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【感染症対策のポイントとは?】日本医師会名誉会長が訴える「大きな方針は国が決め、都道府県が地域に合った対策を」

財界オンライン 2021年11月12日 15時0分

よこくら・よしたけ
1944年福岡県生まれ。69年久留米大学医学部卒業後、同大学医学部第2外科入局。同大学医学部講師。77年から79年までヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学(通称ミュンスター大学)教育病院デトモルト病院外科に留学。83年弘恵会 ヨコクラ病院診療部長などを経て、97年から理事長。98年福岡県医師会専務理事、2002年副会長、06年会長。10年日本医師会副会長を経て12年から20年6月まで会長。17年から世界医師会会長。

「緊急事態時の医療体制を適切に管理する仕組みが必要だ」と訴えるのは、全国の医師約17万人超を取りまとめる日本医師会の会長を務めた横倉氏。例えば、昨年の秋は1つの転換期として「医療機関主導の感染症対策に切り換えるべきだった」と語る。今回のコロナ禍でベッド不足や病院間連携の必要性など、医療の課題が浮き彫りになった。第6波の襲来も指摘される中、これまでの知見をどう生かして医療体制を整備していくべきか。横倉氏に直撃した。

第1波の会長時代の苦労

 ―― コロナ危機が始まって約1年9カ月。地域によっては医療崩壊もささやかれました。

 横倉 私自身、昨年の1月から6月まで日本医師会の会長としてコロナ禍の陣頭指揮をとらせてもらいました。いわゆるコロナの第1波のときになります。

 このときに最も苦労したのが、医療従事者が使うマスクや手袋、フェイスシールドといった個人向けの感染防護具が極めて不足し、医療現場にもそれらが届かなかったことです。そのため、医療現場ではなかなか診察ができないという状況になりました。

 通常、発熱したらクリニックや診療所に行きますが、感染力の強い新型コロナの感染が広がった場合では、防護具がないと診察できないと。中には、防護具なしで診察をした診療所で働く医療従事者が感染し、その診療所はしばらく休業をせざるを得なくなったケースもありました。そういう混乱がありました。

 ―― 誰にとっても初めての経験だったわけですからね。

 横倉 ええ。そういう逼迫した中で、何とか各地域で頑張ってもらって第1波を収めました。このときに私が感じたのは医療体制への医療従事者の不信が高まり、国民の皆様にもご迷惑をおかけしたということです。

 新型コロナは感染症法で言うところの指定感染症第2類相当に分類されています。この2類相当のウイルスに感染した人は都道府県知事の権限で入院させてもいいというものです。そこで国は当初、陽性者は全員を入院させる方針を掲げていました。ところが、途中から病院のベッドがいっぱいになってきたのです。去年の第1波のときです。

 また、コロナ感染を診断するためにはPCR検査が必要です。通常であれば医師の判断でPCR検査を受けさせることができたのですが、コロナ禍では保健所に届け出て、保健所の判断で検査をするかどうかを決めるという流れに変わりました。医療の現場でPCR検査が必要だと考えても、実際には検査できないという状況になったのです。

 ―― 医療体制がうまく機能していないことに医療従事者も国民も不信感を高めたと。

 横倉 そうですね。そこで私は昨年の4月1日、日本医師会長として「医療危機的状況宣言」を公表しました。まさに「このままでは大変なことになる」という危機感です。そして、安倍晋三総理(当時)にも緊急事態宣言を発出する時期ではないでしょうかと申し入れました。その結果、安倍首相から4月7日に宣言が発出されたのです。

 宣言発出後の5月下旬には新規感染がほとんど出なくなりました。そのため、宣言も解除されたわけです。ところが6月になると、東京のある地域だけでポツポツと感染者が出た。新宿の歌舞伎町でした。

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医療機関主導の感染症対策

 ―― 夜の外出が感染者を広げたと指摘されましたね。

 横倉 ええ。そこで私も東京都にもコントロールしてもらうようにお願いをしていたのですが、その時期に会長を退任することになりました。しかしその後の7月頃から感染者は増え続けました。夏になっても、まだPCR検査が十分に行える状態には至っていませんでしたね。

 安倍首相はかつて社労部会長を務めていましたので、医療には明るい方でした。ただ、国民の皆さんは保健所よりも医療機関に行くのです。ですから、我々も医療機関が必要な検査をできるようにと願い出ました。

 そして安倍首相からは検査を保険適用にしようと判断していただいたのですが、自己負担分を国が払うため難しいと、またコントロールされました。それで十分検査ができなかったと。

 ―― その後は感染者の増減を繰り返し、11月から12月にかけて急増。その結果、再び緊急事態宣言を出さざるを得なくなりました。この間、病院のベッドの確保については、どのような対応をしていたのですか。

 横倉 徐々に増やしてはいたのですが、感染症対応のベッドは急には増やせません。それに伴って医師や看護師も必要になりますからね。特に重症になったら人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)を使わないといけません。このECMOの管理には、常時2~3人の看護師がついていなければなりません。

 1つの転換期は昨年の秋だったと思います。このときに医療機関主導の感染症対策に切り替える必要がありました。現場の医療機関に主導させる感染症対策です。感染症については、内科や外科、小児科の医師はある程度のことは分かっています。医療現場に任せておけば良かったなという想いがありましたね。

 ―― PCR検査で保健所の対応が遅いという声も出ました。

 横倉 保健所がオーバーワークになったということです。ですから、こういった仕組みを転換していかなければなりません。今年の夏に全国的に感染者が急増しましたが、そのとき保健所は入院のコントロールもしていたのですが、ほとんどコントロールできなくなっていました。

 在宅で診察を受けても大丈夫な患者さんも病院にいたわけです。9割は在宅で診れる状態でした。ですから、そういった医療体制全体を適切に管理する仕組みが必要です。地域の医療機関の協力があればできます。

 ―― その場合の司令塔は。

 横倉 今は都道府県知事の管轄の下にあります。しかしながら、大きな方針は国が決めなければなりません。ただ、都道府県によって感染の具合など、ずいぶん事情が違います。ですから、都道府県知事の権限で、地域にあった形でやっていくということが必要だと思います。

 もちろん、権利を制限するようなことは誰もが嫌がります。しかし、今回のような緊急事態下において、現行の感染症法や新型インフルエンザ等対策特別措置法で知事に与えられている権限が行使しやすいような仕組みを作るべきではなかろうかと。

 その延長線上に憲法改正が必要かどうかという論点が出てきます。これは国民の皆さんでよく議論していただく必要があるでしょう。我々が医療をやりやすいために憲法改正をするということにはいきませんからね。

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地域連携は機能する

 ―― 足元では感染者数が落ち着き、感染対策と経済再生の両立がテーマになっています。

 横倉 はい。世界的にもコロナ対策が機能した地域ほど経済の回復が早いということが分かっています。国際的に比較すると、日本はコロナ感染者もそんなに多くないし、重症者の方も、亡くなられた方も非常に少ない。

 ということは、ある意味コロナの対策がうまく機能したということです。ですから、国民一人ひとりが感染予防をしようと、しっかり呼び掛けることをもっとすべきではないでしょうか。

 ―― 先ほど地域ごとの対応が大事だと指摘されていましたが、長野県の松本地域が「松本モデル」として機能した事例と言われていますね。

 横倉 ええ。公的病院と民間病院とが日頃から話し合ってきた成果ではないでしょうか。ですから、地域の連携がうまくいっているところは、うまく機能したわけです。福岡もそうです。急速に患者さんが増えたけれども何とか医療体制を維持できた。

 そのために、もちろん病院の病床も増やしましたが、同時にホテル療養も行っていたと。ホテルには24時間、医師と看護師が待機したわけです。そういった地域は普段から連携し、努力を重ねてきたということです。

 都道府県には「地域医療対策協議会」があります。そこで地域単位での連携について議論するのです。さらに、その下にも細分化した地域単位で連携を議論する場があります。そこでの取り組みをしっかり機能させておけば大丈夫なのです。

 やはり今回のパンデミックは国難です。国難のときは、政府も行政も、医療関係者も、ひいては国民の皆さんも感染症を克服するために、皆ができることを協力していかなければなりません。問題点があればきちんと議論していけばいいのです。

 ―― 国民も当事者意識を持たなければなりませんね。さて、岸田政権では「経済安全保障」を柱の1つに据えています。国産ワクチンや国産治療薬についての見解を効かせてください。

 横倉 これらは日本にとって必要です。国産ワクチンだけを見れば日本は出遅れているように見えますが、基礎的な研究では日本は早かった。しかし、これを製品化する段階で十分な支援がない。メーカーにとってワクチンは、どれだけ使えるか分からないという悩みがあります。

 研究開発に資金を投じてもその危険性があるからなかなか難しいと。日本の製薬メーカーにとっても、日本という小さな島では、ファイザーの100分の1ぐらいの市場規模しかありませんからね。そこは国による支援などが必要になるでしょう。

 私も去年の会長時代に国産ワクチンの早期開発に政府が支援すべきだと申し入れを行いましたが、なかなかうまくいきませんでした。ただ、塩野義製薬や第一三共など日本にも力はあります。大阪大学も開発に熱心ですから大学の力もあります。

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民間初のワクチン接種証明アプリ

 ―― では、感染防止と合わせた経済再生についてですが、横倉さんが会長を務めるメディカルチェック推進機構が民間で初となるワクチン接種証明アプリを始めると表明しましたね。

 横倉 はい。やはり経済再生はしっかりやらなければなりません。私が中学生になるまでの1950年代の日本は非常に貧しかった。しかし、資源がない国でありながら世界第2位の経済大国になるほど、国民の皆さんが努力したわけです。政府もしっかりとリードしてきたということでしょう。それを忘れてはいけません。繁栄に胡坐(あぐら)をかいていたらダメです。

 日本は1961年に国民皆保険制度ができたことで、病気をしたときには皆が平等に医療を受けられるような仕組みが整っています。これはしっかり守っていかねばなりません。しかしながら、国の経済力が落ちれば、社会保障自体がおかしくなってしまいます。

民間初となるワクチン接種記録アプリ「ワクパス」

 だからこそ、早く経済回復ができるように、まずはワクチンを打っておきましょうと。そして、ワクチンを接種した証明をし、感染しにくくなった人たちから社会活動を回復させていくということです。そこではワクチンを打てない人もいます。そういう人たちをどうサポートするかを考えながら進めていかなければなりません。

 もともと日本はお互いに助け合うという思想を持っています。お互いに困ったときは助け合うという精神でここまで来たのです。お互いに助け合って、社会は成り立ってるという意識を常に持つことが何よりも大事なことではないでしょうか。

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