産を志望した理由は何でしたか。
西川 形に残る仕事をしたいと考えており、デベロッパーが志を持って入ることができる会社ではないかと思いました。その中でも東急不動産には自由なイメージがありましたね。
─ 最初の配属は?
西川 研修で3カ月間、仲介営業に取り組みました。どうやったら高額な住宅を買っていただけるかを試行錯誤しましたが、最後に購入のご登録をいただけて嬉しかったことを覚えています。わかりやすくお伝えすることの重要性を学びました。
─ その後リゾート用地の買収に携わったそうですが、どんなことを学びましたか。
西川 開発の大義名分、社会的意義の重要性です。長期ビジョンの話にもつながりますが、日本に昔からある「三方よし」のような考え方を社員にどう持ってもらうかを考える時の原点が、この用地買収にあります。
「地域の発展なくしてデベロッパーなし」だということを真剣に思わなければ伝わらないということです。これは地方でも、東京の渋谷でも同じです。
変化はチャンスにつながる
─ 改めて、西川さんが就任と同時に直面したコロナ禍ですが、どう捉えてきましたか。
西川 コロナ禍を受け、この先、何を基準に、どういう方向に会社のカジを切っていけばいいのかについて深く考えました。
ただ、医療関係者や危機管理の関係者など様々な方に話を聞く中で、感染症は必ず収束するものだという認識を持つことができました。そこで先程申し上げたように2、3年ではなく10年先を見るという長期ビジョン策定につながったのです。
逆に、こうした危機はビジネスチャンスだと思いましたし、社員にも伝えました。世の中で起きる大きな変化は、必ずビジネスチャンスにつながります。変化をよく見て、チャンスを逃さないようにしようと繰り返し社内に訴えてきました。
─ オフィス事業ですが、ポストコロナを睨んだ見通しを聞かせて下さい。
西川 我々が本拠を置く渋谷はIT企業が集積しており、我々のテナントにも多いのですが、環境が整っていることもあり、コロナ禍の中で真っ先にテレワークに入りました。
オフィス契約を解約するという話につながるのではないか? と一瞬思いましたが、すぐに「そうはならないだろう」という考えに切り替わりました。
─ この理由は何ですか。
西川 渋谷再開発にあたり、米国のITプラットフォーマー「GAFA」のオフィスを見せてもらいました。彼らは効率的な会社運営に向けてテレワークを導入してはいましたが、実はセンターオフィスの重要性も併せて認識していました。
新しいものを生み出すには、みんなでコミュニケーション、議論をしていかないとブレイクスルーはできないというのが彼らの話でした。ですからGAFAのオフィスは非常にコミュニケーションを取りやすいデザインになっていました。
コロナ禍で、この経験を思い出したのです。テレワークは導入されても、日本には仕事の進め方として上司に少しずつ相談しながら進める「ちょっといいですか文化」があります。これはテレワークだけでは難しい。
実際、昨年秋頃には当社のメインテナントさんは軒並みオフィスに戻ってこられました。テレワークができたのは、それまでの「コミュニケーション貯金」があったからだと。やはりコミュニケーションを取りやすいオフィスで働かないと、会社がおかしくなってしまうとおっしゃっていました。
ですから、当社のオフィス事業は稼働率、賃料ともに大きな変動はありませんでした。一時、渋谷区のオフィス空室率が上がったと言われましたが、渋谷区のオフィス面積は港区の半分ほどしかなく、大きなテナントの動きで空室率が跳ね上がりやすい構造になっているんです。
─ リアルの重要性を再認識したということですね。
西川 そう思います。我々も先程の長期ビジョンの議論は、フェイス・トゥ・フェイスでないとできなかったと思います。
オフィスでは「センターオフィス」と「サテライトオフィス」という考え方が必要だと思います。センターオフィスはGAFAのようにコミュニケーションが取りやすく、社員がそこに行って働きたいと思える場所であることが大事ですし、働き方の多様性を事業に組み込んでいくためにはサテライトオフィスやワーケーションなども必要になります。
─ 最近、東急不動産が開発を手掛けた象徴的なオフィスが「東京ポートシティ竹芝」だと思いますが、どういう狙いで開発しましたか。
西川 全棟をソフトバンクグループさんに借りていただきましたので、我々もエリア一帯でスマートシティづくりに取り組むことができると考えました。
今、交通システムも含めて、新しい街のあり方を研究していますから、そこで得た知見は今後の渋谷再開発でも活かしていきたいと思います。
竹芝周辺は、かつては倉庫や東京都の施設が立ち並ぶ場所でしたが、都が国際的ビジネス拠点を整備する狙いで、民間企業を募集し、当社と鹿島さんのグループが選ばれました。
都からの要請もあって、JR浜松町駅前から、首都高速道路の高架をまたいだ歩行者デッキも整備することができました。担当者も様々な調整を頑張ってくれました。
─ 近く竣工する再開発にはどういうものがありますか。
西川 直近では「渋谷駅桜丘口地区第一種市街地再開発事業」があります。オフィス、商業施設、住居が入る複合開発で竣工は23年度を予定しています。
他にも、登録有形文化財建造物である旧九段会館を一部保存しながら建て替える「(仮称)九段南一丁目プロジェクト」が22年7月竣工を予定しています。
─ 西川さんはリゾート開発の経験が長いですが、現状はどうなっていますか。
西川 実は当社の会員制リゾートホテル「東急ハーヴェストクラブ」の会員権は順調に販売できています。富裕層の行動はコロナ禍でも大きく変わっていないことが要因です。
また、以前はインバウンド(訪日外国人客)で埋まっていた当社のニセコ、沖縄、京都ですが、今は海外に行かなくなった日本人のお客さまで埋まっています。
コロナ禍の影響もあり、長期ビジョンのなかで「ライフスタイル創造3.0」として提唱してきた生活シーンの融合が、想定よりも早く進んでいると感じます。テレワークが普及し、多様な働き方が一般的になりました。働き方の多様化は、すなわち生活の多様化です。仕事と休暇を組み合わせたワーケーションやマルチハビテーションなど、生活シーンが融合した暮らし方は、今後さらに広がるものと考えています。
私たちは、住まい方・働き方・過ごし方のそれぞれで多彩なソリューションを持つ事業ウイングの広さを持っています。それに全社方針である環境経営・DXをかけ合わせ、これからの時代にふさわしい新しいライフスタイルを積極的に提案していき、成長を加速したいと考えています。
にしかわ・ひろのり
1958年11月北海道生まれ。82年慶應義塾大学経済学部卒業後、東急不動産入社。2014年取締役専務執行役員、16年東急不動産ホールディングス取締役専務執行役員、19年代表取締役上級執行役員副社長、20年4月代表取締役社長社長執行役員。
【関連記事】コロナの影響少ない東急ステイが示す、ホテルの「次のコンセプト」