「前政権から引き継ぐ部分、そうでない部分をはっきりさせる必要がある」と指摘する、三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長の竹森俊平氏。政府の経済財政諮問会議、コロナ対策の基本的対処方針等諮問委員会にも関わってきた竹森氏は、脱炭素、デジタル化など、菅政権が打ち出した課題を継続するか、岸田政権の明確な発信がなければ民間企業の投資にも影響が及ぶと指摘。「成長と分配」を掲げる岸田政権の経済政策のポイントとは。
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感染が収まることが経済再開につながる
─ 竹森さんは政府に新型コロナウイルス対策の提言をする「基本的対処方針等諮問委員会」の委員を務めていますね。コロナ禍は収束の兆しを見せていますが、まだ緊張感が求められると思います。改めて、感染抑制と経済活動の両立をどう図るべきだと考えますか。
竹森 日本政府はコロナについて、リバウンドに気をつけながら感染対策に取り組んでいます。リバウンドがないとは言い切れませんが、足元では感染が抑えられている状態です。
いろいろな要素がありますが、冬は気温が低く、空気が乾燥するなど感染症が広がりやすい季節です。一方、11月初旬段階でワクチン接種は国民全体の7割に達するかどうかという見通しです。接種率が7割に達すれば状況が変わってくるというのは、諸外国を見ていても明らかです。
感染抑制と経済活動の両立について、取り組んでみてわかったことは、感染が収まらないと経済の再開もないということです。飲食店の方々と話しても「お酒を出せるのはありがたいが、これでまた感染が拡大しても……」と心配しておられます。
感染が収まれば経済も再開できるということです。ですから感染抑制と経済再開は対立した問題とは考えていません。
─ 足元の状況を見ると収束の方向に向かっているように見えますが、第6波が来ることも想定した方がいいと?
竹森 先日、分科会でも話が出たのですが、シンガポールのワクチン接種は8割に達しており、経済再開に踏み切ったら感染が拡大したという事例があります。ですから、今の日本のように段階的に進めていくことが賢明ではないかと思います。
─ 状況を見極めながら進めていくことが大事だということですね。改めて、岸田文雄政権ですが、「新しい資本主義」を掲げ「成長と分配」策を進めると言っています。新政権の経済政策の打ち出し方をどう見ていますか。
竹森 「新しい資本主義」については、解散総選挙、年末の予算編成がありますから、少なくとも2カ月は「実装」することは困難に思えます。
一方、菅義偉政権の時に、はっきり方向性を打ち出した政策があります。第1に「デジタル庁」設立に代表される日本のデジタル化推進です。地方自治体の情報システムの統一も打ち出しています。
第2に「脱炭素」に向けて大きく踏み出したことです。特に再生可能エネルギーの比率を2030年までに高めることを謳いました。岸田政権が本当にこれらの政策を実行するのかどうかは、民間企業にとって大変な心配事です。例えば本格的に脱炭素化が進み、炭素排出に対してペナルティがかかる可能性を見据えて投資を考えている企業も多いと思います。
ですから、前政権が公約したことについて、そのまま進めるのか、進めないのかについてははっきりさせる必要があるだろうと思います。
─ 政権としての意思を示す必要があるということですね。
竹森 ええ。この政策の継続が岸田首相のメッセージに含まれているのか、いないのかがわかりにくいところがあります。また、選挙を考えて「分配」を強調しているのかもしれませんが、分配にもいろいろあります。
例えば、定額給付金を配るというのは一時的なことですが、金融所得に対する課税を強化するとなると長期のことになります。これは国民が金融資産を、どう積み立てていくかという行動に影響します。
岸田首相は金融所得課税の見直しについて「当面触れない」としていますが、いつかは出てくる議論なのかもしれません。ただ私は、多くの国民にとって株式投資など長期的な資産形成が必要だと考えています。国民の資産形成を阻害しないような政策を取ることを十分考慮すべきだと思います。
─ 岸田首相は当初、格差是正の観点で金融所得課税の強化を打ち出していましたが、やるのであれば一般層を考慮したものにする必要があると。
竹森 今、長寿命化が進む中で老後にどう備えるかということが深刻な問題になっています。「老後2000万円問題」も記憶に新しいところです。金融所得課税は、この資産形成にも影響を及ぼすものですから、国民に警戒を与えないような政策を明示することが重要です。
世界的エネルギー不足、インフレ懸念の中で
─ 先ほど、再生可能エネルギーのお話がありましたが、足元では世界的なエネルギー不足が起きており、原油価格も高騰しています。この問題をどう考えますか。
竹森 長期の問題と短期の問題があると思っています。欧米ではインフレ懸念も出ていますが、これまではコロナ禍もあって消費の機会がなく、需要が出ていなかったわけです。
経済活動が戻るにつれ、消費者は手元にあるお金を使い始めるわけですが、消費が急激に大きくなった時に供給できるだけの余力がなかった。それでエネルギー価格は上がり、半導体の不足も起きています。
ただ、これは徐々に落ち着いていくだろうと見ています。こうした動きの中で、「インフレだから」と金利を上げる中央銀行、「いや、そこまでする必要はない」とする中央銀行など判断は分かれてくるでしょう。しかしこれは長期的なエネルギーの問題とは別の話です。
─ 脱炭素の問題とは別だということですね。
竹森 2030年というのは、そんなに先の話ではありません。もし、脱炭素化に踏み切り、太陽光発電や洋上風力発電を大々的に推進していくということであれば、ある程度スケールを持って取り組む必要があります。
例えば、洋上風力でいうと、秋田県では1基あたり3メガワットのタービンを計画していますが、参画企業1社あたり200基建てなければ、コストは十分に下がりません。
さらに、先ほどもお話したように、政府が「推進する」とはっきり言わなければ、企業はそのための投資もできません。はっきりとしたコミットメントが必要だということです。
─ 太陽光パネルは中国、洋上風力の設備は北欧と、再生可能エネルギーの機器は海外に依存している現状がありますね。
竹森 確かにそうですね。ただ、例えば風力について、国内勢の日立製作所は撤退しましたが、戻ってこられる状態にあると聞いています。
安全保障面を考えたら、再生可能エネルギーに取り組むにあたっては、協力者が欧州企業ということもあり、洋上風力の方が安全ではないかと見ています。
─ 欧州、EU(欧州連合)各国は日本のパートナーとして信頼すべき相手だということは言えますか。
竹森 今回、なぜ世界が脱炭素に向けて動いているかというと、欧州が海外からの輸入品に対して「国境調整税」を課そうとしているからです。脱炭素化が進まない国からの輸入品に、炭素の排出量を計算して課税する政策、つまり炭素税の国際版を用意しているわけです。
この欧州の脱炭素が「台風の目」になっているわけです。欧州は、これをとにかく推進する方向で動いていますから、日本は何らかの対応を取らざるを得ないというのが現状です。
─ 米中対立もある中ですが、世界でGDP(国内総生産)2位という位置にある中国との関係をどう考えますか。
竹森 基本・経済は経済の問題として、取引を進めるべきだと思いますが、中国との間で安全保障上の問題が起こったら、日本単独で対抗するのは難しい。そのために米国、欧州と共同歩調を取っていく必要がある。
また、中国に対して、「これは認めるが、これは認めない」という形の根本ルールのようなものを米国、欧州と相談して決めていく。豪州の例を見ても、日本1国だと中国に叩かれる恐れがあります。
豪州の例は不思議で、中国は豪州産の石炭の輸入を禁止したわけですが、そのせいで今、中国では石炭が不足して困っているのです。
─ いずれにせよ、中国と1対1で対峙することのないようにする必要があると。足元で日本、米国、豪州、インドの4カ国による外交・安全保障の協力体制「Quad」(クアッド)がありますが、これは一つの方策と言えますか。
竹森 そうですね。ただ、米バイデン政権は最初から4カ国体制に前向きで、豪州も同様の姿勢でしたが、要となってくれることを期待していたインドが思った通りには動いてくれていないのが現状です。
例えばワクチン外交でも、インドにワクチンを製造してもらい、米国や欧州、日本が後ろについて、世界に配るというような構想もありましたが、インドで感染大爆発が起きてインド製ワクチンが使えないのです。
その間に中国がワクチンをラテンアメリカ、アジアに配布していって、中国のワクチンは国際標準だという既成事実をつくってしまった。ワクチン外交はうまく行っていません。
─ ワクチンに関して言えば、日本はまだ国産のコロナワクチンを持てていません。塩野義製薬のワクチンは来年にも投入される見通しですが、なぜ日本ではいち早く国産ワクチンがつくれなかったのか。
竹森 日本では1980年頃から、ワクチンの副作用問題や薬害エイズ問題などをマスコミが大きく取り上げて、バッシングしていった結果だと思います。
私が子供の頃にはワクチンの接種義務がありましたが、ワクチンの普及によって感染症が減り、保健所は縮小していきました。そしてワクチンは、より一層副作用を重く見て、認証が遅れていきました。
今回のコロナ禍では、ワクチン接種が1カ月早ければ、東京オリンピック・パラリンピックが有観客で開催できたなど、いろいろなことが全く違う展開になっていたでしょうし、国民感情も一丸になることができていたのではないかと思います。
日本は平時から「司令塔」づくりを
─ 菅前政権はデジタル庁を設置しましたが、日本のデジタル化の課題をどう見ますか。
竹森 今、足元ではワクチンの接種証明をデジタル化し、スマートフォンのアプリに入れるという話が出ています。
しかし、接種証明には内閣府、デジタル庁、厚生労働省のもの、経済産業省、厚労省、海外渡航新型コロナウイルス検査センター(TeCOT)のもの、厚労省による入国者健康居所確認アプリの3つがあるんです。
これらを統一しなければ、国際的に統合をしていく時に、海外から「日本は一体どことつなげればいいのか」と言われてしまいます。従来はデジタル庁で統合するという話になっていましたが、次の大臣がきちんと引き継いでくれるかが問題です。
こういうことを見ても、政権の引き継ぎは非常に重要です。新しい方針を打ち出すことはもちろん大事ですが、前政権とつながるところはつながるということを、きちんと確認いただきたいと思います。
これはワクチンを例にして申し上げましたが、こうした問題はあらゆるところにあります。デジタル化となったら、各省庁が予算を取って好きなようにやろうとしてしまう。これが日本のデジタル化の大きな問題です。
─ これは日本の体質と言っていいでしょうか。
竹森 そうですね。コロナ禍で司令塔不在が言われましたが、危機時だけの問題ではなく、日常的に統合的な仕組みはできていなかったのだろうと思います。
─ 改めて「成長と分配」の分配を考える時に気を付けるべきことはなんでしょうか。
竹森 今までも考えられてきたことですが、例えば「同一賃金同一労働」も企業収益をできる限り労働者に分配するという考え方です。同時に非正規雇用の方々が不当に低い賃金をもらっているとしたら、これを是正するというのも分配です。
ただ、税の仕組みを変えて累進性を高くするということになると新しい次元に入ります。ここでマイナス面は出てこないか、政治的、国民的合意が得られるかということが問題になります。
岸田首相は「聞く力」が高いと言われますが、政策でいずれの案かを選んだ時に、ご自身が決断をした経緯をきちんと国民に説明することが大事になってくると思います。
たけもり・しゅんぺい
1956年3月東京都生まれ。81年慶應義塾大学経済学部卒業、86年同大学院経済学研究科修了、同年同大学経済学部助手、89年ロチェスター大学(米国)経済学博士号取得、同年慶應義塾大学経済学部助教授、97年同大学経済学部教授、21年5月三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長に就任。
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感染が収まることが経済再開につながる
─ 竹森さんは政府に新型コロナウイルス対策の提言をする「基本的対処方針等諮問委員会」の委員を務めていますね。コロナ禍は収束の兆しを見せていますが、まだ緊張感が求められると思います。改めて、感染抑制と経済活動の両立をどう図るべきだと考えますか。
竹森 日本政府はコロナについて、リバウンドに気をつけながら感染対策に取り組んでいます。リバウンドがないとは言い切れませんが、足元では感染が抑えられている状態です。
いろいろな要素がありますが、冬は気温が低く、空気が乾燥するなど感染症が広がりやすい季節です。一方、11月初旬段階でワクチン接種は国民全体の7割に達するかどうかという見通しです。接種率が7割に達すれば状況が変わってくるというのは、諸外国を見ていても明らかです。
感染抑制と経済活動の両立について、取り組んでみてわかったことは、感染が収まらないと経済の再開もないということです。飲食店の方々と話しても「お酒を出せるのはありがたいが、これでまた感染が拡大しても……」と心配しておられます。
感染が収まれば経済も再開できるということです。ですから感染抑制と経済再開は対立した問題とは考えていません。
─ 足元の状況を見ると収束の方向に向かっているように見えますが、第6波が来ることも想定した方がいいと?
竹森 先日、分科会でも話が出たのですが、シンガポールのワクチン接種は8割に達しており、経済再開に踏み切ったら感染が拡大したという事例があります。ですから、今の日本のように段階的に進めていくことが賢明ではないかと思います。
─ 状況を見極めながら進めていくことが大事だということですね。改めて、岸田文雄政権ですが、「新しい資本主義」を掲げ「成長と分配」策を進めると言っています。新政権の経済政策の打ち出し方をどう見ていますか。
竹森 「新しい資本主義」については、解散総選挙、年末の予算編成がありますから、少なくとも2カ月は「実装」することは困難に思えます。
一方、菅義偉政権の時に、はっきり方向性を打ち出した政策があります。第1に「デジタル庁」設立に代表される日本のデジタル化推進です。地方自治体の情報システムの統一も打ち出しています。
第2に「脱炭素」に向けて大きく踏み出したことです。特に再生可能エネルギーの比率を2030年までに高めることを謳いました。岸田政権が本当にこれらの政策を実行するのかどうかは、民間企業にとって大変な心配事です。例えば本格的に脱炭素化が進み、炭素排出に対してペナルティがかかる可能性を見据えて投資を考えている企業も多いと思います。
ですから、前政権が公約したことについて、そのまま進めるのか、進めないのかについてははっきりさせる必要があるだろうと思います。
─ 政権としての意思を示す必要があるということですね。
竹森 ええ。この政策の継続が岸田首相のメッセージに含まれているのか、いないのかがわかりにくいところがあります。また、選挙を考えて「分配」を強調しているのかもしれませんが、分配にもいろいろあります。
例えば、定額給付金を配るというのは一時的なことですが、金融所得に対する課税を強化するとなると長期のことになります。これは国民が金融資産を、どう積み立てていくかという行動に影響します。
岸田首相は金融所得課税の見直しについて「当面触れない」としていますが、いつかは出てくる議論なのかもしれません。ただ私は、多くの国民にとって株式投資など長期的な資産形成が必要だと考えています。国民の資産形成を阻害しないような政策を取ることを十分考慮すべきだと思います。
─ 岸田首相は当初、格差是正の観点で金融所得課税の強化を打ち出していましたが、やるのであれば一般層を考慮したものにする必要があると。
竹森 今、長寿命化が進む中で老後にどう備えるかということが深刻な問題になっています。「老後2000万円問題」も記憶に新しいところです。金融所得課税は、この資産形成にも影響を及ぼすものですから、国民に警戒を与えないような政策を明示することが重要です。
世界的エネルギー不足、インフレ懸念の中で
─ 先ほど、再生可能エネルギーのお話がありましたが、足元では世界的なエネルギー不足が起きており、原油価格も高騰しています。この問題をどう考えますか。
竹森 長期の問題と短期の問題があると思っています。欧米ではインフレ懸念も出ていますが、これまではコロナ禍もあって消費の機会がなく、需要が出ていなかったわけです。
経済活動が戻るにつれ、消費者は手元にあるお金を使い始めるわけですが、消費が急激に大きくなった時に供給できるだけの余力がなかった。それでエネルギー価格は上がり、半導体の不足も起きています。
ただ、これは徐々に落ち着いていくだろうと見ています。こうした動きの中で、「インフレだから」と金利を上げる中央銀行、「いや、そこまでする必要はない」とする中央銀行など判断は分かれてくるでしょう。しかしこれは長期的なエネルギーの問題とは別の話です。
─ 脱炭素の問題とは別だということですね。
竹森 2030年というのは、そんなに先の話ではありません。もし、脱炭素化に踏み切り、太陽光発電や洋上風力発電を大々的に推進していくということであれば、ある程度スケールを持って取り組む必要があります。
例えば、洋上風力でいうと、秋田県では1基あたり3メガワットのタービンを計画していますが、参画企業1社あたり200基建てなければ、コストは十分に下がりません。
さらに、先ほどもお話したように、政府が「推進する」とはっきり言わなければ、企業はそのための投資もできません。はっきりとしたコミットメントが必要だということです。
─ 太陽光パネルは中国、洋上風力の設備は北欧と、再生可能エネルギーの機器は海外に依存している現状がありますね。
竹森 確かにそうですね。ただ、例えば風力について、国内勢の日立製作所は撤退しましたが、戻ってこられる状態にあると聞いています。
安全保障面を考えたら、再生可能エネルギーに取り組むにあたっては、協力者が欧州企業ということもあり、洋上風力の方が安全ではないかと見ています。
─ 欧州、EU(欧州連合)各国は日本のパートナーとして信頼すべき相手だということは言えますか。
竹森 今回、なぜ世界が脱炭素に向けて動いているかというと、欧州が海外からの輸入品に対して「国境調整税」を課そうとしているからです。脱炭素化が進まない国からの輸入品に、炭素の排出量を計算して課税する政策、つまり炭素税の国際版を用意しているわけです。
この欧州の脱炭素が「台風の目」になっているわけです。欧州は、これをとにかく推進する方向で動いていますから、日本は何らかの対応を取らざるを得ないというのが現状です。
─ 米中対立もある中ですが、世界でGDP(国内総生産)2位という位置にある中国との関係をどう考えますか。
竹森 基本・経済は経済の問題として、取引を進めるべきだと思いますが、中国との間で安全保障上の問題が起こったら、日本単独で対抗するのは難しい。そのために米国、欧州と共同歩調を取っていく必要がある。
また、中国に対して、「これは認めるが、これは認めない」という形の根本ルールのようなものを米国、欧州と相談して決めていく。豪州の例を見ても、日本1国だと中国に叩かれる恐れがあります。
豪州の例は不思議で、中国は豪州産の石炭の輸入を禁止したわけですが、そのせいで今、中国では石炭が不足して困っているのです。
─ いずれにせよ、中国と1対1で対峙することのないようにする必要があると。足元で日本、米国、豪州、インドの4カ国による外交・安全保障の協力体制「Quad」(クアッド)がありますが、これは一つの方策と言えますか。
竹森 そうですね。ただ、米バイデン政権は最初から4カ国体制に前向きで、豪州も同様の姿勢でしたが、要となってくれることを期待していたインドが思った通りには動いてくれていないのが現状です。
例えばワクチン外交でも、インドにワクチンを製造してもらい、米国や欧州、日本が後ろについて、世界に配るというような構想もありましたが、インドで感染大爆発が起きてインド製ワクチンが使えないのです。
その間に中国がワクチンをラテンアメリカ、アジアに配布していって、中国のワクチンは国際標準だという既成事実をつくってしまった。ワクチン外交はうまく行っていません。
─ ワクチンに関して言えば、日本はまだ国産のコロナワクチンを持てていません。塩野義製薬のワクチンは来年にも投入される見通しですが、なぜ日本ではいち早く国産ワクチンがつくれなかったのか。
竹森 日本では1980年頃から、ワクチンの副作用問題や薬害エイズ問題などをマスコミが大きく取り上げて、バッシングしていった結果だと思います。
私が子供の頃にはワクチンの接種義務がありましたが、ワクチンの普及によって感染症が減り、保健所は縮小していきました。そしてワクチンは、より一層副作用を重く見て、認証が遅れていきました。
今回のコロナ禍では、ワクチン接種が1カ月早ければ、東京オリンピック・パラリンピックが有観客で開催できたなど、いろいろなことが全く違う展開になっていたでしょうし、国民感情も一丸になることができていたのではないかと思います。
日本は平時から「司令塔」づくりを
─ 菅前政権はデジタル庁を設置しましたが、日本のデジタル化の課題をどう見ますか。
竹森 今、足元ではワクチンの接種証明をデジタル化し、スマートフォンのアプリに入れるという話が出ています。
しかし、接種証明には内閣府、デジタル庁、厚生労働省のもの、経済産業省、厚労省、海外渡航新型コロナウイルス検査センター(TeCOT)のもの、厚労省による入国者健康居所確認アプリの3つがあるんです。
これらを統一しなければ、国際的に統合をしていく時に、海外から「日本は一体どことつなげればいいのか」と言われてしまいます。従来はデジタル庁で統合するという話になっていましたが、次の大臣がきちんと引き継いでくれるかが問題です。
こういうことを見ても、政権の引き継ぎは非常に重要です。新しい方針を打ち出すことはもちろん大事ですが、前政権とつながるところはつながるということを、きちんと確認いただきたいと思います。
これはワクチンを例にして申し上げましたが、こうした問題はあらゆるところにあります。デジタル化となったら、各省庁が予算を取って好きなようにやろうとしてしまう。これが日本のデジタル化の大きな問題です。
─ これは日本の体質と言っていいでしょうか。
竹森 そうですね。コロナ禍で司令塔不在が言われましたが、危機時だけの問題ではなく、日常的に統合的な仕組みはできていなかったのだろうと思います。
─ 改めて「成長と分配」の分配を考える時に気を付けるべきことはなんでしょうか。
竹森 今までも考えられてきたことですが、例えば「同一賃金同一労働」も企業収益をできる限り労働者に分配するという考え方です。同時に非正規雇用の方々が不当に低い賃金をもらっているとしたら、これを是正するというのも分配です。
ただ、税の仕組みを変えて累進性を高くするということになると新しい次元に入ります。ここでマイナス面は出てこないか、政治的、国民的合意が得られるかということが問題になります。
岸田首相は「聞く力」が高いと言われますが、政策でいずれの案かを選んだ時に、ご自身が決断をした経緯をきちんと国民に説明することが大事になってくると思います。
たけもり・しゅんぺい
1956年3月東京都生まれ。81年慶應義塾大学経済学部卒業、86年同大学院経済学研究科修了、同年同大学経済学部助手、89年ロチェスター大学(米国)経済学博士号取得、同年慶應義塾大学経済学部助教授、97年同大学経済学部教授、21年5月三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長に就任。
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