10年後の日本人の食いぶちは何か?
―― 衆院選も終わり、本格的に岸田政権が動き出しました。自民党総裁選を含めた一連の選挙結果をどのように受け止めていますか。
寺島 この2つの選挙を巡る議論の中で、例えば、「新しい資本主義」であるとか「成長と分配の好循環」というキーワードが登場してきて、政権側からも野党側からも分配なくして成長なしと。要するに、分配を高めなかったら成長しないだろうという考えが出てきています。
ニュアンスの違いこそあれ、政権側からも野党側からも分配だという話が登場してきている。しかし、経済人としてこの問題を考えた時に残念ながらどちらの議論にも産業論がない。日本の産業界に分配を大いに増やせるような現状になっていればいいですが、今の日本の産業は、グローバル化という競争の中でものすごい勢いでシュリンクしている。
例えば、2000年と2020年を比べると、粗鋼生産量やエチレン生産量、自動車の国内での生産台数も販売台数も一次エネルギーの供給もすべてこの20年間で2割下がっています。
実体経済がそういう状況になっている中で、確かに中には業績のいい会社もありますが、一言で言うと、わたしは10年後、日本人の食いぶちは何かという問いかけをしないといけない。
―― 現実を見よと。
寺島 例えば、税負担の根源でもある産業の現実が、成長時代の分配とはまったく違う。要するに低成長を通り越して、脱成長の中での分配を考えなくてはいけない話になっています。
今まで分配の議論は、成長の中で解決できた。経済が成長すれば、誰しも少しは分配が増えるということです。ところが、今はマイナス成長さえ想定しなければならないような現実になっている。産業現場の実態がどうなっているのか? 日本人の食いぶちはどうしていくのか? という問題に対する真剣な問いかけが必要なのです。
政治家だけではありません。経済界の人たちも耳触りのいい美しい言葉に惹き寄せられて、多くの人たちが「サステナブル・ディベロップメント(持続可能な成長)」などと言い出した。でも、わたしに言わせれば、日本にとって重要なのは、ディベロップメント(発展)です。
新政権の成長政策、 分配政策はどうあるべきか? 竹森俊平氏に聞く
成長を求めて走ってくる時に見捨ててきたこととは?
―― なるほど。では、日本はどのような発展、成長を目指していけばいいと考えますか。
寺島 問題は、日本の人口が減少して成長の限界が見えてくる中で、わたしがくどいほどこだわっているのが、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)というもので、成長を求めてひたすら走ってくる時に見捨ててきたこと。例えば、いちばん大きいのが食と農です。
―― 日本は2020年度の食料自給率はカロリーベースでわずか37%です。
寺島 ええ。他の先進国をよく見てください。米国の食料自給率は130%。欧州主要国はほぼ100%。いちばん低いと言われている英国でさえ70%近くあります。日本はこの先人口が減るとはいえ、世界の人口は爆発していくわけですから、産業を議論する上で、食の安定ということは絶対に必要で、避けられないテーマです。
そこで37%まで落としこんでいる食料自給率を、知恵を出して7割ぐらいまで戻す中で、日本の次なる産業構造を考えざるを得ない。つまり、ファンダメンタルズとしていちばん体力を強める必要があるのです。
―― まずは食についての産業振興が大事だと。
寺島 その流れの中でもう一つ言えることは、新しい産業としての医療産業。今度のパンデミックでわれわれが学んだことは、国民の安全と安定を担保する産業をつくっておかないとダメだということです。例えば、マスクですら多くを海外からの輸入に依存している状況は国民の安全を守る上で不十分でしたし、防護服や人工呼吸器も100%海外に頼る状況は危険です。
そこで医療分野に加え、防災力を高めるという意味での産業力。こういうものを具体的なプロジェクトに実装していこうではないかということです。
―― 具体的にどうプロジェクトを推進していきますか。
寺島 例えば、われわれは医療・防災産業創生協議会を立ち上げて、例えば、全国の道の駅に防災拠点をつくって、それをネットワークでつないで情報管理できるしくみとします。
そして各拠点には、高機能コンテナに、必要なものを備蓄する。例えば、PCR検査や診療ができるユニット、患者を収容できるユニット等、そういうユニットを集積した防災拠点をしっかりつくっておくというのも、今後の日本の産業基盤として重要だと思います。
―― こうした取り組みがすでに始まっているわけですね。
寺島 ええ。大事なことは言うだけではなく、きちんと実行していかないといけない。こうしたプロジェクトを一つひとつ積み上げ、安定した産業が構築できるということを実現していく中で、初めて分配の議論ができるのです。
【政界】総裁選、衆院選で変化した自民党内の力学 岸田首相に”意外としたたか”との評価も
―― 衆院選も終わり、本格的に岸田政権が動き出しました。自民党総裁選を含めた一連の選挙結果をどのように受け止めていますか。
寺島 この2つの選挙を巡る議論の中で、例えば、「新しい資本主義」であるとか「成長と分配の好循環」というキーワードが登場してきて、政権側からも野党側からも分配なくして成長なしと。要するに、分配を高めなかったら成長しないだろうという考えが出てきています。
ニュアンスの違いこそあれ、政権側からも野党側からも分配だという話が登場してきている。しかし、経済人としてこの問題を考えた時に残念ながらどちらの議論にも産業論がない。日本の産業界に分配を大いに増やせるような現状になっていればいいですが、今の日本の産業は、グローバル化という競争の中でものすごい勢いでシュリンクしている。
例えば、2000年と2020年を比べると、粗鋼生産量やエチレン生産量、自動車の国内での生産台数も販売台数も一次エネルギーの供給もすべてこの20年間で2割下がっています。
実体経済がそういう状況になっている中で、確かに中には業績のいい会社もありますが、一言で言うと、わたしは10年後、日本人の食いぶちは何かという問いかけをしないといけない。
―― 現実を見よと。
寺島 例えば、税負担の根源でもある産業の現実が、成長時代の分配とはまったく違う。要するに低成長を通り越して、脱成長の中での分配を考えなくてはいけない話になっています。
今まで分配の議論は、成長の中で解決できた。経済が成長すれば、誰しも少しは分配が増えるということです。ところが、今はマイナス成長さえ想定しなければならないような現実になっている。産業現場の実態がどうなっているのか? 日本人の食いぶちはどうしていくのか? という問題に対する真剣な問いかけが必要なのです。
政治家だけではありません。経済界の人たちも耳触りのいい美しい言葉に惹き寄せられて、多くの人たちが「サステナブル・ディベロップメント(持続可能な成長)」などと言い出した。でも、わたしに言わせれば、日本にとって重要なのは、ディベロップメント(発展)です。
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成長を求めて走ってくる時に見捨ててきたこととは?
―― なるほど。では、日本はどのような発展、成長を目指していけばいいと考えますか。
寺島 問題は、日本の人口が減少して成長の限界が見えてくる中で、わたしがくどいほどこだわっているのが、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)というもので、成長を求めてひたすら走ってくる時に見捨ててきたこと。例えば、いちばん大きいのが食と農です。
―― 日本は2020年度の食料自給率はカロリーベースでわずか37%です。
寺島 ええ。他の先進国をよく見てください。米国の食料自給率は130%。欧州主要国はほぼ100%。いちばん低いと言われている英国でさえ70%近くあります。日本はこの先人口が減るとはいえ、世界の人口は爆発していくわけですから、産業を議論する上で、食の安定ということは絶対に必要で、避けられないテーマです。
そこで37%まで落としこんでいる食料自給率を、知恵を出して7割ぐらいまで戻す中で、日本の次なる産業構造を考えざるを得ない。つまり、ファンダメンタルズとしていちばん体力を強める必要があるのです。
―― まずは食についての産業振興が大事だと。
寺島 その流れの中でもう一つ言えることは、新しい産業としての医療産業。今度のパンデミックでわれわれが学んだことは、国民の安全と安定を担保する産業をつくっておかないとダメだということです。例えば、マスクですら多くを海外からの輸入に依存している状況は国民の安全を守る上で不十分でしたし、防護服や人工呼吸器も100%海外に頼る状況は危険です。
そこで医療分野に加え、防災力を高めるという意味での産業力。こういうものを具体的なプロジェクトに実装していこうではないかということです。
―― 具体的にどうプロジェクトを推進していきますか。
寺島 例えば、われわれは医療・防災産業創生協議会を立ち上げて、例えば、全国の道の駅に防災拠点をつくって、それをネットワークでつないで情報管理できるしくみとします。
そして各拠点には、高機能コンテナに、必要なものを備蓄する。例えば、PCR検査や診療ができるユニット、患者を収容できるユニット等、そういうユニットを集積した防災拠点をしっかりつくっておくというのも、今後の日本の産業基盤として重要だと思います。
―― こうした取り組みがすでに始まっているわけですね。
寺島 ええ。大事なことは言うだけではなく、きちんと実行していかないといけない。こうしたプロジェクトを一つひとつ積み上げ、安定した産業が構築できるということを実現していく中で、初めて分配の議論ができるのです。
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